青の都のサプライズ 港に着いてすぐ、レノは恋人であるグール=ヴールの手を引いて仲間たちからこっそり離れた。こっそりとはいえ、いつも通り彼らには気付かれていることだろう。
「ほう、アリーチェたちが言ってた通りだな」
レノは街を仰ぎ見て満足そうに言った。陽が照っているのに素肌に触れる春の空気はひんやりとしていて心地よい。
建物も、道も、階段も。視界に入るものはなんでも青に染まっている。屋根の青は空の蒼さよりもずっと澄んで見え、たまに空と屋根の境目を見つけるのが難しいほどだった。ご丁寧に屋根や窓枠、扉までも青く塗装されており、自分まで青色に染まった気分にさせる。青の都。その名のとおりだ、とレノは思った。
この街は、最近新しくなったリゾート地だった。もともとの観光地を賢者の塔が技術提供した魔法で発展させたようだ。街中は魔法や魔道具で溢れている。街全体の青も、魔法によるものだろう。
カラフルな球体を肩の辺りで浮かべる子ども、歩いたあとに光る足跡を残していく集団。青い鳥たちがどこからともなく現れ、しばらくレノたちの頭上を回る。足元の影がタップダンスをしているのを見つけてからは、何か魔法にイタズラされるのではないか、とグール=ヴールと一緒に目を凝らして歩いた。
道と並走して水路があり、青に染まる街の中で唯一白いカップのボートが流れていく。それに乗る観光客は、口を閉じるのを忘れて通り過ぎていった。
「遊戯の世界の技術もあるっていう話だぜ」
レノはその技術とやらがないか、と視線を巡らせる。
「セレンから聞いていた遊戯の世界の雰囲気とはまったく違うな。確かに魔法はいたるところで使われているが。ともかく、だ。旦那、まずはあれに乗ろうぜ」
隣を歩くグール=ヴールの袖を引いて水路をひとりでに流れるカップを指した。
「スリルはなさそうだが、街を見て回るにはピッタリだ」
「……ふむ、レノ。観光地とはいえ、さすがに私の容貌は目立つのではないか」
「大丈夫だと思うぜ。なんせリゾート地だ。もちろん、旦那が嫌ならのんびり人気のない道を散歩でもいいが。どうする?」
これだけの観光地であれば人間以外の種族もいるに違いない。際立って目立つことはないはずだ。
「いや。君が来たかった場所なのだろう? 付き合おう」
レノは誤魔化すように曖昧に笑って返した。
たしかにこの場所はレノが提案した場所だった。異世界や異変に振り回されるみんなのために……などと上手く仲間たちの、特に財政を担うガラクスィアスの気分をのせてやっと実現したバカンスだ。それはひとえに、こうしてグール=ヴールと二人きりで過ごしたかったから、なのだが。あえて口にする必要はないだろう。
カップの流れてくる方向を辿り、小ぢんまりとした乗り場に着く。これまた全身ブルーに身を包んだ誘導員に従って乗り込めば、自動でゆったりとした動きでカップは動き出した。
とぷん、とぷん。白い陶器のようにつるりとしたカップが、深く優しい水の音色とともに水に流されていく。カップの中は意外と広く、大の大人二人が乗っても問題ない広さだ。壁に沿って円形になっている椅子は見た目より柔らかい。
しばらく揺られているとレノの耳に緩やかなハープの音色が届いた。出どころはわからないが、魔法のなせる業だろう。
いい勝負ができた賭け事の帰り道のようにすっかり高揚した気分になり、背もたれに寄りかかって空を仰ぐ。隣の恋人も同じように顔を上げた。
カップが水路を流れていく。レノたちは水のアーチをくぐり抜け、繁華街へと運ばれてきた。レストランやカフェ、土産屋を通り過ぎた頃、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「旦那、あそこにリヴェラたちがいるぜ。ほら、あのカフェだ。ガラクスィアスとシーターも──ってなんでこの遠さで目が合うんだ」
リヴェラとガラクスィアスが同時にこちらを振り向き、手を振った。シーターもなぜかレノたちに向けて微笑んでいるように見える。
