今日は夕方から、トレイとケイト先輩が寮で飼育しているハリネズミの世話当番だと聞いて、一緒に見に行くことになった。
寮で飼育しているハリネズミとフラミンゴは、ハーツラビュル寮で大事な催しである“なんでもない日”のパーティーで、ハートの女王が愛したクロッケーを再現し、槌の代わりにフラミンゴを、ボールの代わりにハリネズミを使用する。そのために彼らは寮で大事に飼育・しつけをされているはずだった……が、2人に付いて小屋を訪れた先、ボクは言葉を失った。
ハリネズミの飼育小屋は荒れて、半壊しかねない状態だ。しかも外壁には的が描かれており、話に聞くと寮長がこの的にハリネズミたちをぶつけて遊んでいたことがあったらしい。
流石にそれは行き過ぎだと、学園長自ら注意したおかげで、それ以上そう言った暴挙が行われることはなかったが、人間を警戒するハリネズミたちは、それ以降、人間から与えられる食事に手を付けたがらないらしい。
もちろんそんなハリネズミたちが、人間に触られる事を許すわけがなく、病気や怪我をしても治療することができず、小屋の修繕や巣の掃除すら人の手を拒むらしい。
「俺たちもどうにかしたいんだが……」
トレイが持ってきた餌を目の前に置いても、誰も食べようと近づいてこなかった。
「前に、上級生が餌に変なものを入れたらしくて……そのせいで人間の持ってくるものはすべて危険だって思っちゃったみたいなんだ」
トレイやケイト先輩、他にも気に掛ける先輩方が根気よく世話をしようとしても、ハリネズミたちは心を開かなかったらしい。そして、結局どうすることも出来ぬまま、寮の庭の各所にハリネズミしか見つけられない場所に餌を隠し、彼らがそれを見つけてくれることを祈るしかなかった。だが……
「すごく弱ってるね」
体の大きな子はまだいい、小さな子は汚れたウッドチップの中で怯えて必死に丸まっている。ボクはお母様に魔法医術士になるように育てられた。この子達は人ではないけれど、目の前の手を差し伸べ救わなければならない相手だということだけは分かる。
「オイ、リドル……!」
ボクがゲージの中に入り病気で弱った子に手を近づけば、この子を守るように他のハリネズミたちが威嚇し、ボクの指先を針で刺した。チクリとする痛みに耐え、急に触ろうとしたことを彼らに謝る。
「フッー! フッ!!」
触るなと声を荒げる彼らに、ボクはハリネズミ達の言語でお願いをした。
『このままだと、この子は死んでしまう……どうかこの子を治療させて欲しい』
ボクの言葉に、信じられないと威嚇の声が酷くなった。人間は酷い生き物で、自分たちに酷いことをたくさんしてきた、だから信じられないという彼らに、それでもと食い下がって必死にお願いすれば、ボクの願いが届いたのか、彼らが威嚇して張り出したトゲを背に流し、この子を助けることを許してくれた。
『おまえが裏切ったら、オレたちはお前を絶対に許さない』
『ボクは約束を違えない。絶対にこの子を救ってみせるよ』
小さく、くったりしたハリネズミを手のひらで包み、振り返ればトレイとケイト先輩は驚いた顔でボクを見ている。
「リドルちゃん、もうネズミ語を使えるの」
「それよりも説得できるなんてすごいな」
「二人とも、ゆっくりしている時間はないよ、この子、相当弱ってる……直ぐに獣医の資格を持った先生に診せないと」
学園の保健室なら、魔法医術士兼、獣医の資格を持った保険医が駐屯しているはずだ、とその前に、ボクは小屋のハリネズミたちに振り向き、トレイたちが持ってきた餌を彼らの前に置く。
『この餌は、ボクの信頼する2人が用意したんだ。絶対に大丈夫だから、よければ少しでも食べておくれ』
それを聞いたハリネズミたちは、小さく頷いた。
*
あれから保険医の先生に見てもらい、この子の命をなんとか救うことが出来た。
ボクの部屋で様子を見ることになって連れ帰れば、初めてハリネズミを見たルームメイトたちは「かわいいなぁ」と、ボクの机の上、この子のために作ったベッドの上で安心して眠っていた。
「なるべく静かにしてあげておくれ……ハリネズミは静かなところを好むらしいから」
抑えめにした声で言えば、彼らも手で口を覆ってコクコクと頷いた。そこまで無理に静かにしようとしなくてもいいけれど、彼らの気遣いがありがたかった。
消灯時間になり、ボクたちはベッドに潜り込んだが、今日も寮長や上級生たちは談話室でパーティーをしているようだ。その聞こえてくる音を聞きながら、ルームメイトの誰かがぽそりと呟いた。
「ほんと、寮長がローズハートだったらよかったのに」