ジョンのうた ドラルクさまは歌がとてもお好きだ。
でも音痴である。
良くいろんな歌を歌っては、酷く音程を外していた。それでもドラルクさまは歌が好きだし、音程が外れてようがお構いなしで気持ちよく歌う。
そしてたまに即興で歌を作る。作詞作曲ドラルクさまの歌だ。あの音程で作曲、と呼ぶと色々苦言を呈したくなるかもしれないが、ドラルクさまが旋律の元を作ってるのだから、作曲と呼ぶ他ない。
そうしてぽんぽんと気軽に生まれた曲は、大抵ヌンのことを歌っていた。今日はいい天気だねジョン、と語り掛けるような歌詞だったり、雨の日は憂鬱でもジョンがいるから大丈夫、と自慢するような歌詞だったり。本当に多種多様、たくさんのヌンのテーマ曲が作られていく。
ドラルクさまの音痴は好きじゃないが、ドラルクさまの作る曲は嫌いになれやしないじゃないか。だからヌンはドラルクさまの作った曲をよくよく覚えて、アレンジして歌うのだ。言うなれば、作詞作曲ドラルクさま、編曲ヌン、といったところか。ヌンが歌うとドラルクさまは更に上機嫌になるし、ヌンの歌を聞くために歌うのを休んでくれる。まさにwin-winの関係。ヌンは歌を貰えて嬉しい、ドラルクさまに喜んで貰えて嬉しい。
そんな何気ない日常の一幕を百年以上続けていれば、それはもう、数えきれない程の量になる訳だ。
「ジョ〜ン、あれ歌って? あの、にひゃくごじゅう……なな番目の、『ジョンの可愛さ五箇条の歌その二』」
「ヌーン……」
数字がいっぱい。どれだっけ。でもドラルクさまがくれた大事な大事な曲なので忘れてはいない。何とか思い出して歌い出すと「そうそれ!」とドラルクさまは上機嫌で頷き、リズムを取る。
「なにその可愛い歌!」
ドラルクさまの拍手に丁寧にお辞儀をしていると、リビングにいたロナルドくんが台所へやってきた。
「ふふん、これはね、私が作った曲なのだよ
!」
「え……」
ロナルドくんは信じられないを通り越して絶望したような顔でヌンを見た。意味はわかる。嘘だと言ってくれ、という表情だ。しかし事実なのでヌンは頷くことしか出来ない。
「そん、な……こんなに可愛いのに」
「何を言ってるんだい! ジョンの可愛さを世界で最も理解し表現出来るのは私に決まっているだろう! まあジョンのアレンジも入っているので、合作と言えるかな!」
音程はヌンアレンジです、と言うと妙に安心した顔でロナルドくんに撫でられた。
「音程はジョンが直してるんだな〜、ジョンは天才だな〜」
「むむっ、聞き捨てならないワードが聞こえた気がするが……まあ、ジョンの可愛さに免じて見逃してやろう」
「お前が音痴なのは今更だろうが、何偉そうにしてんだよクソ砂!」
「ファー!?」
「毎度そのファーの素っ頓狂な音程を聞かされる方のことも考えろ音痴おじさん!」
そんなこんなで今日も不毛な争いが勃発し、ヌンは滂沱の涙を流すのだった。
ある日カメ谷さんから、ジョン君の歌を配信しないか、という打診が来た。配信サイトのコンテンツの一つとして出したいのだと。
どこから聞きつけたのかは聞くまでもない。ドラルクさまとヌンについての噂の大半はロナルドくんが喧伝していると決まっている。ドラルクさまの料理が美味しいことも、ヌンが可愛いことも、何でも話してしまうのだ。まあロナルドくんが自慢したくなる気持ちもわかるので深くは追求しない。
ロナルドくん不在の応接室で話を聞いたドラルクさまは、真っ直ぐにヌンに聞いた。どうする? と。ヌンは考える必要もないことだったので、ほんの少しばかりの罪悪感を懐きながら丁重に、ヌー、と答えた。
だってこの歌は全て余すことなくヌンとドラルクさまのものだから。少しだって分けてあげることは出来ないのだ。
カメ谷さんが帰った後、ロナルドくんが帰宅して、リビングでいつもの穏やかな時間を過ごしていた。
「なーなージョ〜ン。ジョンのお散歩の歌聞かせて〜?」
ドラルクさまの言う5歳児の顔をしておねだりするロナルドくんを前にすると、しょうがないな、という気分になる。ちらりと台所に立つドラルクさまを見ると、同じ気持ちだろう優しい顔で頷かれる。
だから今日もヌンは歌う。この歌はヌンとドラルクさまの歌。でもこの歌をリクエスト出来るのは世界でたったふたりだけだ。
そんな事実を知る由もないその人は、今か今かと澄んだアクアマリンの瞳を無邪気に輝かせてヌンを見ていた。