レノは仕方なく片手をあげて挨拶した。グール=ヴールもレノを真似た。すると、道を歩いていた女性たちが数人こちらを見てヒソヒソと話し始めたのを視界の端に捕らえる。同じ服を着ているのを見るにどこかの学生だろう。
「……うむ、やはり目立ってしまうな」
「いや、そうじゃなさそうだぜ。旦那、もう一回だ。今度はあのお嬢さんたちに手を振ってやれよ」
「しかし……」
レノはグール=ヴールの右手を掴み持ち上げ、愛想よく手を振ってみせた。女性たちはニコニコしながら手を振り返してくれた。
「……レノ」
「なんだ? 悪い反応じゃなかっただろ?」
「そうだが……。いったいなぜ……」
「さあな。リゾート地だからじゃねえか? いつもは気になることでも気にならなくなる。ここではそんなもモンだ、って思えるのかもな」
「なるほど。たしか、以前訪れた大陸もそうのようなことがあった。街全体が夏の熱気に狂っていて……」
「ははっ、なつかしいな。あの大陸はリゾート地ってわけじゃなかったが、えらく熱狂的な祭をやってたからな。アンタの姿を見てテンションがあがりすぎて、脱ぎだす輩までいたっけか」
それからしばらくあの夏の日の太陽を思い出しながら街行く人に向けて手を振った。ときどき気が向いたときにグール=ヴールも手を振る。面白いことに、レノたちを見かけたほとんどの人たちが応えてくれた。
街の中も半分ほど進んだところで、ハープの音と同じようにどこからともなく声が聞こえてきた。
『お客様にお知らせいたします。まもなく折返しです。このままゆったりと街を回られたい方は中央にある青い石を、街を高台から眺めたい方は中央の赤い石を押してください』
カップの中央に二つの石が浮かんで並ぶ。
「アンタが決めていいぜ」
グール=ヴールに促すとしばらく考えたあと、赤い石を押した。カップは今までのタプタプと揺れる動きを止め、氷の上を滑るように速度を上げた。それから高台へと伸びる水路を登っていく。
階段や坂の多くなった街にはさきほどより人気がなくなった。宿が多いのも要因のひとつだろう。
レノはすかさずグール=ヴールの方へ身を寄せる。せっかく二人きりなのだから恋人という身分をたっぷり堪能しなければならない。
何も言わずに手を重ねると、キョロキョロ街を見ていたグール=ヴールが驚き、同時に触手が何本か跳ねた。手を離して、代わりにその可愛らしい反応をしてみせてくれた触手を撫でてやると、レノ、と声が咎める。
「外だ」
「二人きりだぜ」
「む、だが、誰かが見てるかもしれない」
「かもな。きっと気にもとめない」
「……普段は気になることが気にならなくなる、か」
「そういうこった」
たとえキスをしている二人がいたとしても、そういうもの、だ。いつもより長く見つめ合って。水の跳ねる音も、ハープの音色も置き去りにして。
普段であれば視界の端には木の板しか映らない。もしくは夜空。もしくはシーツ。だが、今日はそこかしこ明るくて、真っ青な世界がくるくると回っている。目を閉じれば潮風ではなく爽やかで甘い香りを運ぶ風が優しく過ぎ去るのを感じる。
またしても咎めるような声で名前を呼ばれ、夢心地でいた気分が引き戻された。
「今度はなんだ、旦那?」
「ずいぶんと高いところまで来たが、大丈夫だろうか」
高台というのだからそりゃ高いだろ、と言いかけて、先程まで後ろを流れていた町並みがないことに気がついた。カップは確かに水路を流れているが、その水路自体は街から浮かび、水のトンネルの中を走っていた。空はトンネルの向こう側にあり、街は水路の下に沈んでいる。
『安全のため、ベルトを装着いたします。揺れが気になる方は座席横の手すりをお使いください』
背もたれから紐が伸びてきて腰のあたりに巻き付く。いつの間にか手すりも太ももの横に生えていた。
「滝の音、だな」
「すまない。もしかしたら選択を間違えたかもしれないな」
「アンタのせいじゃない。それに、ほら、スリルがある方が楽しめるだろ?」
