美味しいは正義 今日に夕食のメニューは、ハンバーグだ。
食堂に向かう道すがらで会ったテディが、鼻歌混じりで嬉しそうに言うのを聞いて、ナックは落胆の気持ちを曖昧な笑顔で濁した。
ナックは肉全般が苦手だ。メインが肉料理の日は食べられるものが少なく、空腹のまま夜を過ごすことも多い。
だが、ハンバーグを心から楽しみにしているらしい同僚に、それを伝えることは憚られた。食事は日々の楽しみだ。テディには心置きなく、好物を味わってほしい。
食事の時間は一応決まっているが、執事たちは全員揃って食事を取るわけではない。一階や地下の執事たちはそろって食べることが多いようだが。
決められた時間内に厨房へ顔を出し、調理担当に、食事に来たことを告げる。そうして、温かい料理を配膳してもらうのだ。
「あ! ナックさん、来ましたね!」
「ええ、食事をお願いします」
「はい! ちょっと待っててくださいね!」
ナックの顔を見るなり、ワクワクした表情をしたロノに、ナックは小さく首を傾げた。
ロノは優秀な料理人だ。執事たち全員の好き嫌いを把握しており、当然、ナックが肉を苦手としていることも知っている。ナックのそれがただの食わず嫌いではないからか、肉料理の日には決まって、少し申し訳なさそうな顔をするのだが。
「これ、主様と一緒に作った自信作なんで! 後で、感想を聞かせてくださいね」
「これは……」
渡されたメイン料理の皿に乗っていたのは、見たことのない料理だった。
小判型をしたそれは、おそらくハンバーグなのだろう。だが、ナックの苦手な肉の焼ける匂いはしない。代わりに、酸味のある香りが鼻先をくすぐった。食欲をそそる香りだ。
見た目から材料を判別できないため、味の想像ができない。しかしロノの作った料理で、しかも美味しいものが大好きな主人まで関わっているとなれば、味は保証されているようなものだった。
感謝を告げて、ナックは食堂へ戻った。一足先に食事を始めていたテディは、幸せそうにハンバーグを頬張っている。
ナックもカトラリーを手に、自分の分のハンバーグを切り分けた。きつね色をした外側とは対照的に断面は白っぽく、細かく刻まれて混ぜこまれた野菜が見え隠れした。
照りととろみのあるソースを絡めて、口へ運ぶ。噛んだ途端にソースの甘酸っぱさと、野菜の旨みが広がる。遅れてふんわり鼻を抜けたのは、優しい豆腐の香りだった。
「ごちそうさまでした、ロノくん」
完食し、空になった皿を返しにいったナックは、どんな言葉でこの感動を伝えたものかと頭を悩ませた。
「お! 全部食べてくれたんですね! よかった!」
「はい。大変美味しかったです。まさか、豆腐のハンバーグとは」
「へへ、気に入ってもらえて良かったです! 主様に教えてもらったんですよ!」
ロノは嬉しそうに笑って、豆腐ハンバーグを作ることになった経緯を教えてくれた。
なんでも、最初は二人で節約レシピについて話していたらしい。ハンバーグは豆腐を混ぜて嵩増しできるという話をしているうちに、主人が豆腐ハンバーグを食べたくなったのだとか。
「たんぱく質だけじゃなくて野菜も取れるし、ヘルシーなのに食べ応えあるし、なにより安上がりなんで、食費が心許ないときのお助けメニューになりそうです!」
「それは素晴らしい! その上、あのように美味しいのですから、いい事づくめですね」
「まあ、野菜嫌いの連中は嫌がりそうだけど……」
腕を組んだロノが、悩ましいと言わんばかりに唸る。一人ひとりの好き嫌いに配慮する必要なんてないのに。それが自分の仕事だからと、誇りを持って取り組む彼の姿勢に、ナックは頭の下がる思いだった。
「今日、主様に教えてもらったんですけどね。主様の世界には、菜食主義者っていう、お肉を一切食べない人たちがいるんですって。それから、精進料理っていって、お肉や魚を使わない料理もあるそうです」
「ほう……そうなのですね」
「はい! オレ、もっと勉強して、肉料理の日もナックさんが食事を楽しめるようにするんで! 期待しててください!」
「ロノくん……ありがとうございます」
「へへ! 礼なら主様に言ってください! オレの料理の幅を広げてくれてるのは、間違いなく主様なんで!」
そう言って、ロノは太陽のように笑う。彼の言葉に、ナックは違いないと内心で苦笑した。
美味しいものが大好きで、食いしん坊を自称する主人は、ロノと一緒に料理の研究をよくしている。けれどそれには、美味しいものが食べたいという食欲以上に、彼女の思いやりが働いていることを、ナックは知っていた。
ナックだけではない。苦手な食材のある執事たちは皆、それを知っているはずだ。皆が食事の時間を、もっと楽しめるように。それが主人の口癖だった。
「あとで、主様にもお礼を言いにいこうと思います。これからは私も、ハンバーグが夕食の日を楽しみにできそうです、と」
「それはよかった! きっと主様も喜びますよ!」
「ええ。そうだと嬉しいですね」
呟いて、ナックは笑みを浮かべた。食事の前、テディに見せた誤魔化しの笑顔ではなく、幸福さの滲む、心からの笑顔だった。