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    machikan

    @machikan
    二次創作の字書き。

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    machikan

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    ・ツイッターお題「11いいねで推しカプのどちらかが一時的に声が出なくなる」
    ・マレレオ

    ★2021/9/12 本に再録しました!
    https://www.pixiv.net/artworks/92550711

    #マレレオ
    maleLeo

    御声信託銀行珊瑚の海本店「リピーター様向け手数料キャッシュバックキャンペーン」実施中! 幼くして強力なユニーク魔法が発現した第二王子に対し、周囲は様々な処置を施した。
     そのひとつが声を奪うことである。
     呪文を詠唱できなければ、人を砂に変えることもないだろうというわけだ。




     それは奇妙な光景だった。
     レオナ・キングスカラーがマレウス・ドラコニアとすれ違った。
     静かに。
     何事もなく。
     普通の同級生のように。
     男子校の猥雑な廊下を、反対の端と端へ。
     それを奇妙と感じたのはほんの数人だ。「ないこと」に気づくのは存外難しい。自分のことでなければなおさらだ。
     気づいて、さらに指摘する物好きときたらひとりもいない。指摘された彼らが「それでは自分たちらしく振る舞ってやろう」と暴れ出したら、近くにいる自分が被害を被る。
     だからというだけでもないが、リリア・ヴァンルージュは、ラギー・ブッチに当たることにした。
    「最近のレオナはどうした? 随分大人しいようじゃが腹を壊しとるのか?」
    「ま、そんなところッス」
     放課後のモストロ・ラウンジ、テイクアウト専用窓口。
     軽音部に差し入れするためと軽食を買い求めたリリアは、アルバイトとして対応したラギーに話を向けた。
     会計を済ませたサンドウィッチのパッケージをひとつ、ラギーに押しやる。気安く礼を言って、ラギーはそれを受け取った。モストロ・ラウンジの目玉焼き入りBLTサンドはとても美味しい。
    「腹じゃなくて喉をね。風邪でやられちゃって、声が出ないって」
     なるほど、とリリアは得心した。
     声が出なければ天敵に悪態も吐けない。レオナの性格からして、自身の弱みを吹聴するわけがなかった。風邪のことを知っているのは隠しきれないほど身近な者や、せいぜい教師ぐらいだろう。実際、リリアも上手く避けられて、レオナと話せないでいる。
     マレウスからレオナに絡みに行くことは稀だ。レオナが大人しくなれば、二人の喧嘩は発生しない。最近の奇妙な静けさの答えを得て、リリアは言った。
    「それは気の毒じゃのう。どれ、見舞いにわし特製のど飴をこしらえてやろうか」
    「ひえっ、いや もう明日には治るって話なんで」
    「ふむ? まあ、そうか。あの二人が静かになってからそろそろ一週間。風邪も治ろうな」
     ラギーが素直に話したのも、完治が見えているからだろう。彼は現金な少年だが、優先度を間違えない。レオナの治り具合も含め、下手に隠し立てして勘ぐられるより、素直に話したほうがいい状況だと判断したのだ。
    (あるいは、そう指示されているか)
     今日はもう放課後。明日にはすべてが元通り。
     そういう期待を、お互いにするタイプではないのだけれど。
    「……なーんにも知らないッスよ、俺は」
    「ふっ、くくく。よい、よい。邪魔をしたな。お大事にとレオナに伝えておくれ」
     小柄な背中が夏の夕闇に溶ける。ラギーは溜息ひとつで気分を切り替え、近づいて来る次の客に笑顔を作った。




