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    machikan

    @machikan
    二次創作の字書き。

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    machikan

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    2022年7月23日イベント用無配テキストでした。全年齢向けマレレオ。
    レオナさんバースデーイブに全体公開します。マレレオがドライブする話です。

    #マレレオ
    maleLeo

    レオナさんお誕生日おめでとう2022小話「ドラゴンはデッドヒートがお好き」 七月二十七日午前九時。
     自寮に戻ろうとしていたマレウスは、メインストリート脇でイデアとオルトに出くわした。本日は公休日で授業がなく、学園内は閑散としている
    「何をしている?」
    「ひえっ、マママレウス氏……!」
    「マレウス・ドラコニアさん、おはようございます!」
    「おはよう。小さいシュラウド。……見慣れないものがあるが」
     数人のイグニハイド寮生が、マレウスの視線に怯えたように後ずさった。
    「これは今日のイベントで使う予定のMVだよ。兄さんが設計した最新型で、従来型より魔導燃費が三十六%改善されているんだ。安全面でも革新的な手法を取り入れていて、MVの未来に一石を投じる意欲作だよ!だけど……」
    「問題が起きたのか?」
    「搭載予定だった魔導電池が届かないんだ。輸送事故だって。探してもらっているけれど、ただでさえぎりぎりのスケジュールだったから、もう間に合わないんだ。企業秘密だからって魔法遮断素材で梱包されていて、僕が追跡して取りにいくこともできないんだよ」
    「オ、オルト、マレウス氏は関係ないことだから、その辺で……! ま、まあ、そういうことなんですわ」
    「魔力を貯める電池か。……『それ』は、魔力を流せば動くのか?」
    「は?」
    「そうだよ!今はテスト用の電池を乗せているんだ。短時間しか持たないけど、ずっと補充し続ければEVは動く。ただし大人の魔法士でも一分でギブアップしちゃう確率は八十九%。でも、ドラゴンの魔力なら五時間以上走れると予測できる!」
     イデアが眼を見開いて飛び上がり、オルトは生き生きと飛び跳ねる。マレウスはにっと口角を片方釣り上げた。
    「力を貸そう。ちょうど興味を持ったところだった」