「セレンの話を聞いたあとではスリルの一言で済ませていいものか……」
「どうする? 両手を離していたほうが良さそうか?」
「レノ、それはあぶな……──っ」
わざとらしく両手をあげた瞬間、恋人の声が滝の音に吸い込まれて消えた。
* * *
昼時ということもあり、カフェには人が多かった。グール=ヴールが人目を気にせず入れたのは、カップでのことが衝撃すぎたがゆえだろう。
「グール=ヴールの旦那? 大丈夫か?」
「ああ、……ああ。大丈夫さ。だが、いまだ……夢の中のような、浮かんでいるような……」
「はは、少し腹に何か入れたら落ち着くだろうぜ? しっかし、何があるのかと身構えた割には滝を落ちただけだったな。てっきりセレンの言っていた何回転もしたり急降下したり急上昇したり……なんてのもあるかと思ったんだが」
グール=ヴールが触手をワシャワシャと震わせたのを見て、レノはこっそり笑った。
注文した青いカップが運ばれてくる。賢者の塔の名物、暗く濃いコーヒーだ。ついでに聖王国の名物のギルドサンドと聖印ピッツァが並ぶ。この島はユグドに近いこともあり、他にもデザートにはユグドの名物の名前があった。
場所は大通りに面したテラス席だったため、人通りが多い。水路がよく見え、白いカップが頻繁に通った。ときおり女性やカップルがレノたちに手を振ってきて、あまりにも何度も続くものだから、レノもグール=ヴールも控えめに手や触手を振るようになった。最後には他の観光客もレノたちを注目するようになってしまい、早めに食事を済ませてカフェを出ることにした。
「すっかり人気者だな」
「……やはり私の姿は人目を引いてしまうな。すまない」
「謝ることじゃないぜ、旦那。みんなアンタに好意的なんだ。じゃなきゃ手なんか振らねえよ。もしくは、オレたちの頭の上にまだ鳥が乗ってるか、だ。……おっと、土産屋があるな。見て行こうぜ。年代記の大陸に残ったヤツらに何か手土産があれば喜ぶだろ。カラとガシャとスカレット、あとあの婆さんだろ……あとは……」
「セレンもだ。年代記の大陸に着く頃には遊戯の世界から戻っているはずだろう」
「で、セレンからは遊戯の世界の土産があるわけだな」
青い道に並ぶたくさんの土産屋の中から目についた軒先テントに入る。中まで一面の青、なんてことはなく、白い壁に床、高い天井には様々な黄色のステンドグラスがレノの顔に光を降らす。ずっと青い建物に目が慣れてしまっていたからか、不思議と心が落ち着くのを感じた。
土産を見ながら、青と一口に言ってもこんなに種類があるのか、と感心した。空を透かす雲のような色のキャンディー、夏の浜辺を思い起こさせる海と雲のケーキ、夜空のように暗い青に金箔が散りばめられたチョコレート。ひとつひとつのスイーツに物語があるような奥深さがある。
幸せの青いマカロン、などというものも置いてあった。この島の建物と同じ色を見るに、おそらく島の名物だ。
「なになに……仕事が上手くいく、有名になる、縁結び、夫婦円満、病気を遠ざける、魔物と遭遇しづらくなる、海難事故を防ぐ……なんでもありだな」
マカロンは青だけではない。他にも緑、橙色、桃色、茶色、黒……。上下で色の違うものや、アイシングで飾り付けられたものもある。中のクリームにフルーツがたくさん入ったケーキサイズのマカロンもあった。
グール=ヴールは離れたところで滝のように流れるホワイトチョコレートを眺めていた。さっきの滝よりマシだな、なんて声をかけそうになって流石に思いとどまった。
「旦那はまた神仙の世界に行くんだろ? 新しい都がどうとか」
「いや、人手は十分に足りているから問題が起きない限り呼ばれることはないだろう。なにせ、五十年の間に亡くなった者が一度に蘇ったのだからな」
「何度聞いてもとんでもねえヤツだ、異世界ってのはよ」
レノは遠い世界を見るように少しばかり目を細めて恋人を眺めた。