     魚はとても耳がいい。
     人魚もそうだ。種族ごとの違いはあれども、概して水中では獣人を凌ぐ聴力を持つ。特に、耳の他に側線と呼ばれる感覚器官を持つタイプの人魚は、水中の音波が生む圧力変化を敏感に感知する。
     海中は暗く、視覚の及ぶ範囲はどうしたって狭い。だが音は逆だ。一秒間に約三百四十メートルの速さで空気を伝わる音が、水中ではその数倍、一秒間に約千五百メートルのスピードを獲得する。
     音を情報源として活用することは、生存戦略の重要な要素であった。
     そのためか、人魚の世界では音が重要視される。音のアクセサリー、音がするインテリア、音を奏でる料理、もちろん歌声も。
     海の魔女が秘薬の対価に美しい声を望んだことは、人魚たちにとって少しも不思議でなかった。
     そうして、価値があるなら市場が生まれる。
     御声信託銀行。通称「コエバンク」。
     かの魔女が始めたとも、配下のウツボの副業だったとも言われているが、起源は定かでない。
     重要なのは「コエバンクには声を預けられる」という事だ。預けた後は払い戻しされるまで、本人は声を使えなくなる。
     声を抜き取り、保管する魔法はコエバンクの企業秘密だ。
     利用者は単に預声をしてもよいし、運用してもらってもいい。どちらも手数料がかかる。ちなみに利用にあたっての審査は厳しく、人魚であるかどうかを問わず一般人がお遊びで試せるものではない。
     そもそも、不便を承知で声を預けようという客には、事情がある。一時的に声を出なくする魔法も魔法薬もあるというのに、あるいは口を噤めば声は出ないのに、わざわざ高い手数料を払って銀行に預け、守らせようというのだ。
     犯罪に利用されてはたまらぬと、銀行側の審査が厳しくなるのは道理である。
    「滅多なことはございませんよ。ご近所迷惑を避けるため、防音工事が終わるまでとペットの声をお預けになる方。役作りのためにご自身の声をお預けになる役者様。好奇心でお預けになる自由な方……」
     美しいユメカサゴの人魚が無難な顧客事例を囁くのは、黒い鬣の獅子だ。コエバンクの応接室に、彼、レオナ・キングスカラーはひとりその身を置いている。
    (逮捕を予見したマフィアのボスが声を預け、一切の証言を拒んでのけたという例もあるそうだが)
     コエバンクは守秘義務や法令を盾に、捜査当局からの要請をすべて拒絶したという。
     レオナはゆっくりと足を組み替えた。陸向けの応接室には、二本足の流儀に合わせたテーブルやソファセットが置かれている。人魚なら「椅子」は不要だ。
     魔法の光で、室内は人魚の眼には眩しすぎるほどの明るさに満たされている。ユメカサゴの人魚ことコエバンクの行員のかける眼鏡のレンズは透明だが、魔法で遮光機能をつけているのだろう。ご苦労なことだ。
    「キングスカラー様、この度は預け入れと投資運用をご希望とお伺いしておりますが」
    「ああ。一週間頼む。最高利率でな」




     預声期間は一年。
     その間に第二王子は魔法を制御する訓練をつつがなく終えた。彼の学びは倍の年齢、さらにそのまた倍の年齢でも不可能というレベルまで到達し、並みの魔法士では太刀打ちできないほどの知識を身に着けた。
    「もう十分だろう」
     王はそう言った。
     大義名分があるとはいえ、子供からひとつの大きなコミュニケーション手段を奪っている。その悪影響を懸念する意見も強かった。
     預声期間は延長されることなく、幼き声は満期で払い戻された。