     日常なら絶対に許されないレベルの騒音が、あちこちでがなり立てている。抜けるような青空。群衆。笑い声。興奮。
     レオナはイヤーマフの位置を直して、密かに溜息をついた。
    白いジャケットはバースデーボーイの衣装。褐色の肌に眩しく映える姿に、あちこちのカメラが無遠慮に向けられる。いちいち威嚇するのも馬鹿らしく、レオナは無視を貫く。
     今日はレオナの誕生日だった。だが誕生日とこの騒ぎは一ミリも関係がない。
     頭上にはためくお題目は「第二十七回ワールドカップMV- 賢者の島グランプリ」
     MV。すなわちマジカルヴィークル。魔法道具の最先端、魔導式エンジンを積んだ四輪車の国際レースである。
     魔法士は人口の中で少数派だ。多数派に対し、魔法と自分達の有用性を証明することを暗に求められている。
     マジカルホイールやマジカルヴィークルもその延長だ。
     ほうきで自在に飛行する術は魔法士の特権だが、魔法道具なら一般人にも使える。ガソリンや水素、電気のように、電池に溜められた魔力がMVの燃料だ。
     通称MVグランプリは、魔導工学の粋を集めた最新モデルが速さと美しさをアピールするレースとして、世界中から注目を浴びていた。
     ちなみに夕焼けの草原でも同シリーズのレースが行われ、王家が大口スポンサーになっている。つまり今日のレオナは関係者として招待を受け、寮での誕生日パーティー前に顔を出す羽目に陥っているのだった。
     営業スマイルを貼り付け、VIP席でレース界のお歴々からの挨拶を受ける。
     レオナの兄夫婦は都合が悪く、不在である。幸やら不幸やら。やれやれ!
     モータースポーツは巨額の金が動くお祭りだ。フリースタンドには早朝から観客が詰めかけ、シャンパンやビール、コーラの乾杯が重なる。彼ら彼女らは出店のプレッツェルやフィッシュ&チップス、ドーナツ、焼き鳥を頬張り、パドックを行き交うスタッフやレーサー、ニュース媒体のリポーター、芸能人の姿に子供じみた歓声を上げるのだった。
     賢者の島でのグランプリは四年に一度。MVに限らず、公道を使用するレースは開催地の負担が大きい。MVワールドカップでは毎年市街戦をひとつ組み込んでいて、いくつかの都市で持ち回り開催している。
     そう、これを逃せば次は何年後かわからない。空も青い。乾杯するしかない。乾杯!
     レオナはノンアルコールシャンパンに混ぜて溜息を飲み込んだ。レースが始まれば構ってくる人間は激減する。それまでの辛抱だ。
     男が皆レース好きというわけではない。実家から送りつけられてきた観戦チケットはラギーに任せた。釘は刺したから、派手な手数料は取らずに売り捌いただろう。
    「レオナ殿下、お久しぶりです」
    「サー・エリオット、お久しぶりです。予選では残念でしたね」
     レオナはグラスを置いて立ち上がり、その男と握手を交わした。兄と同い年のレーサー、Y・エリオット。昨年のワールドカップチャンピオンである。惜しくも今回、予選の成績は振るわなかったが、自信に満ちた態度にはいささかの陰りもない。
     賢者の島のコースはレース用のサーキットではない。道幅が狭く、カーブが多いため追い越ししにくく、路面は荒れてスリップを多発させる。経験とテクニックが物を言うコースだ。エリオットは前回の本島レースで入賞している。
     今回も十分チャンスはあるだろう。エリオットは魔法士資格を持っていて、MVの繊細な調整も得意という話だ。
     なおMVレーサーが魔法士である必要はない。最終的には一般人が乗る市販車に繋がらねばならないからだ。レギュレーションでも、車体にあらかじめ組み込まれた魔導機構を除き、レース中の魔法使用は禁止されている。
     そう、魔法を使いたいならほうき持ってこい。これはマジカルヴィークルのためのレースなのだ!
     だから、レオナはラギーに売りつけられかけていた彼から、チケットを奪った。こんな大会に世界一似合わない男。彼のご機嫌が二度傾いただけでこの晴天は暗黒に染まり、オートクチュールのごとく繊細なマシンが火を吹いてひっくり返る。
     「おまえには不要なものだ。変化も道具も。そうだろ?その足で移動していくんだな。これからもずっとおんなじに」
     マレウスは驚いたようにレオナを見下ろしていた――――。
    「殿下?」
    「失礼、海の光が目に……」
    「今日はよく晴れていますから。殿下、お誕生日ですね。おめでとうございます。本日お会いできて良かった」
    「ありがとうございます」
     渡された小箱を受け取り、微笑みを口元に呼び出す。いささか乾いていたかもしれない。
