ジョンドラに惚れちゃったロナルド君の話 最近気付いたことがある。ジョンとドラルクに対して、他の人とは違う感情を抱いてしまうことだ。ジョンはあの可愛さだからドキドキしてしまうのは皆そうだろうと思う。けれどドラルクにまで似たような感覚があるのだ。ちょっとした優しさや気遣いを感じた時、ドキリと心が弾む。
恋、してるんだ、とようやく観念した頃、俺はジョンとドラルクがキスしているのを見てしまった。おやすみのキスとかじゃなくて、大人のキスだった。すぐに隠れて逃げてしまったけど、見間違いなんかじゃない。
ふたりは付き合ってるんだろうか、という疑問はやや検討違いな気もするが、どうしてもその考えは過る。ジョンとドラルクは使い魔と主人の関係であることは大前提であるが、傍目から見た時、ふたりの関係性は様々なものに例えられる。親子のようだったり、夫婦のような、恋人のような甘いものだったり。
本当に使い魔と主人、だけなのだろうか。その関係性にはもっと他の名前があるのではないか。
しかしそんなことを考えても意味はない。ただ一つ確かなのは、俺がそこに入ることはない、ということだけだった。
少し距離を置こう、と決めた。
「ロナルド君。最近ギルドでしょぼくれながらご飯食べてるって聞いたんだけど、どういうつもりなの? なんでうちで食べないの?」
ぎくりと肩を震わせる。とうとうドラルクの耳に入ってしまったか、という気持ち。それに対する適当な回答を用意していなかった自分の迂闊さを呪う気持ち。にっちもさっちも行かず、ただただ俯いた。
「ちょっと顔色悪いよ、大丈夫?」
頬にそっと手が添えられる。細く骨張った手が顎を上げるように誘導した。拒否しようと思えば出来たけれど、繊細で優しい手付きで誘われれば、拒絶など出来ようか。
顔を上げれば、心配そうに眉を顰めるドラルクがいた。
「別に責めてる訳じゃないんだよ。でも元気ないし、何か嫌なことでもあるならちゃんと言いなさい。黙って避けられてちゃ、何もわからないよ」
「ドラ、公……」
胸がずん、と重くなった気がした。心配して貰えて嬉しくなってしまう浅はかな自分を、でもこんな気持ちを抱いては駄目だ、と否定する。息が詰まって、苦しくて堪らない。視界まで滲んで来る。
「あー、もー、一人で溜め込むからそうなる。いっぱいいっぱいになる前に誰かに相談しなさいよ」
そう言って嫋やかな所作で涙を拭ってくれる。そんなことしなくていい、やめろよ。そんな言葉は音にならなくて、嗚咽のような変な音ばかり漏れる。何も言えなくなった俺の背を、ぽんぽんと撫でたドラルクは、それ以上は何も聞かなかった。
「ほら、お風呂入っといで」
優しさが染みて、余計に苦しかった。
結論として、無理に聞き出すのは逆効果だから暫くそっとしておこう、ということで私とジョンの見解は一致した。
最初は、こないだ貰い物セロリの消費のためにちょっと多めに入れたのがバレたのかと思ったが、バレたらストレートに暴力で解決してくるだろうから違う。となると全く心当たりがないので、ジョンをけしかけてみたが、結局変わらず。
つつけばつつく程ガードが固くなるのは火を見るよりも明らかなので、結局は話したくなるのを待つしかない、となった。どうでもいいことはペラペラ話すのに、自分の核心に迫ることはなかなか言語化しない。傷を隠す野生動物みのある生態だ、ゴリラだからか。
とりあえずは家で大人しくご飯を食べるようになっただけまし、ということにした。それでも妙な緊張感、警戒心がロナルド君にはあって、こっちまで調子が狂う。もっと相好崩して、無邪気に頬張ってくれないと面白くないじゃないか。ジョンも心配して表情が暗いしさ。
ここで私までため息を吐いてしまったらどんよりした食卓が完成してしまうのでぐっと堪える。
何か楽しい話題はないかと思案しながら、マジロと5歳児の食事風景を何となしに眺めていると、ジョンの口元にご飯粒がついているのを見つけた。全くこの子ったら、と身を乗り出し、指で掬ってやる。
「ジョン、ご飯粒ついてるよ」
「ヌヌッ! ヌヌヌヌー ヌヌヌヌヌヌ!」
米粒を乗せた指をジョンの口元にそっと寄せると、ジョンがぱくりと食べた。意地汚くぺろりと私の指まで舐める甘えんぼさんにくすくすと笑う。
ふと横を見るとロナルド君がそのやり取りを凝視していてびっくりした。砂るかと思った。凄い目をしている。獲物を見つけた肉食獣、みたいな。しかしそんな彼の頬にもご飯粒がついているのを発見してしまうと、急に間抜けな姿に見えてきた。180歳マジロは何歳だろうと可愛いが、20代男児がつけているのは滑稽だ。
全く仕方ない子だな、とロナルド君の頬に手を伸ばし、同じように米粒を指で掬い上げた。
「ほら、君もついてるぞロナルド君。このお間抜けさんめ」
指をロナルド君の口元に寄せる。さっさと食べろ、と視線で促してから傍と気がついたが、ロナルド君にジョンと同じことをするとちょっとおかしいのでは? しかもジョンに使ったのと同じ指でついやってしまった。……あれ?
しかし私が行動を改めるよりも先に、ロナルド君が凄い勢いで立ち上がった。ガタン、と大きな音を立てて椅子が転がる。何が起こったか把握出来ていない私が上を見ると、唇をわなわなと震わせ、けれど何も言葉が出ず、顔を真っ赤っかにして青い瞳を潤ませたロナルド君が、私を見返していた。
私が名前を呼ぶよりも先に、ロナルド君は脱兎のごとく駆け出していた。洗面所の方へ行った、と思う。残された私たちは、ええ、と困惑するしかない。
この反応は、もしかして……もしかするのか?
ジョンと顔を見合わせると、恐る恐る頷きが返って来る。私たちは以心伝心。それは問題ないようだ。問題はロナルド君である。
「……今の反応、どっち?」
後程知った衝撃の事実を先出ししてしまうが、その答えは、どっちも、だ。