    「知ってのとおり、すべての魔法が呪文を必要とするわけではない。しかしやはり魔法と呪文は切っても切れない間柄だ。呪文はイメージを高める助けになるし、その音の響きが魔法の素材や発動条件になる場合もある」
     一年生を相手に、初歩的な魔法理論を教えているのはトレインだ。開け放たれた窓から落ちてくる。落ち着いた、眠くなる声。
    「魔力だけでは駄目なのだ。呪文を使いこなすためには魔法理論を理解し、過程と結果を正確にイメージする必要がある。これができなければ魔力も宝の持ち腐れだろう。肝に銘じて、勉学に励むことだ」
    「でも先生、少しも魔力がなかったら魔法は使えないですよね? それに同じだけ努力しても、魔力が強いほうが勝つんじゃないですか」
    「有利なことは確かだろう」
    「やっぱり。不公平だなあ。魔力は努力したって増やせないじゃないですか」
     魔力のない者が後天的に魔力を獲得できるのか、少ない者の魔力量を増やせるのか。古来、研究が行われていて、一定の成果は出ている。昔は魔法を使えるかどうかは生まれつきのことでしかなかったが、少ない魔力で魔法を使う方法や魔力回復促進方法、魔力増幅剤の開発等によって、―――――――。
    「一緒に増幅剤使ったら、元から魔力が強いほうが勝つでしょ」
     努力もチートも意味がない。
     嘆く声は、トレインに反抗している風ではなかった。しょげている。魔法士は貴重だ。学園に誘われるくらいだから、地元では優秀だったのかもしれない。だが、同じ年に同じように学園に招かれても、持っているものは全員同じでない。優秀な同級生を見て、劣等感に襲われることもあるだろう。
     才能を持ち腐れてくれるような相手だけなら気楽なのだ。
     トレインは静かな声で言った。
    「何を持っているかは問題ではない。何を成し遂げ、成し遂げた後どう生きたのか、だ。諸君、人生は不公平なものだ。同一人物にとってさえそうなのだ。同じことを同じにできなかったことはないだろうか? 逆に、できなかったことができたりは?」
     子供たちが素直に感心するような、楽しい話ではなかった。少しのひがみ、癒せない諦観、楽しくない気分は、正論で消えてなくなりはしない。
     それでもトレインは態度を変えずに厳しく言い渡した。
    「我々は良き魔法士を育てるためにここにいる。良き魔法士とは何か、それぞれ考えておくように。……まだ授業時間が残っているな。続けるぞ。呪文と魔法の関係について、興味深い例がある」
     生徒たちの溜息を斬るように続けられたのは「声無しの小鳥」の逸話だった。
     とある国。王を暗殺しようとした者がいた。
     幼い王子の教育係に収まり、王宮に入り込んだ。ところがこの王子は生まれながらに強い魔力を持ち、知識を学んで使いこなす才があった。王子のかける防衛魔法は強固で、暗殺者は中々目的を遂げられない。
    「その者は一計を案じ、王子の声を奪った。呪文を唱えられなければ魔法を使えないだろう、もし使えてもせいぜい弱い効果しか出せないだろうと。だが、結局のところ暗殺は失敗した。なぜだと思うかね? ……奪われる前に、魔力を込めた自分の声をストックしておいたのだ。数に限りがあり、その状態の声で使える呪文にも制限があったが」
     ただの機械を使って録音した呪文では、魔法を発生させることはできない。その王子は宝石に魔力が蓄積し、魔法石となる理論を応用して、ストックを実現させたという。
    「やがて声を取り戻した王子は自身の教育係を告発して王を守った。……そんな話だ。時間だな。授業はここまで」

    (魔力があって勉強して応用もできる、理想の例ってことかな? )
    (無理すぎる……)
    (そんな奴ばっかりだったら学校もいらなくないか?)

     こそこそと話す声にチャイムが重なる。そして、……猫が降ってきた。
     トレインの猫だった。顔の上に飛び乗ってきたくせに、目を丸くして固まっている。
     完璧に気配を消していたのだ。ルチウスも驚いただろう。慌てて窓から身を乗り出しかけた教師を止める。
    「ご心配は無用ですよ。愛らしき仔猫はあなたの手に」
     樫の木の枝からルークはにっこり笑い、うまく窓辺によって、ルチウスを飼い主の元へ返した。
    「礼を言うぞ、ハント」
    「素敵な物語を聞かせていただきましたので。幼くも賢き王子の冒険譚、ボーテ!」
    「おまえは、……知っていただろう」
    「何度聞いてもよいものですよ。ディティールの違いも含めてね」
     嫌味のつもりはない。トレインが逸話を一部変えて話したのは、「配慮」のためだと理解できる。ルークは優雅に一礼して、すとんと枝を降りた。魔法なしで八メートルの高さから。
    「ハント! 一年生たちが真似をしたら危険だろう!」
    「いや、先生、さすがに俺たち真似しませんから!」
     ルークは微笑みながら自寮へと足を向けた。トレインは尊敬に値する教師だ。さきほどの話を、ルークは学園で聞いたわけではない。
     ずっと昔に、故国で耳にした噂話だった。


     だんまり病の仔猫ちゃん、お城でにゃあと鳴き。
     お月様落っこちた。
     まぬけねずみはびっくり仰天。
     砂時計にされちゃった!
     