     レオナのプロフィールは公開されている。今日はもういくつも花やプレゼントを受け取っていた。そして記念撮影。
     かつてサーキットを賑わせていたレースクイーンが廃止されて数年。花が減れば、残された花に余計に目が向くものだ。彫像のように美しい若者の気を引こうと、悪気のない下心がタップを踏む。
     エリオットのそれは洗練されていた。
    「今日のトロフィーは殿下に捧げたい。よろしければ夜のパーティーにご一緒させていただいても?」
     なめらかな社交辞令混じりの誘いは、不快ではなかった。レオナを侮り、子ども扱いする人間とは違う。否でも諾でも、答えは尊重されるだろう。
     だが夜は先約がある。学校の誕生日パーティー。あれはあれで億劫だが、どうせ今年が最後だ。サー・エリオットに何かを期待する可愛げも持ち合わせていない。レオナは壁の花でも迷子の仔猫でもないのだ。
    「サー、申し訳ありません。せっかくのお誘いですが、今夜は、」
    「キングスカラー、ここにいたのか。もう時間だぞ」
    「どこから湧きやがったこのトカゲ野郎。は?あ?世界一テメエが来るべきじゃない場所だぞ!?ここをどこだと、」
    「第二十七回ワールドカップMV 賢者の島グランプリだろう。僕に字が読めないとでも? さあ、エキジビションレースだ、キングスカラー。おまえの席はあちらだ」
     エキジビションレースは大規模レースの前座のようなものだ。
     本日のエキジビションは非営利団体や個人による、カスタムMVレース。コースは本戦の半分、約一時間で終わる長さだ。レギュレーションが緩いため、外見からしてばらばらである。
     レオナともども転移したマレウスが指し示したのは、見事な流線形の2シートMVだった。闇の果てのごとき漆黒、左フロントドアとフロントフェンダーに金色の瞳の美少女がでかでかと描かれている。十二年前に放映されたMVレースアニメのキャラクターだ。イデアの推しはこの金眼ガールでなく、アニメの設定上「これ」を愛車に描かせたキャラ、「ライバルに燃えすぎて萌てしまい愛車にライバルの姿を刻み込んだ」というエピソードで有名なキャラクターのほうである。ちなみに右のフロントドアには左側に描かれた金眼ガールの後ろ姿が緻密に描かれている。原作アニメを知る者が度肝を抜かれて写真を撮りまくっているが、あいにくマレウスもレオナも知らない。
     キャラクターのペイントを施したMVは他にもあったが、天才の執念を感じる仕上がりは圧巻だった。レオナはこめかみを抑えた。頭痛がする。天地がひっくり返っても、あらゆる意味においてマレウスが用意できるものではない。
    「おまえ、これは何のつもりだ?」
    「鉄の馬を乗りこなすぐらい僕にもできる」
    「いや、意地張ってんじゃねえよ。とっとと元の場所に戻してこい」
    「もうエントリーは済んでいる。これは僕がシュラウドから責任を持って預かった、ナイトレイヴカレッジ魔導式走行車両同好会のMVだ」
     イデアは同好会名誉会長である。
    「このエキジビションレースには、ロイヤルソードアカデミーなど他校の自動車部も参加するそうだ。地元レースで不戦敗などと言う不名誉から母校を救ってやろう」
    「で?」
    「シュラウドと小さいシュラウドが乗る予定だったが、諸般の事情により試作品のエンジンに走行中魔力を供給し続けることになった。僕の魔力は雷を呼びやすい。小さいシュラウドには非常に危険なので、乗れなくなった。小さいシュラウドが乗れないならシュラウドも乗れないそうだ」
    「俺は?」
    「ナビゲーターだが?もう登録も済ませた」
    「教えてやるが雷は人間にも危険なんだよ、トカゲ野郎。俺は帰る。勝手に走って事故って帰れ」
    「お前の誤解を解くために走るのに、おまえが見ていなくてどうする」
    「俺がどこにいたと思ってるんだ?エキジビションから見物する予定だった」
    「おまえは確実に寝る。真面目に見ない」
     それはそうである。
     さて大人気なく言い合っているが、ここはもうスタートラインである。エキジビションレースの開始まで残り三分。他のドライバーはこの奇妙なチームを不真面目と怒ることもなく、やんやと煽っている。イデア渾身の痛MVは水際だった輝きであるが、眺め渡せば手作り感あふれる個性的なMVが多い。前座レースも時と場合によって様々だが、今回は色物ショーの側面が強いのだろう。
     公道レースでのマシン負担が大きいことは周知の事。スピードより個性を重視したマシンが多くなるのは道理とも言える。
