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    pekoucha

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    グルレノ

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    pekoucha

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    【3月お題】お互いを見つめる
    ※付き合ってないけど絶対この二人は将来的に付き合います。
    ※『惨禍の勝利者レノ』のキャラクエを読んだことがある方向け。ネタバレあり。
    ※ぐるれのだよ。ぐるれのだとおもう。いや、これはかんぜんにぐるれの。っていうくらいのグルレノです。

    #グルレノイヤー
    #グルレノ
    guleno.

    神を捨てた日 開かずのガンホルダーに眠るものを、グール=ヴールは一度だけ見たことがあった。
     仲間もまだ少なく、グール=ヴールが今よりずっと人目を避け、誰かの側に寄ることすら嫌っていた昔の話だ。戦いの最中、レノが吹き飛ばされた拍子に反動でガンホルダーの金具が壊れてしまい、中のものを吐き出したのだ。
     黄金の銃だった。なんとも歪な形をしていた。もともと大きさがあっていなかったのか、ガンホルダーからはグリップすらでない小ささだった。レノがそれを拾い上げたときの表情からは、いつも以上に感情が読み取れなかった。
     結局、その正体がわかるまで、口にすることすら憚れるような見えない壁に阻まれ続けた。ガンホルダーがいつも、グール=ヴールを拒んでいるように思えた。



     黒の根源を倒したあと、あるだけの酒樽が開けられ、義勇軍の者たちと宴が行われた。リヴェラに同行したグール=ヴールも例外ではなく、物資少なしといえど、部屋の隅に落ちていた芋すらも掻き集めてのドンチャン騒ぎとなった。

    「レノが、なんだって?」

     夜も深まり、人が床に転がり始めたのを横目にグール=ヴールは驚きを隠せずに聞き返した。
     まるで初めて酒を摂取したときのように、ぐるりと目玉が回った。ガツンという衝撃ではなく、ジワジワと内側から世界を回されている感覚。喉の奥が、焼ける。しかし、眼の前に転がる酒のせいではないということだけははっきりしていた。

    「ああ、そういやグール=ヴールはいなかったな。ほら、年代記の大陸に着く前、グール=ヴールが流されたことがあったろ? 合流するまでの間にガラクスィアスとレノが賭けすることになって」
    「それで」
    「ほら、なんだっけ、ユグドのギャンブラーの……メフラムだ。アイツもいたらしい。女たらしって聞いてた割にはいい奴だったよ。物腰のやわらかーい話し方でよ、オレ様のグラスが空いたら自然に注いでくれたんだぜ。しかも……あれ、なんの話だっけか。あー、そうだ、レノがガラクスィアスに負けたときの話だよな。オレ様も聞きかじった話なんだけど──」

     クライドが酔っ払っているからだとか、話が飛び飛びになっているからだとか関係なく、グール=ヴールは話についていけてないことに気がついた。ただ頭の中ではクライドの言葉がくるくると回っていた──レノがガラクスィアスに負けた、レノが負けた。
     事実として、レノは無敗のギャンブラーではない、らしい。それこそリヴェラと旅を共にすることになったのも彼女に賭けで負けたらかだという。しかし、グール=ヴールはその姿を、つまり、レノが誰かに賭け事で負ける姿を、見たことがなかった。知らなかった。彼が誰かに負け、膝を折ることがあるなんて。一体どのような表情で負けを認めるのだろう。知らない。わからない。想像したことすらなかったのだ。
     一度ならず、二度までも。
     クライドの口から話されるレノと、グール=ヴールの知っているレノは同一人物とは思えなかった。クライドもピリカから聞いた、と言っていたから、多少事実とは異なるかもしれない。もしかしたら実際にあったことではないのかもしれない。
     酒が入って浮かれた仲間たちの中にレノを見つける。向こうもなぜか気がついたらしく、視線が交わる。
     長い旅の中でグール=ヴールはレノのことを知り尽くしていると思っていた。だが、今夜だけは、長髪の奥に隠された瞳がまるで別人のように感じられた。
     それからというもの、グール=ヴールはこの夜見たレノの瞳を忘れるよう努めた。するとどうだろう。酒が見せた幻覚だったのかと錯覚するほど思考は霧散し、時は驚くほど簡単に流れてしまった。年代記の大陸を新たに旅立ち、時には神器の一族とやり合いながら、世界の『歪み』を正す旅。気がつけば黒の根源を倒して宴をした夜からゆうに数ヶ月が経っていた。
     それを思い出したのは、レノと二人きりでコーヒーを飲んだある日の午後だった。
     一度に沸かすお湯を節約するため、仲間にコーヒーを飲むか聞いて周ったあとレノに尋ねると、彼は「飛び切り濃いやつを頼む」と言った。そして「手間ならいつも通りでいい」とも。たっぷり時間をかけて濃いコーヒーを部屋に持っていくと、レノは壁にかけられた開かずのガンホルダーのついたベルトをぼんやり眺めていた。グール=ヴールが声を掛けるまで、心此処にあらず、といった様子だった。
     振り返ったレノに、あの宴の夜の瞳が重なって見えた。ギャンブルをしているときの目でも、スリルのある闘いをしているときの眼でもない。まるで、何かと決別しようとしているかのような、けれど、覚悟が揺らいでいるような、そんな瞳。何かを決めきれずにいるというレノはやはりグール=ヴールにとって馴染みのない姿であり、聞かずにはいられなかった。