神仙の世界から帰ってきたグール=ヴールから、それこそ本当に信じがたい話を聞いたものだ。不老不死だの、蘇りだの、まるで本の中の物語だった。そこで活躍した恋人の話に、誇らしいような、けれど寂しいような気持ちを抱いたのは秘密である。
「じゃあ、義勇軍のヤツらには買っていかないのか?」
「ふむ、そうだな……作業する人数もかなり多いことだし、今回はやめておくとするよ。君はどうするんだ?」
「こっちも一人ひとりに考えてたらきりがない人数ではあるな。本部に残ってるヤツらがつまめるものくらいは買ってくか」
謀略の世界では、オシャレにティータイム、というよりは限られた時間内でいかに効率良く飯が食えるかということに重きが置かれている。クッキーくらいであれば悪くはなさそうだ、と一番日持ちのするものを探した。
ふと、青いソースのかかったケーキが目に入る。淡い青紫から、濃い青へ何種類かのグラデーションが見事だ。赤いベリーソースがアクセントになっており、ゼリーでコーティングされたブルーベリーがテカテカとこちらを見上げていた。
「誰だっけかな……あー、そうか」
「どうした、レノ?」
「このケーキ見てたらリヴェラの妹を思い出してな」
「フィーナか」
「ああ。せっかくだしリヴェラに買っていくか。ほら、この前のクッキーのお返しがまだだったからな」
愛の聖人の日にリヴェラが作ったぼこぼことしたマフィンを思い出す。レノはその返しとして飯を奢る、という形ですぐに済ませたのだが、そのひと月後、今度は白き愛の日というものでもう一度リヴェラがお菓子作りに挑んだのだ。愛の聖人の日で船の食堂を悲惨な目に合わせたのを気にしてか、白き愛の日ではずいぶんと慎重になった。ガラクスィアスとシーターが十分にサポートしたのが功を奏し、船はどこも壊されず、出来上がったクッキーもなかなかのものだった。
だが、レノはそのクッキーのお返しをまだしていなかった。マフィンのお返しに現れた義勇軍の隊長と共にそのまま謀略の世界へ行くことになり、その機会が失われてしまっていたのだ。
ケーキを買う算段をしながら、次に目についたものにまた違う人物の顔が浮かぶ。
「シーターにはこのクッキーなんてどうだ? ガラクスィアスにはこの白い砂浜濃厚チーズケーキがよさそうだな。……あとイシュチェルとシェキナと、プリェストの嬢ちゃん……ミンミ、レンレ、フィシ……男共は面倒だ、まとめて酒でいいだろ」
レノはお菓子の山で視線を泳がせた。ぱっと見ただけの印象が仲間の顔となり、彼らの名前が口をついて出ていく。みなこのリゾート地に来ているとはいえ、渡せば喜んで受け取ってくれることだろう。
女性陣のを選び終えると、グール=ヴールが隣に並んだ。その肩がかすかに震えていることに気がつく。
「何かおかしかったか?」
「ふふ、君は仲間のことをよく見ているな、と思ってね。仲間思いと言った方がいいかな。一人ひとりを気にかけるのはそう簡単にできることではない」
「これは……アンタのが感染ったんだよ、旦那」
もともと、みやげを仲間たちに渡そうという考えはグール=ヴールから学んだことだ。いつもならグール=ヴールから仲間にどうだろう、と提案してくるものだ。レノはたいていアドバイスをするだけだった。今日はたまたま、グール=ヴールが言うより先に選んでしまったに過ぎない。
「……そういうアンタこそ、そうやって面と向かって褒められるところが“ステキね”、だぜ」
いつかリヴェラがグール=ヴールに口にした言葉を引用する。この言葉は当時しばらく二人の間で流行ったもので、数年経った今でもときおり口にすることもあるほど互いに気に入っていた。
グール=ヴールは口周りの触手を得意げに上げてみせた。
「それこそ君譲りだがね」
「そうか?」
「気がついてなかったのか?」
「まったく。オレはアンタのことを褒めてるか?」
「ああ。……はは、私は君のそんなところが好きなんだ」
突然の不意打ちにレノは今日一の熱を顔に溜め込んだ。自分から好きだ、と伝えるときはあまり照れないのだが、なぜかグール=ヴールの口から響いてくる告白はレノの心臓をくすぐる。もはや、口の中で「ありがとよ」とぶっきらぼうに返すほかない。