     公務の一環として招待されているレオナは、周囲の視線にぐっとそれ以上の罵声を飲み込んだ。マレウスと喧嘩して雷を撒かれ、エキジビションも本戦も関係なく高額で貴重なマシンを消し炭にするわけにはいかない。
     マレウスは頑固だ。これと決めたら絶対諦めずに、レオナをMVに乗せようとするだろう。学友からのサプライズに文字通り乗ってゴールを目指した方が面倒が少ない。なに、それこそ助手席で寝ていればいいだろう。ナビゲーターなどというが、迷うような道ではない。約250キロのコースを40周、およそ1時間で終わる設計のレースだ。要はぐるぐる回るだけである。
     無言で助手席のドアに手をかけたレオナの耳がぴくりと動いた。イヤーマフ越しでもはっきりと聞こえたのは、挑発的な口笛だ。
    「ヒューウ! おい見ろよ、かわいい仔猫ちゃんが迷い込んでるぜ?」
    「ご自慢の尻尾を踏んづけられたくなかったら、おうちに帰んな!」
     やたらと鋭角的なシルバーボディのMV。窓を下げて乗り出し、大げさに手を叩いているのは、若い男の二人組だ。
     マレウスは大真面目に言い返した。
    「僕たちのことなら訂正しろ。キングスカラーは猫ではない。ライオンの獣人だ。もちろん僕も猫ではない。ドラゴンの妖精だ」
    「おい、相手にするんじゃ、」
     レオナの制止を上塗りして、男たちはさらにけたたましく叫んだ。
    「ドラゴン? マジかよ、ガチのドラゴンカーセックスじゃねえの!」
    「ネコちゃんもいるから3Pじゃね?ギャハハハハ!」
    「……ドラゴンカーセックスとはなんだ?」
     レオナは黙ってスマートフォンでその言葉を検索し、結果をマレウスに見せた。それ以上の説明は割愛した。検索履歴も即座に消した。汚点である。
    「痛車でリアルドラゴンカーセックス!!ヤッッベー!!」
    「おっと、仔猫ちゃん、衣装をお間違えですよ? レースクイーンですよね?パンツ脱いでミニスカにお着換えしてらっしゃったら?」
     マレウスとレオナは無言でシュラウド印のMVに乗り込んだ。エンジンをかけて、同時に呻く。
    「「潰す!!!!!」」
     珍しく二人の意見が合った瞬間、信号が赤から緑に変わる。試走として一周した後、各自割り振られたスタートラインにつくのだ。
     レオナはうっかり受けた屈辱に歯噛みしながら、呟いた。
    「しかし意外だな。おまえが運転免許証を持っていたとは」
    「何の運転免許証だ?」
    「……………………………………」
    「…………………………………?」
    「降ろせ!!!!!!!!!!」
    「ここで降りたら危ないぞ、キングスカラー!?」
     だがそれこそ意外なことに、マレウスが死ぬほどよそ見をしても、MVは危なげなくスタートラインにつき、無情にカウントダウンを刻んだシグナルに合わせて、レーススタートをキメた。
     開始早々もつれてクラッシュする数台の隙間を鮮やかに縫い、上位に躍り出る。レオナは得心した。
    「自動運転か!」
    「そうだ。このコースは事前にテストし、データが入っているとシュラウドが言っていた。ドライバーなしではエンジンをかけられないが、乗ってしまえばハンドルを握らなくてもゴールにつくと」
    「魔導式の運転支援技術も違反ではないからな」
     とにかく事故死は免れたかと、息を吐くレオナ。と、その時、車体を衝撃が襲う。見れば、トゲトゲチンピラMVが馬鹿げたクラクションを鳴らしながら、車体を寄せてきている。
    「のろまなドラゴンカーセックス野郎~~~~!!馬っ鹿じゃね~~~のぉおおおおwwww」
    「おいおいネコチャンwwまだミニスカに着替えてないのかよ~~~~~wwww オラッwちんたらしてるとケツ掘るぞ!!!」
     レースクイーンにチヤホヤされたくてここまで頑張ってきたのに、レースクイーンのほうが廃れてしまった。時代の流れにやさぐれた心をぶつけるいいカモとばかりに煽りまくり、中指を見せつけながら追い抜いていく。
     黙っていれば、大人しくて上品なお坊ちゃんに見えるマレウスとレオナであった。黙ってさえいれば。
    「「!!!!」」
     その瞬間、緑色の炎が車体を包んで吹きあがった。エキジビションレース用のパドックで飛び上がるイデア。
    「ちょっとマレウス氏、何やってるの???!!!!」
    「マレウス・ドラコニアさんの魔力が強すぎて外部コントロールを受け付けないよ!強制マニュアル運転状態!完全に暴走しているね!!」
    「ギャアアアアアアアアア拙者のMOENA-ZRⅡがーーーーーー!!!!???」