    「……レノ、どうかしたのか」
    「お、いい香りだな。香りだけで目が覚めるぜ。……いや、ちょっと寝るか迷ってたんだ。見張りの交代まで時間はあるが、心ゆくまで寝られるわけじゃない」
    「もし疲れているなら少しでも寝ておいたほうがいいと思うがね。必要ないのであればこのコーヒーは、そうだ、ガラクスィアスが眠そうにしていたから渡してこよう」

     ガラクスィアスにはすでに断られたのだが、なんでもない風を装ってカップへ手を伸ばす。レノの前で嘘をつくのは少し勇気が必要だった。
     指が届く前にレノのグローブがカップをさらった。

    「何言ってんだ。アンタがオレのために淹れてくれたモンを無駄にするかよ」

     グール=ヴールの気持ちを知ってか知らずか、慌ててカップに口をつける。

    「オレはアンタの作ったコーヒーが一番好きなんだ」
    「コーヒーなど……何度でも淹れよう。君が必要としてくれるなら」
    「はは、ありがとよ、グール=ヴールの旦那」

     ぎこちない会話だと思った。そうでないとも思った。レノの様子がいつもと違うのは明らかなのに、もしかしたらいつも通りかもしれない、と考える自分もいる。心が落ち着かない。上と下があべこべだ。鏡の中の己の姿が自分と違う動きをしたのを見てしまったような気分だった。なぜそう思うのかすら、わからなかった。
     どう言葉にしてよいかわからず、グール=ヴールは壁にある開かずのガンホルダーを見つめた。きっとそこに答えがあるのだろう。あの中に未だ眠っているあの小型の銃が、レノを、そしてグール=ヴールでさえおかしな気持ちにさせているとしか考えられなかった。
     グール=ヴールは、今度は紫色の深い深い瞳を見つめた。彼の心の底まで暴いてしまえればいいと思いながら。けれど、心の底どころか、いつもは優しく柔らかい瞳になるそれが今は何の色も返してくれなかった。
     不自然にならないよう視線を落とし、カップに口をつけた。濃く抽出された液体が落ち着きを取り戻してくれる。

    「少し濃すぎたかな」
    「いや、このくらいがいい」

     ひとつだけ、思い当たる節がないわけではなかった。レノとの間にある一線──レノの賭け事の方針に口を出すこと、彼の賭博師としての在り方に干渉しないという一線。これはグール=ヴールが勝手に決めた線だった。レノのほうもわざわざその線を踏み越えて助言を求めてきたことはなかった。グール=ヴールはレノと出会ってから今まで、そのことに関してだけは何も意見せずにここまで旅をしてきた。
     あの開かずのガンホルダーは、おそらく、線を越えたところにあるのだろう。
     気持ちが酷く沈んでは浮上するのを繰り返す。そんな気持ちとは別にレノとの会話はいつものようにゆったりと、穏やかなものだった。

    「次の島に着くのは明後日か。今回は随分と長い海路だったな」

     カップをカラにしたレノが欠伸をしながら言った。コーヒーを口にしても眠気は取れていないようだった。

    「新しく豆を仕入れられるといいのだが。それより君は賭場の有無のほうが気になるかな」
    「まあ、な。だがオレもコーヒーが飲めなくなるのは困るぜ? それと同じくらい酒も仕入れたいところなんだが……ガラクスィアスお嬢さんのお許しが出るのを祈るしかなさそうだな」
    「ふふ、助太刀しよう」
    「お、そりゃ百人力だぜ」