     

     
     御声信託銀行では「預声」の投資運用ができる。結果は運用次第なので、元本割れするリスクもある。
     そこは銀行と預声者が相談し、プランニングするのだ。
     利子の種類も様々で、声そのものに変化を起こす……、声質、声量などを良くする場合もあれば、金銭になることもある。組み合わせも可能だ。
     あの一年間は、運用なしの単純預声のはずだった。率先して手配を引き受けた教育係が「元本保証なし・超攻めのおまかせほったらかし運用プラン」の欄にチェックを入れたのは、生意気な子供への腹いせだったろう。

     仔猫は本当に久しぶりに声を出して笑った。
     こんなボーナスは、さすがに予想していなかったのだ。

     預声の魔力伝導率百倍の運用実績レポートの封筒は、おまぬけねずみに開封もされずに捨てられていた。
     笑うごとに教育係の施した隠蔽が剥がれる。壊れる。イメージしたとおりの魔法が王宮を席巻する。
     月を模した大広間の丸天井が転がり落ちた。砂に変わる。埋められる教育係。呆気ない。笑いが渇く。
     そうして、もう誰も笑ってはいなかった。




     シルバーが保護していた猫が逃げてしまったのだ。
     弱っていたのにどこへとしょげ返る子供に、マレウスは手を貸してやることにした。
     その猫を見たことはなかったが(小さな命は本能的にドラゴンを忌避する)、それならばこの世で迷える猫をすべて家に帰してやればよい。
     その中にシルバーの猫もいるはずだ。
    「礼を言うぞ、マレウス。シルバーもあんなに喜んで、……どうした?」
    「帰らない仔猫がいる。海の底だ」
     マレウスの話をよくよく聞いて、リリアは言った。
    「それはコエバンクじゃな。仔猫の声が預けられているのではないか。あそこの声を扱う魔法は独特で強い。おぬしの力でもそう簡単には出せぬじゃろう。持ち主が預けているのだから、勝手に出してはいかんし」
     その翌日、はるばる深海から美しいミノカサゴの人魚が茨の谷を訪れた。変身薬で人の形を取り、陸で仕事をすることも多いのだという。
     さては干渉しようとした苦情かと眉を寄せたマレウスだったが、彼女は恭しく否定した。
    「いえいえ、滅相も。この度は恐れ多くも営業の機会をいただき、光栄にございます」
     投資運用とは資産自体に働いてもらうこと。
     取り出された珊瑚の小箱の隙間から、銀の鈴を振るような「仔猫」の声が零れていた。




     すれ違ったレオナから海の魔法の気配がした。光から遠く、響きを遠くへ渡す水の底。
     忘れていたことをすっかり思い出して、あの仔猫の足跡がここに続いていることを知った。
    「終わったか?」
    「見りゃわかるだろ」
     レオナの声だ。