    「ドラゴンは鉄の塊とまぐわったりしない!!!!」
    「俺は猫でもレースクイーンでもない!!!!!!」



     普通のMVなら怒涛の魔力供給にオーバーヒートしていただろう。
     だがこれは腐っても天才、イデア・シュラウドが情熱と萌をぶちこんだ傑作だった。緑色の流星のごときスピードでアスファルトを削りながら爆走する。ほのぼのしたエキジビションレースから一転の展開に、実況アナウンサーがマイクを握って立ち上がる。
    『す、凄まじいデッドヒート!!!! トップを走るマウントオブバッファロー略してモブ大学自動車部、猛追するナイカレ!!巻きぞえをくらって優勝候補にクラッシュ続発!!レースは大荒れの様相を呈しているーーーー!!!』
     相手はチンピラ属モブ科ネイムレスモブ男チームでも強豪だった。メインレースに迫る速さでコースを侵略していく。ちなみにMVでも非MVでも、最高スピードは変わらない。
     エンジンの動力が何であれ、安全基準が下がるわけではないからだ。現在のレースでの最高スピードは時速三百五十キロ前後。今回のような公道コースであれば、トップレーサーでも百五十キロ出せればいいほうだろう。
     速度計はモブ男チームの時速百キロ。そしてナイカレチームの百ニ十キロを示している。だが自動車の運転技術には残念ながら埋められない差があった。
    「くそっ!このままじゃ追い抜けねえぞ!マレウス!?」
    「わかった!」
     なぜそこでわかってしまうのか。イデアが聞いていれば卒倒したに違いない簡潔なやり取りの後、マレウスはハンドルを握り直した。こちらに有利な点があるとすれば、マレウスとエンジン、ひいては車体が一体化に近い状態であることだった。
     魔力経路を通し、このMVの機能が直観的にわかる。隣に座るレオナが見ているものも、不思議とよく見えた。レオナが叫ぶ。
    「そこだ!」
     できる。問題ない。マレウスは思い切りアクセルを踏み込んだ。車輪が浮く。前方にモブMV。カーブに合わせてスピードが落ちているが、道幅は追い抜くには狭い。マレウスはアクセルを踏み込んだまま、ハンドルを切った。
     
    『ナッッ、ナイカレ鮮やか過ぎる片輪走行を決めたーーーーー!!!!?』

    「マレウス氏ーーーー?!ユキナたんドチャクソ擦れてますよーーー!?」

    『 モブとガードレールの間を通り抜ける!!!! 時速百キロ越えの片輪!!これは危険過ぎる!!』

    「はあああああ!? 拙者のMVがこれぐらいで横転するわけないんだが!?」
    「重心制御装置が無事稼働しているね! コースは残り五周、もう数分でゴールだよ!ここから追い抜かれる確率は十一%。クラッシュする確率は六十八%だよ」
    「エンジンがオーバーヒートする確率は?」
    「九十二%。完走するだけなら問題ないんだけど、負荷が高すぎる」
    「ぴえええ~~~~~~~;;;;;;」