     グール=ヴールができることといえば、なんでもないコーヒーを一杯淹れ、なんでもない会話を返すことだけだ。たとえレノの瞳に映る己の姿がひどく場違いだと思ったとしても、それだけは。

    * * *

     穏やかな時間は永遠に続くわけではない。むしろその穏やかで、平凡で、刺激のない時間こそが彼を追いやったのかもしれない。
     島に着いてすぐ、レノは船から降りた。彼自身が「降りる」と言ったのだと聞かされたのは、レノが完全に街へと消えたあとだった。
     グール=ヴールは街中を探し回った。人気の多い酒場も、賭場も、レノの行きそうな場所へ足を運んだ。街の人間たちの奇異な視線など気にならなかった。己が誰かを不快な気持ちにしているかもしれない、などと考える余裕がなかった。胸の中を支配している感情が何であるのかわからないまま、グール=ヴールは見慣れた銀髪を探し歩いた。
     レノが隣にいない旅など、想像できるだろうか。もしかしたらこのまま船へ戻れば、部屋でくつろぐ彼がいるかもしれない。明日の朝になれば、カジノで一晩中稼いでいた相棒が濃いコーヒーを淹れてくれ、と寝起きのグール=ヴールに言うかもしれない。そんなありえないとわかっているはずの空想に浸ってしまいたかった。
     あのコーヒーを飲んだ昼下がりに、一線を越えてガンホルダーについて聞く勇気があったら、今とは違っていたのだろうか。
     厚い雲が覆い、陽が陰る。グール=ヴールの影が飲み込まる。そのまま黒に染まってしまいそうになったとき、雲間から一筋の光が、グール=ヴールの足元を照らしだした。
     思い出す。あのときも、そうだ。
    『いくらでも迷惑なんてかければいい。 どんな問題が起きても、オレの運で切り抜けるさ』
     黒の根源を倒し、新たなる旅立ちを前にレノがかけてくれた言葉だった。今なお、グール=ヴールの胸の内で輝きを失っていなかった。この言葉に命を託したつもりだった。託した相手がいなくなったとしても変わらずそこにある。
     ふと必死に動かしていた足が止まる。視界が晴れていくようだった。
     レノと何年旅をしてきただろう。そしてその間、彼がグール=ヴールに嘘を吐いたことがあっただろうか。無責任に約束を交わしたことがあっただろうか。──何も言わずに立ち去るだろうか。
     島の上に暗雲が立ち込めてきた頃には普段の冷静さを取り戻していた。先程まで世界に見捨てられたとすら考えた時間もあったというのに、今はレノという男の残した言葉がグール=ヴールを支えてくれていた。たとえ、本当に彼が船から降りるつもりでいたとしても、今までのすべてが嘘になるわけじゃない。
     頬を掠める潮風が禍々しいものに変わったと気がついたのは街をあらかた探し終えたあとだった。

    「お、グール=ヴール! その様子だとレノはまだみたいだな!」

     船に残っていたはずのカラ、ガシャ、スカレットの三人がカタカタと骨を鳴らしながら駆け寄ってきた。

    「リヴェラたちを探してるんだ。まだ遠いんだけどよ、魔物の群れがこの島に向かってるらしい。リヴェラたちにも知らせて街と船の防衛をしなくちゃな」
    「風も強いし雨も降り始めた。あの辺りの空なんて雷がたむろしてるぜ」
    「うわ、落ちた!」

     雷がかなり近くに落ちた音が響いた。先程まで澄み渡る青を携えていた空は、いまや黒いインキで染め上げられてしまっている。

    「これは……『惨禍乃賽子』の厄災、か……?」
    「それならあっちにレノがいそうだな。リヴェラたちもきっと来るだろうぜ。──でもよ。こんなシッチャカメッチャカな天気に魔物の大群だろ? 初めてだ。もしこれが『惨禍乃賽子』の仕業ならレノの奴とうとう『一』でもだしたのか?」

