暗闇の中、ふわふわと揺蕩う意識が浮上した。
重い瞼を持ち上げ、ゆるりと辺りを見渡す。
自室のベッドに横たえられているのか、目の前には見慣れた天井が広がっていた。
「樹、起きた?」
「……黄島さん」
ぼんやりと前を見つめていると、ベッドの横から朝陽がひょいっと顔を覗かせた。
その表情には、うっすらと安堵の色が滲んでいる。
「あの、私は……」
状況が掴めずそう尋ねると、朝陽はいつもの飄々とした調子で答えた。
「倒れたんだよ。覚えてない?」
「倒れた……?」
目覚めたばかりで、未だはっきりとしきらない頭で、朧気な記憶を辿る。
今日は、朝起きた時から少し体が重くて。
けれど大したことは無いと仕事に向かった。それから、青斗と一緒に資料の整理をしていたのだ。結構量があるな、なんて話をしていて、それから……。
「思い出した?」
途中から、ぷつりと記憶が途絶えている。
おそらく、その間自分は意識を失っていたのだろう。
そういえば朦朧とする中で、青斗の焦る様な声を聞いた気がする。
「いやー、急に倒れるからさすがに焦ったよ。一番びっくりしたのは青斗だろうけど」
「それは、すみません」
「まぁ、樹が体調管理下手なのは、今に始まったことじゃないけどね」
「どういうことですか、それ」
思わずムッとして言い返そうとしたものの、朝陽に真剣な目を向けられ、口を噤んだ。
「そのまんまの意味だよ。樹、組織に入る前から根詰めすぎて、体調崩すことあったでしょ? 頑張るのはいいけど、たまには休むのも仕事のうちだよ」
声も口調も変わらないのに、朝陽の眼差しがつきつきと胸に刺さる。
彼の言う通り、確かに以前から樹は時折体調を崩すことがあった。その原因は、大抵が疲労でその度に気をつけようと思うのに、何度も同じことを繰り返してしまう。
正直に言ってしまうと、これが当たり前になってしまっていたのだ。
体調を崩してはじめて自分が無理をしていたことに気付く。だからそれまでは、大丈夫だと。
「あとで青斗にお礼言っておきなよ。樹をここまで運んで、色々用意してくれたの青斗だから」
「えっ……」
「じゃ、みんなに起きたこと伝えてくるから。なんかあったら呼んで」
朝陽はそう言い残して、さっさと部屋から出ていってしまった。
「……」
樹はゆっくりと上体を起こした。
服はパジャマに着替えさせられ、サイドテーブルにはスポーツドリンクが置かれている。制服は皺にならないよう、きちんとハンガーにかけられていた。おそらく、これらも全て青斗がやってくれたのだろう。
自分が倒れた時の彼の心情を思う。優しい彼は、きっとひどく焦って、心配してくれたのだろう。
馴れ合うためにこの組織に入ったわけではない。けれど、彼ら……特に青斗に絆されているという自覚はあった。自分もそうだが、他のメンバーも彼には妙に甘いのだ。
ふと、外から控えめなノックの音がした。
静かにドアを開けて入ってきたのは、他でもない青斗だった。
彼は樹のことを見ると、ほっとした表情で微かな笑みを浮かべた。
「おはよう、樹。調子はどうだ?」
「お陰様で、随分楽になりました」
「そうか。よかった」
青斗はそう言って、朝陽の座っていた椅子に腰掛けた。
「すみません、青斗。色々と迷惑をかけてしまって」
「迷惑だとは思ってないよ。その代わり、凄く焦ったけど」
「……すみません」
もう一度、謝罪の言葉を口にする。自分の中の良心が痛んだ。
「……なぁ、樹。樹にとって、俺は頼りない?」
「え?」
申し訳なさから、つい俯いた樹であったが、青斗の言葉に思わず顔を上げた。
彼は眉を下げ、どこか寂しそうな顔で続ける。
「頼りないから、なにも言ってくれなかったのかなって……」
どうしてそんな考えに至ったたのか。聞こうとして、やめた。そんなことは聞かなくてもわかることだ。
「青斗、違うんです。あなたのせいではありません」
青斗はとても優しい。それは、彼の美点だが同時に欠点でもある。自分のせいではないことまで、青斗は背負おうとしてしまうから。
「これは私の至らなさが原因です。勝手に高を括って、無理をしました。……本当にごめんなさい」
「樹……」
今回の件で、本当に反省した。
朝陽の言っていた通り、時には休むのも仕事だし、無理をすれば、逆に周りに迷惑がかかる。
「じゃあ、樹。次は俺を頼ってくれないか? いや、俺じゃなくてもいい。しんどい時は周りを頼ってくれ」
「はい、そうします」