     その後のレース展開は、後に魔の三分間と呼ばれた。
     クラッシュに次ぐクラッシュ。クラッシュの中をぶちぬくナイカレMV。粘るモブMV。モブが粘れば粘るほど無茶をぶち込むナイカレ。おまえたちさえ諦めればという他参加者の怨嗟。駄々下がりする治安。
    「クソクソクソッ!!魔道工学の天才が作った痛マシン!?ドラゴンと猫ちゃんのロイヤルイケメンドライバー!?」
    「俺たちゃそんなクソ権威を見返すMVに命かけてんだよ!!」
     先に砂をかけに行ったのは自分達なのだが、そこは置いておく。
     ルックスも種族も身分も関係ない。腕一本で成り上がるとマジカルスパナに誓ったのだ。
    「行くぞ、マイケル!」
    「おう、バリー!次のコーナーで仕掛ける!」
     高低差のある下りのヘアピンカーブだった。人馬一体ならぬ竜車一体と化したナイカレMVが先行し、ぎりぎりの減速で優雅に駆け降りていく。
    「ここだ!」

    『ああっとモブMV、減速しない!!?減速なし!!ま、まさか……、と、と、と、飛んだーーー!?』

     坂の上から下へ、要するにカーブ部分のショートカット。もはや「落下」である。コースを無視したショートカットは違反行為だ。タイム加算や、違反前のポジションからの再スタートを求められる。
     だが、それは計算内だ。目の前に突然落下してくる車両に、動揺しないドライバーはいない。急停車を余儀なくされる。この狭い、荒れた路面の下り坂で!
     良くてスリップ、悪ければ旋回してガードレールに突っ込むだろう。マシンにダメージが出れば、元通りには走れない。
     モブMVも条件は大差ない。このスピードでの落下、そもそも車体やタイヤが衝撃に耐えられず、崩壊するリスクがある。
     だがこれは魔法の四輪車レースである。
    「安全装置作動!マジカルエアバック・オン!」
     
    『モブMVから大量の雲が!?これは新しい!!運転席だけでなくマシンごと受け止める魔法のエアバック!!だがこれでは走れない!!モブMV棄権か?!ここまでか!?あ、あ、ああーーー!!』