     どきりとした。そしていつかクライドから聞いた言葉が頭の中で木霊し始める。──レノが負けた。レノが負けた。レノが、負ける。心がまた、悲鳴を上げ始める。
     スカレットたちとともに厄災を追い、開けた浜へと出た。息が詰まるほどのマナが周囲を覆う。レノがいた。リヴェラとガラクスィアスと共に。
     なにをしているかなんて一目でわかった。『惨禍乃賽子』が交互に投げられ、レノとリヴェラの間で踊っていた。
     しばしの間、呆然とその光景を眺めていた。神々の闘いのようだ。天はひっくり返り、海は荒れ果て、地面は大きく脈動した。派手な剣技や魔法の光もない。だが、見えないなにかをぶつけ合っている。神話とはこうしてできたのではないかと錯覚させる光景だった。リヴェラとレノの周りにはマナ気流が発生し、二人の隙間を縫うようにして雷が降り注ぐ。かろうじてすべての厄災が二人を避けているが、どちらかを呑み込まんと今か今かと待っている。
     『一』を出したのではないとわかり、少々安堵する。しかしこのままでは遅かれ早かれ同じことだ。止めなければならない。

    「そうか、町に魔物の群れが……」
    「ああ、イシュチェルが気付いて知らせてきたんだ。まだ沖合にいるが上陸するのも時間の問題だと。今、クライドと一緒に町の人を避難させてる」
    「しかも、この間のデカいイカまでいるらしいぞ!」

     カラとガシャが厄災に伴って発生した魔物の群れの詳細を話す。しかしそれでもリヴェラもレノも闘いをやめる様子がない。

    「……二人共、今の話を聞いていただろう。ひとまず矛を収めてはくれないか」
    「……いくら旦那の頼みでも そいつはできねえ相談だ」

     レノがこちらを見ずに言った。

    「君の勝負へのこだわりは少なからず理解しているつもりだ。だが──」

     理解なんてできているというのか? 彼が負けたことがあるという事実でさえ受け入れ難いというのに? 心に巣食うもうひとりの自分が、思考をわざわざ黒く塗りつぶす。
     グール=ヴールはそれでも、言葉を続けた。

    「今は……その力を魔物へと向けるべきなのではないか」

     レノの口角がわずかに上がったように見えた。しかし、強風に瞬きをしたあとにはもう、元の『賭博師』の顔へと戻っていた。紫色の瞳は炎を内に秘めたま、グール=ヴールを突き刺した。負けじと見つめ返す。

    「──できないんだよ、本当に」
    「ガラクスィアス?」
    「発動している神器を無理に静止したり、 対象を変えるなんてことをすれば……。最悪の場合……暴走してなにが起きるかわからない」

     引いた線を半歩だけ超えてみたつもりだったが、そんな勇気も虚しく散った。もはや止めようがないほどの厄災が引き寄せられており、ますます激しく海岸を襲う。リヴェラやレノの声どころか、近くにいるガラクスィアスの声でさえ拾うのが難しいほどだ。
     グール=ヴールはスカレットたちと賽の目を追うことしかできなかった。『一』を出してはならない。だが、決着が着かなければ、いや、決着がついたとしても何かしらの奇跡が起きなければこの島が助かる術はないだろう。同時に、グール=ヴールたちができることもないのだ。
     『惨禍乃賽子』の厄災を受けることになるのはリヴェラか、レノか。もうすべてが限界だと世界が揺れ始めたとき、レノが『惨禍乃賽子』を空へと高く投げた。その場にいた全員が時が止まったかのように呆然と青紫の光を眺めていた。そして、一瞬の隙を見てレノがリヴェラを突き飛ばした。二人を取り巻いていたマナからリヴェラが吹き飛ばされ、グール=ヴールたちのもとへとゴロゴロと転がってきた。

    「賭けの対象を、変えたんだ……! リヴェラから、魔物に……! でも大きくなりすぎた! 全部が魔物に向くわけじゃない! レノが……っ!」

     かろうじてガラクスィアスの悲痛な叫びが聞こえてきた。スカレットたちとともにリヴェラに駆け寄る。直後、空間が割れ、近くを滞留していた禍々しいマナがレノと魔物の群れへと集中した。二人が溜め込んだありったけの厄災が、レノの周囲を襲った。
     レノを助けようと踏み出すが、マナの壁がそれを遮る。突き刺すような雨と強風がグール=ヴールたちを押し返す。

    「レノっ!」

     リヴェラが叫ぶ。彼女の足がグール=ヴールよりも前に踏み出した。マナがリヴェラを受け入れているようだった。
     もはや縋るような想いでグール=ヴールも声を上げるしかなかった。

