いっそ全部、冗談にしてしまえたら 目の覚めるような美人ではない。愛嬌があるわけでも、聴衆を沸かせる話術を持つわけでもない。
至って普通。どこにでもいそうな、地味で目立たないタイプ。――それが私だ。
おおよそ三十年かけて築き上げた自己認識は、異世界で出会ったイケメン執事たちに「主様」と呼ばれ大切にされたところで、簡単に揺らぐようなものではない。
「フフ、主様といられる時間は、本当に幸せです♪ この時間が、永遠に続けばいいのになあ……」
「はいはい。全く……ルカスったら、冗談ばっかり言うんだから」
上機嫌に微笑む担当執事を、私は半眼で睨みつけた。
ルカスとアモンは、口説くようなセリフをよく言ってくる。恋愛経験の少ない私はそのたび顔を赤くしてドギマギしてしまうのだが、彼らの思惑どおりに翻弄されるのを、最近は悔しいと感じるようになっていた。
だから、ちょっとした意趣返しのつもりで応えたのだけれど……思いがけずルカスが傷ついた顔をしたものだから、驚いてしまった。
「あの、えっと……なんか、ごめん」
「え?」
突然謝った私に、ルカスも困惑した表情になる。
「いや、なんか、傷つけたみたいだから……私のなにがあなたにそんな顔をさせてるのか、わからないのが情けないし、申し訳ないんだけど……」
なにに対する謝罪なのか、わからないまま謝るのは不誠実だ。でも、わかりやすく落ち込んだ様子のルカスを、そのままにしておきたくなかった。
私の言葉を噛み砕くように、しばらくの間、ルカスは黙して思考を巡らせていた。やがて、ゆっくりと息を吐き出したかと思うと、弱ったように眉尻を下げる。
「主様は、なにも悪くありません。これは言わば、私の自業自得ですから」
「? どういうこと?」
言われた意味がよくわからず、聞き返す。
「主様、私はこの屋敷の交渉係です。交渉を有利に進めるため、時には心にもないことを言ったり、伝える情報を取捨選択したりもします」
ですが、と。言葉を切ったルカスが、すっと膝をついた。私を見上げる金色の瞳には、縋るような色が見え隠れしている。喩えるならば、イタズラのバレた子どもが、親に許しを乞うような。
「主様にお伝えしている言葉は、いつも本心からのものです。
ラトくんの一件で主様さえ欺いた私を、信じられないのも無理はないと思います。ですがどうか……どうか、知っておいてください。
私があなたと過ごすこの時間を、心から愛おしく思っていることを」
「あ、え……う、うん……わかった……」
想像していた以上の言葉を掛けられて、脳がフリーズする。やっとのことで頷いた私に、ルカスはホッとしたように表情を和らげた。
それは到底、作ったものには見えなくて。私を一層、混乱の渦に突き落とした。
目の覚めるような美しさも、愛嬌も、聴衆を沸かせる話術も持たない。どこにでもいる、地味で目立たない女。それが、私。私なのだ。
こんな私が、自分のことを嫌いな私が、誰かに好きになってもらえるはずがない。なのに、勘違いしそうになる。
愛おしいものを見るような視線を向けないでほしい。私の一挙一動に、一喜一憂しないでほしい。
「で、でもさ! ルカス、結構いろいろ冗談だって茶化してたじゃない」
「それは……情けない話ですが、怖かったのです」
「怖い?」
「はい。……私は今まで長いこと生きてきましたが、他人に対して、これほど強い執着心を抱くのは初めてで……知られてしまえば、主様はきっと私を怖がるだろうと思ったのです。私自身でさえ、自分の感情の大きさに驚くことがあるほどですから」
困ったように言って、ルカスは目を伏せた。胸に当てるように置かれた拳は、言うことを聞かない心を、どうにか制御しようとしているようにも見える。
雄弁に語る瞳が隠れて、私は喘ぐように息をついた。そうして初めて、自分が息を詰めていたことを知った。
(……どうしよう)
突然差し出されたルカスの想いを前に、途方に暮れる。
どうしようもなにも、どうしようもなかった。思考をほとんど止めた脳裏を、今までルカスにもらった言葉が巡る。
冗談です♪と、はぐらかされてきたたくさんの言葉たち。あれらが全て、冗談などではなかったとしたら。どれもこれも、本気の言葉だったとしたら。
顔が、熱い。顔だけでなく、全身から湯気が出そうだ。
嘘みたいだ。とてもじゃないけれど、信じられない。けれど今、私の前で許しを乞うているこの男が、私の否定をまるごと覆していた。
ありえない。まさか、ルカスが私を――愛しているだなんて!