    「兄さん、モブMVから魔導ビームの出力を検知!発射まで3、2,」
    「マ!? 積雪除去機能にって重宝されてるやつ!!?の、改造!?あれでエアバック溶かして進もうってワケ!?変態かーーー!!」
    「1! 発射ーーー!!」
     モブMVから放たれた光線が、雪のかまくらじみた巨大クッションを見る間に溶かしていく。
     雄叫びを上げながら突進するマイケルとバリー。
    「ざまあーみろおおおおお、お、おおおおお!?」
    「ギャァエアアアアア!?」
     衝撃。何度目かもうわからないが、先程の落下に匹敵する衝撃に襲われる。
     ナイカレMVが全速力で追突してきている。上から後続車が降ってきた時は確かに驚いたマレウスだが、急ブレーキのかわりに選ばれたのはアクセルだった。レース開始以来ブレーキの影が薄すぎる。
     二台の接触面で、両車の魔導防衛機構がフル回転する。殺しきれなかった衝撃が路面をえぐり、車体をジェットコースターのように揺さぶった。
    「ハッ!ヴィルの奴にやらされたカースタントのほうが、やばかったぜ……!」
    「初めての長距離転移に失敗して海溝にはまり込んだときに比べれば……!」
    「いや、何やってんだおまえ」
    「人間で言えば五歳のときだった……」
     軽口の応酬を中断して、マレウスとレオナは激震し続けるフロントガラスからモブMVを凝視した。違和感がある。レース中何度も見たテールランプが、奇妙に高い。タイヤもだ。車高が全体的におかしい。思考が彷徨ったのは一秒に満たない時間だ。答えは見ての通りだ。浮かんでいる。
     魔導式安全機構同士のつばぜり合い。溶けかけたマジカルエアバックの残骸に滑るタイヤ。車体がガタガタと浮き上がる。マレウスは眼を丸くしている。どうするべきか、レオナは一瞬迷った。
     押し出すのを突然やめれば、こちらが後方に跳ね飛ばされる。モブMVも制御を失う可能性が高い。かといってこのまま押し続けては―――。
    「あ、」
    「キングスカラー?」
     モブMVは魔導ビームを放射しっぱなしだった。もうエアバックだけでなく道路やガードレール、崖を溶かし始めている。それが、浮き上がったことで角度を上方に変えた。
     空には観客と報道陣を乗せたヘリコプターが何機も飛んでいる。そのうちの一機が下げた垂れ幕には子供の字で「おじたんおたんじよおうびおめでとお」とライオンのイラストと一緒にでかでかと。
     呑気にヘリから手を振りまくる幼児とその父親と母親。
     レオナはサプライズ演出をこの瞬間から永遠に嫌うことに決めた。欠席の皮を被ったサプライズ・ハッピーバースデー!イッツ・ア・ナイトメア!!!!
    「馬鹿が!!!!」
     不安定によれる超高温の光線が、今にも遊覧飛行者たちを撫でようとしている。止める方法はある。あのモブMVをさっさと砂の山に変えてやることだ。だが、展開中の魔導防衛機構が邪魔をして、時間がいつもよりも。
    「くそっ、……マレウス、おまえも、……おい!?」
     マレウスはドアを開けてコースに降り、その長い足の一歩だけでモブMVの運転席の横に立った。ばき、とドアをもぎ、中にいる人間たちを引きずり出す。そのままシートを掴んで車体を持ち上げる。出っぱなしの魔導ビームを人に当たらない角度に維持しながら、マレウスはガードレールを軽くまたいでモブMVと一緒に海に飛び込んだ。
    「………………………………………………………」
    「………………………………………………………」
    「………………………………………………………」
     マイケルとバリーとレオナの、沈黙。実況席も絶句している。葡萄酒色の海の奥深く、黄緑色の閃光は宝石のインクルージョンのようにも見えた。時折、巨大な黒い影が揺れる。
     レオナは息を深く吐いた。気持ちを整理する。尻をずらして、運転席に移動した。走り出す。棒立ちのマイケルとバリーの横を静かに抜けて、レースを再開した。
     マレウスが狙っているのは、電池切れだ。
     MVの魔導電池が空になれば、防衛魔法も魔導ビームも止まる。だがそれがいつなのか、正確な予測をする知識をマレウスは持たない。
     ほんの短時間なら海底に向けて放出させればいいが、長時間だと環境に影響を及ぼす恐れがある。マレウスが本性を現し、何よりも強固な鱗で受け止めて見せたのはそういうわけだった。空でドラゴンに戻っては、ヘリコプターに接触しかねない。海があってよかった。
     エンジンには常時魔力供給が必要だったが、マレウスが注ぎ込んだ余剰がある。持ちそうだ。
     周回後れのマシンを一台抜いて、レオナことナイトレイヴカレッジ魔導式走行車両同好会のMVは一番にゴールのチェッカーフラッグを受けたのだった。