    「まずいぞ、リヴェラ! まだ災厄は終わっていない!」

     今度は海が唸った。島をも流してしまいそうなほどの巨大な津波だ。

    「──みんな早く! 少しでも安全な場所に!」

     前に進むことすらできないとわかり、避難する選択しか残されていなかった。ガラクスィアスの声に従わなければとわかっていても、グール=ヴールは厄災の降り注ぐレノの背を見つめ続けた。
     その視線が一筋の光るものに遮られる。リヴェラが、刀を抜いていた。

    「あたしは──……あたしは、残るわ」

     リヴェラは駆け出していく。やはりマナはリヴェラを嫌わなかった。対象を魔物へと変えたとはいえ、リヴェラはレノと対峙していた人間、『惨禍乃賽子』を振った人間だ。厄災が両手を広げて彼女を迎え入れた。
     くすんだピンク色を帯びた青紫が一陣の風となって嵐の中を切り裂いて進んでいく。そして、線を、越えた。グール=ヴールの引いた線を軽々と飛び越えていった。そんな線などなかったのだと思えるほど簡単に。見ていただけのグール=ヴールでさえ越えられると思えるほど軽やかに。
     グール=ヴールは傍観者であり続けてきた。世界に役割があるのだから、あの線を越えていくのは己ではない。そう思っていた。いつも世界を変えるのは、変えてくれるのは、リヴェラだ。
     二人の影が光になって大津波とぶつかり合った。そして、辺り一帯が光に包まれる。グール=ヴールは最後まで、二人から目を離さなかった。

    * * *

     辛うじて動けるレノをリヴェラが肩を貸して引きずってきた。ありとあらゆる厄災に巻き込まれた二人は体だけでなく、服や髪もボロボロで、なぜか、少しだけ笑っていた。

    「すぐに傷をなんとかしなきゃな。シーターかギュネスを呼んでくるぜ!」
    「まだ魔物もいるみたいだし、イシュチェルたちに街を回ってもらわないと」
    「オレたちが街に行ったら討伐されちまう! そうしたら骨折り損のくたびれ儲け、ってな。骨だけに!」

     カラ、ガシャ、スカレットが賑やかに船の方へと走り去っていく。
     ガラクスィアスがレノから『惨禍乃賽子』を取り上げた。どうやら封印を施すようだ。

    「グール=ヴール、二人を頼めるかな。私は船へ戻ってみんなに指示を出してくるよ。街の方も被害がないか──」
    「あたしも行くわ。……なによ、その顔。あたしなら大丈夫よ。レノのお陰で雷に打たれ損なったし」
    「まったく、君のタフさには脱帽するよ」

     リヴェラとガラクスィアスを見て互いに頷き合う。ここは任せてくれ、ときちんと口にすれば二人は足早に去っていった。
     遠くでカモメが鳴いた。波はすっかり落ち着いて、陽が燦々と照り付ける。
     先に沈黙を破ったのはレノだった。座り込んだまま、グール=ヴールを見上げて戸惑いがちに口を開く。

    「あー、なんだ、二人と行かないのか? オレならもう……」
    「私も付き合うさ。あのとき君もそうしてくれた」
    「ははっ、……そう、か」

     レノが少し驚いた様子で笑った。それからすぐにドサリと後ろへ倒れ込む。その頬に白い砂が付く。グール=ヴールもその隣に座った。
     雨風でよれよれになった服を整える。あれだけ禍々しいマナに当てられたというのになぜか心は軽やかであった。砂浜に仰向けになったレノがもう一度笑った。グール=ヴールもつられて笑った。

    「不思議な気分だ。前より君が、ずっと近くに感じる」
    「実際に近くにいるぜ。ほら、手を伸ばしゃ触れる」

     レノの指がこちらへ伸びてきて、砂浜についたグール=ヴールの小指へ触れた。互いにグローブ越しだというのに変にこそばゆい。

    「もう、こんな風に話ができなくなると思ったよ」
    「……旦那、怒ってるか?」
    「怒ってなどいないさ。ただ、君がいない旅を想像できなくてね。私が私自身を認識した日からずっと君は側にいたんだ。想像できるほうがおかしいかもしれないな。私にとって君はただの仲間ではない。君は──……む、あれは……」
    「グール=ヴールの旦那?」