「……そうやっていつもオレの好きなところを口にするのはいったいだれ譲りなんだ?」
「む? 私がいつもそのようなことを? たしかに君の好きなところはゴマンとあるのだが……」
レノはぐっ、と口をキツく結んだ。そうしなければ感情がこぼれ落ちてしまいそうだった。それから深呼吸。ため息。
「……──旦那。さっさと済ませて宿にでも行こうぜ。このあとの予定なんてどうでもよくなっちまった。土産はフロントに預けりゃいい。たしか届けてくれるサービスがあったはずだ。な? どうだ? まだ昼だから、なんて言わせないぜ?」
店員から怪しまれないように絶妙な距離でグール=ヴールのグローブに指を滑らせる。意図を理解してグール=ヴールが照れを見せたのが、レノをさらにたまらない気持ちにさせた。
カゴに目一杯菓子を詰め込んで、会計を済ませて二人して足早に店を出る。たくさんの土産の中に紛れて、こっそり買った青い幸せのマカロンが覗いている。高台の方からクライドの叫び声が聞こえたような気がしたが、普段ならば話題にするというのにそれすらも忘れて、周りの観光客がいまだに手を振ってくるのをあしらいながら宿へととにかく歩いた。
淡い水色のシーツの上で、二人とも同じマカロンを取り出し、笑い合うことになるなんて思いもよらずに。
* * *
「レノさーん! よかった、会えた!」
任務を終えてユグド保安社本部の扉を開けた瞬間、アリーチェとデルフィーナが一斉にこちらを向いた。手には見覚えのある大きく青い紙袋があり、そういえばあのリゾート地はそもそも彼女たちから聞いたのだったと思い出す。
「あたしたちも青の都に行ってきたんですっ。これ、お土産です!」
「ちょうど小腹が空いてたところだ。助かるぜ」
小さな袋にはレノが以前青の都で買ったものとは違う種類のクッキーが入っていた。報告書のあとにでもコーヒーを淹れて楽しむとしよう。
「ありがとな」と返せば、アリーチェは意味ありげに笑った。
「ふふふ、実はクッキーだけじゃないんですよ! じゃーん! これ、見てくださいっ」
アリーチェが取り出して見せたのは手のひらサイズの黒い人形だった。いや、よく見れば黒色というより、深い青緑だ。頭部からは髪の毛ではなく何本も紐が伸びている。
全体的に青みがかかっているとはいえ、その姿に思い当たる人物がいた。
「こりゃ、なんだ?」
「深海のクラーケンさんです。最初見たときビックリしました! だって、グール=ヴールさんにソックリなんですもん」
「あと青銀のクリオーネもありますよ〜。並べると、レノさんとグール=ヴールさんみたいだねって、アーちゃんと話してたんです〜」
ねー!と二人は笑いあった。無理やり手の上に乗せられた二つの人形はたしかに、言われたとおりに見えてしまう。
「オレが行ったときはなかったが……」
「あたしたちが行ったときにちょうどリゾート地のオリジナルキャラクターが発表されたんですっ」
「行く前から噂はあったんです〜。黒いクラーケンと銀のクリオーネを見かけると幸せになれるって」
青の都に行った日、やたらと注目を集めていた自覚はある。たしか最初に手を振ってみせたのはレノたちだ。それがリゾート地のパフォーマンスだと思われたのかもしれない、なんて思うとおかしくてたまらなかった。
「……グール=ヴールの旦那に見せないとな」
「はい! ぜひっ」
レノはふたたび二人にお礼を言って見送ると、自分のデスクへと向かう。もちろん二つの人形を一緒に持ったまま。
「今すぐ帰りたいって顔ね」
遠目に様子を見ていたファラが書類から目を離さずに呟いた。
「いまさらだな」
「そうね。今更だったわ」
「コーヒー飲むか?」
「ええ、お願い」
デスクに深海のクラーケンと青銀のクリオーネを並べ、コーヒーの準備をする。どこか遠くで鳴るあのハープの音に合わせて鼻歌を歌いながら、お湯をくるりと注いだ。
了