    「危険走行行為でタイム加算3000秒のペナルティだよ、レオナ・キングスカラーさん!お疲れ様!」
     3000秒、すなわち五十分間。六十分完走想定のコースで受けるペナルティではない。圧巻の最下位だった。優勝は、レオナが最後に追い越した周回遅れチームの手に渡った。島の老人会によるMVチームだったそうだ。レオナはヘルメットを外して鬣を揺らした。笑う。
    「ハッ! あれで失格にならないとは呆れたエキジビションレースだぜ」
    「って拙者の愛車で何やってんの!?レオナ氏~~~~~;;;;;; マレウス氏も、ねえ、あ、あれ大丈夫なやつ……?」
     海中のマレウスの様子は、オルトでもモニターできなかった。
    「シュラウド、僕を呼んだか?」
    「うわびっくりした」
     マレウスは水一滴もまとわせず、乗車時と同じ端正なレーシングスーツ姿である。ダメージを受けている様子は一切ない。
    「あのMVは彼らに返した。心配はいらない」
    「向こうで腰抜かしてるけどな。おい、マレウス、おまえ何のつもりだよ? おまえならあのMVだけを、それこそ海溝に転移させることもできただろうが」
    「何を言う、キングスカラー」
     マレウスはいかにも心外そうにレオナを見つめた。
    「転移魔法を使っては失格になってしまう。レース中の魔法使用は禁止だぞ」
    「え、それでこのひと素手で車のドアはいで担いで飛び込んで十分以上潜水して魔導ビーム浴びて歩いて帰ってきたの?こわ……」
     ドン引きするイデアを、オルトがたしなめる。
    「もう、兄さんったら。ちゃんとレースを完走してくれたんだから、お礼を言わないと。それにすごい走行データが取れたよ! ありがとうございました、マレウス・ドラコニアさん! レオナ・キングスカラーさん!」
    「やめろ、こいつとセット扱いするな」
    「礼には及ばない。僕も貴重な体験ができた。どうだ、キングスカラー。僕にだって運転ぐらいできただろう?」
     さっきのレース走行を運転と呼ぶのは、交通安全に対する冒涜である。
     冒涜者が肯定を求めてレオナを見つめている。観客の命を守ったことなど、もう忘れているようだ。礼は不要だろう。証明されてやっただけで十分なはずだ。多分。
    「……無免、死んでもばれるんじゃねえぞ。面倒だ。ずっと自動走行してたことにしろ。誕生日にこんな疲れさせるんじゃねえよ。ドラゴンカーセックス野郎が」
    「おまえのユニオンバースデー衣装をマイクロミニスカートに変えてやってもいいのだが?」
    「汚い語彙オルトにインプットヤメテ!?」
     唸るレオナ。肩を竦めるマレウス。
    「やれやれ。注文の多いことだ。僕はおまえに証明できただけでよしとしよう。僕はそろそろ戻る。さらばだ、シュラウドと小さいシュラウド。キングスカラー、またあとで」
    「おい、図に乗るんじゃ、……あとで?」
     マレウスは優雅に浮かぶと、指を鳴らした。ラフプレーで壊滅状態だったコースが、カーペットを敷き直されたかのように元に戻っていく。
     わあっと大歓声を浴びて、ドラゴンはその堂々たる姿を消した。
     レオナは渋面である。学園での誕生日パーティは、寮や部活単位で実施される。マレウスはもちろんサバナクロー寮にもマジフト部にも関係がない。それなのに、後で、とは。
     悪い予感に、レオナは尾を不機嫌に揺らした。幸運のダイス、砂にしておくべきだったか。
    「…………めんどくせ」
    「レオナ殿下! MVの歴史に残るレースでしたね」
    「サー・エリオット。どうも。ついはしゃいでしまいました」
     一応猫を被るレオナに、イデアが露骨に眼を逸らした。モータースポーツのトップレーサーなどというリア充の権化を見せては、オルトと愛車のAI教育に悪い。
     イデアの骨ばった足首を尾の穂先で打って、レオナは退路を確認した。サー・エリオットと、その後ろに控えるレポーターたち、さらに着陸態勢に入った実家印のヘリ。いちいち相手にしていては日が暮れる。
    「申し訳ない。少々、ドライブに酔ってしまったようです。非常に残念ですが、私はこれで……」
    「殿下……」
    「サー、あなたに勝利があらんことを」
     レオナに一ミリも関係しない勝利を。
     呼び出したほうきに飛び乗って、レオナはレース会場から飛び立った。
     




     後日、「マレウス・ドラコニア マジカルヴィークルGPレーシングスーツ」のSSR写真をセベクに売りつけるラギー(観戦チケットはすべて売りさばき、当日会場でビール売りのバイトをしていた)の姿が、ナイトレイヴンカレッジの一角で目撃されたという。
     ちなみにマレウスが賢者の島教習所に姿を現した際の話については、また別の機会を設けるべきだろう。どっとはらい。
     
     
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