     波打ち際に何かが打ち上げられている。レノの問いかけに軽く返事をしながらその何かに近づく。

    「……ガンホルダーだ。レノ、君のだ」

     あの開かずのガンホルダー。中身は小型の銃だった。その銃は見当たらない。

    「それか。もう使いモンになんねえだろ。どこかで服もろとも新調しなくちゃな」

     中身がないから当たり前だが、とても軽かった。レノの言う通り、金具が壊れ、革は切り裂かれ、使い物にはならない。
     グール=ヴールはずっとこのガンホルダーを恐れてきた。レノとの線引を濃くしているのはこれだと思いこんできた。レノの瞳が別人に見えたのは、この開かなかったガンホルダーがゆえだと。だが、どうだ。もう、何を恐れていたのかすら忘れてしまった。
     レノを振り返る。グール=ヴールの動きに合わせたのか、上体を起こしてこちらを見ている。どうにも読み取りにくい表情だ。いつも通り。

    「これだけのことをやっちまったら酒はお預けだな。ガラクスィアスの顔色を伺うまでもねえ」
    「コーヒー豆なら問題ないだろう。私が準備するとするよ、飛び切り濃いコーヒーだろう?」
    「……ああ。たまにはオレもやらなきゃな。いつも、アンタには任せっきりだ」 
    「私が、したいんだ。仕事を奪わないでくれ」

     この男を、ずっと前から知っていると思った。賭博師だということも、男だということも、レノという名前だということも。飛び切り濃いコーヒーが好きだということも、仲間を大切に思っているということも。人生で二度、負けたことがあるということも。
     そうだ、グール=ヴールはずっとレノを知っていた。だがなぜか彼をとても特別な存在だと決めつけていて、彼の思い通りにいかない世界などありえないと本気で信じてきた。レノは己に都合のいい存在ではない。ただ、グール=ヴール自身が彼を彼として見ていなかっただけだった。
     レノの頬にはまだ白い砂が付いていた。グール=ヴールはレノの前に膝を付き、手を伸ばしてそれを拭ってやる。

    「私は……君の頬には砂がつかないと思っていたようだ」
    「は、なんだそりゃ」
    「雷は君を避け、風が君を守る。それと海は──」
    「割れて道でも作るってか? ククク、ははっ、旦那の中のオレは一体どんな存在なんだ? 神か?」
    「いや」

     海が強く風を吹いてよこした。無意識に飛ばされないよう触手が帽子を掴む。

    「君は、ただの人間だった」

     顔に影を落としていた銀色の髪が風にすっかり持ち上げられ、透き通った瞳が露わになった。きちんと正面から、彼のすべてと向き合えた初めての瞬間だと感じた。

    「……失望したか?」
    「まさか。安心したよ」

     グール=ヴールが異形であろうと受け入れてくれたレノを、今度はグール=ヴールが受け入れる番だった。
     手の中のガンホルダーへもう一度視線を落とす。古ぼけて、ボロボロで、そしてなぜかひどく愛おしい気持ちにさせた。


    おわり
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    toricuckoo

    DONE #グルレノイヤー
    【3月】寝起き・朝の支度/お互いを見つめる

    たぶん軽い感じで読めるグル+レノ
    Lレノは髪もっさもさだなと常々思っているのでもっさもさなレノが書きたくて書きました
    レノは旦那のためにも髪をもっと伸ばすといい。そしてユグドの中に占めるレノの体積を増やすといい。

    【グルレノイヤー】についてはこちら→https://www.pixiv.net/artworks/116553119
    オレにこだわりは無えんだが「よお、今帰ったぜ」
    「お疲れ様だったね、レノ。謀略の世界はどうだった?」
    「スーツに眼鏡か。なかなか洒落た格好だな!」
    久々に帰還した義勇軍本部。仲間たちがわいわいと集まる中、レノは少し離れたところから呆然と自分を見つめるグール=ヴールと目が合った。
    ――あ、やべえ、旦那が固まってんな。
    その姿を見て、レノはようやく「あの時」のことを思い出した。

    ***

    「――レノ、そろそろ起きた方がいいのではないか? 既に日は昇ったようだが」
    「……ん、もうそんな時間か」
    「今日は君が朝食の当番だと聞いている」
    「ああ、もうじき起きるさ。……心配すんなよ、『旦那』」

    レノがそう呼ぶ度、グール=ヴールは少しむず痒いような気持ちになる。こんな風に呼ばれるようになった切っ掛けはほんの数日前、レノにはじめてカードゲームとやらを教えられた時だったか。たどたどしくカードを切った自分に呆れるかと思いきや、勝負を終えたレノはそれは穏やかな表情で、親しみと敬愛に満ちた眼差しを向けて自分を『旦那』と呼んだのだ。「初めてにしちゃ上出来だ。筋も悪くねえ」という褒め言葉とともに。
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