     賢者の島、最北の崖。急こう配にしがみついて生える貧相な木々の先は、すっぱりと海だ。
     学園からも街からも濃い森に遮られ、空を使うしかたどり着く術はない。
     着いても、釣りもできない場所だ。
    「風邪」の治ったレオナは、すぐにここまで飛んできた。
     その手には弓がある。イチイの木でこしらえた弓には呪文が刻まれていた。
     自身のマジカルペンをつがえる。
     アーチェリーなんて得意ではない。嗜みとして、昔触ったことがあるだけだ。これは競技ではない。狩りだ。
     星の位置があの日と同じに巡る。
     計算通りだ。必要なものはすべて揃えてある。
    「この一矢はあらゆる星々の恩寵を受ける」
     強化された詠唱が魔法を立ち上げる。悪くない。ちりちりと産毛が震える。
    「俺こそが飢え、俺こそが乾き、お前から明日を奪う者。…………おまえは用済みだ。消えちまえ」
     弦より放たれた魔法の矢は、まず距離を斬った。賢者の島の沖合で消失後、数千キロ先の某国王宮の一角に出現する。
     十数年前、月を模した宮でひとりの暗殺者が退けられた。暗殺計画は未遂に終わったが、代償としてひとつの呪いが残された。
     強化されすぎた魔法の残滓である。
     時間をかけて少しずつ祓われ、威力を落としても、けれども核を決して失わず、触れるものを砂に変え続ける「それ」。それを生んだ者への怖れとともに。
     同じく強化したユニーク魔法による「相殺」を成功させるのに必要だったのが、今夜の空であり、コエバンクで強化した声による詠唱だった。
     弓矢も砂に変えて、手を軽く払う。
    「終わったのか?」
    「見りゃわかるだろ」
     王宮で気づいた者はいないだろう。あの時から誰も近寄らぬ、不吉な宮だ。
    「マレウス、文句を言わせろ。なぜまた俺の声の投資先になった?」
     コエバンクでの運用でどのくらい声を強化するかも、今回の魔法の大切な要素だった。今回は慎重に投資先を選んだのに、いざ蓋を開けたら強化されすぎていらぬ調整が発生したではないか。
     マレウスは死ぬほど嫌そうに顔を歪めた。
    「投資? 官能小説の朗読に使われたり、人形の声帯に埋め込まれて性的に弄ばれることのどこが?」
    「短期ハイリターンプランの常套だろ。っていうか、見に行ったのかよ。悪趣味な野郎だぜ」
     どう使われようとレオナ本人が感知することはないし、マレウスが言ったほどの具体的な使用状況も本来は知らされないのだ。自分の潔癖を押し付けて、人に余計な不快を与えないで欲しい。
    (もとはと言えばこいつが)
     レオナが二度もコエバンクを使うことになったのも、初回あんな桁外れの運用実績を出したマレウスのせいである。
     声の最初の投資先がマレウスと知ったのは、学園で再会してからだ。接するうちに、あのとき自分の声に感じた魔力と同じ匂いと気が付いた。
     ちなみにレオナの声の強化は一時的なものだ。特に今回は短期であるし、すぐに戻るだろう。
    (当たり前だ)
     話すたびにトカゲの匂いを感じるなんて、悪夢ではないか。
     レオナは不満そうなマレウスの腰を尾ではたいた。
    「じゃあテメエはどれだけ高尚な使い方をしたっていうんだよ? ああ、言えないような事なら言わなくていいぜ。俺だって知りたくもない」
    「無礼な仔猫め。やましいことはない。人に知られるのも厄介だったしな。僕の部屋で、眠っていてもらっただけだ」
    「……………………………………」
    「なぜ不自然に距離を取る?」
    「………………一週間ずっと、同級生の野郎の寝息を聴いていたって?」
    「……? いびきはしていなかったぞ。おまえとは思えぬ大人しさだった。それにずっと聴いていたわけはないだろう。授業があるのだし」
    「……無垢な目で不思議がるんじゃねえ」
    「たまにぐるぐる唸るのが、かわいらしかったが」
    「………………………」
    「この尾はなぜ殴る?」
     不毛な言い争いを笑うように、崖下の海で人魚がひとつ跳ねた。ご利用、誠にありがとうございました。どうぞ、どうぞ、今後とも御贔屓に!




     声の持ち主である「仔猫」が誰か。それを教えることはできないと人魚は言った。
     マレウスなら調べることはできたのだが、規約違反になるという。その場合、投資は失敗だ。契約したプランでは、声にもダメージが出るという。
     それに、コエバンクの利用者は様々な事情を抱えている。知らぬままでいたほうが良い事もある。
     知らなくとも、問題はなかった。
     小さな命はマレウスを恐れるが、この「仔猫」は違う。
     この世界に生きる誰かに繋がる小さな音色が側にあることは、マレウスを慰めた。望まれるまま、透明な声が唄う。


      ミルクみたいに真っ白
      でもミルクじゃない
      草みたいな緑色
      でも草じゃない
      血みたいに真っ赤
      でも血じゃないわ



    「ふふ。おまえに本物のミルクや木苺をやれたら……、いや、すまない。今日が最後だな、仔猫よ。再会を願い、せめて祝福を贈ろう」
     今はしばしのお別れだ。
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