【ジョンドラ】貴方に捧ぐ台詞 映画を観ていた。
ジョンリクエストの、所謂ロードムービーというやつだ。旅の道中、様々な出会いと別れが繰り広げられる。ジョンがおすすめするだけあって、面白い映画だった。アクションも、脚本も、キャストやカメラアングル、映像編集にCG技術と、文句の付け所がない。
なのに私は眠気に襲われ、うっかりほんの少しだけうたた寝をしてしまったら、もう話について行けなくなった。何か感動的な出来事が起きたようなのだが、肝心なところを見逃したせいで、どうにも感情移入出来ず、ただ淡々と流れていく景色を眺めるだけとなる。
いや、そもそもだ。この少年は何を経て、何を知り、どこへ向かうのか。その不安も期待もいまいち理解出来ず、最初から大して集中出来ていなかったのだと思う。
吸血鬼の長い人生において、放浪とは救いがない。一族から離れれば孤独が付き纏うのは当たり前のこと。人間社会にも自然界にも、我々は溶け込むことはできない。異端な長命種であり、超自然的能力を保持する種族なのだ。だからこそ同族を愛し、慈しみ、寄り添い合うのだ。使い魔との関係も、そう。
私は隣に座り、真剣に画面を見詰めるその子の横顔に視線を落とした。黒いつぶらな瞳は、少年の懸命な姿を食い入るように追っている。少し前屈みになり、小さな手をきゅっ、と握り締めている姿は愛おしい。
長い長い旅の終着点に私を選んだ君。君とってこの映画の少年は、他人事ではないのだろう。その気持ちは理解出来る。けれども私にとって少年の旅は興味がない。私の関心があるのは、君が何を思い、何を望んで辿り着き、今、私の隣に在ってくれるのかということだけだ。そして、私は君が健やかで、豊かに、幸せに生きられることを願うだけ。もちろん、私と共に、という前提をもってだ。
君は今、幸せ?
「ヌヌヌヌヌヌ?」
名前を呼ばれ、はっとする。ジョンの瞳が私を映す。気が付けばテレビ画面は暗くなり、エンドロールが流れていた。
「ヌヌヌヌヌッヌ?」
詰まらなかった? なんて寂しげな問い掛けに、私は慌てて弁解の言葉を探す。
ち、違うんだジョン! ちょっと、ほんのちょっとだけその、寝ちゃって、あの、今日は変な時間に目が覚めてしまっていつもより眠くてね! あは、は……いや、何一つ弁解の余地、ないな。
私が腹を括って謝ろうとする前に、ジョンはくすりと笑った。悪戯好きの顔をして、小さく首を傾げる。
「ヌンヌ ヌヌヌヌッヌ?」
ヌンに見惚れちゃった?
そのからかい混じりの問い掛けに、ジョンの優しさ、気遣い、そして愛情を感じてしまって、私はどうしようもなく羞恥と歓喜の心に沸き立ってしまう。上手く返したいのに、上手く言葉が出てこない。
「わ、私がぼーっとしちゃうのは、君のせいだからねっ」
やっと振り絞り出した台詞は安っぽく響いて余計に恥ずかしくなった。ジョン的にはそれが良かったのか、ヌヌイイ〜、と手足をじたばたさせご満悦の様子なので結果オーライ、というやつだろうか。いや恥ずかしい。両手で顔を覆って固まっていると、また名前を呼ばれる。とても優しくて甘い囁きに誘われ、指の間からちらりと覗いてみると。
「ヌヌヌヌヌヌ ヌヌヌヌ ヌンヌヌッヌ ヌヌヌ ヌヌ」
ドラルクさま、貴方はヌンにとって光です。
いきなりの殺し文句。私は気が付けばジョンを抱き上げていた。ジョンは嬉しそうに、楽しそうに私の反応を見ている。
「君は、私にとっても光だよ、ジョン」
だからずっと傍にいて。永遠に共に生きて。
言葉にならない想いを伝えるように、彼の額にキスを落とす。ジョンは目を細め、ニューンと甘えた声を漏らした。
後から聞くと、さっきのジョンの言葉は、映画の中に出て来た台詞だそう。映画を観ていないのがバレバレな反応をしてしまったことに気付き、改めて謝ると、ジョンは首を横に振り、謝る必要はないと言った。
一緒の時間を過ごすことこそが、何よりも大事だから、と。