ある夜の話不快なほどの心臓の鼓動が耳を刺激する。
それが僕のものだと理解した時、自分で自分に呆れてしまった。
ベッドに押し倒したダニエル・ロウ警部補の表情が、いつもとまったく変わっていない事が、何故だか無性に腹が立つ。
それより何より、警部補がこうしてあっさりと押し倒されたという事実に驚いている。
今日、僕は初めて警部補と「仕事上の交渉相手」ではなく「プライベートの友人」として会い、警部補がよく行くというバーで一緒に飲んだ。
カウンター席に案内されて、警部補が僕の横にいるという緊張感からつい飲み過ぎてしまい、そのせいでバーのトイレに籠城する事態になってしまった。
落ち着いたので出てきたら、トイレ前で警部補が僕のコートを片手に待っていて、
「顔色が良くない。俺のアパートが近いから休んでいけ」
と言ってくれたのだ。
下心とかそういうのは無しに、純粋に僕の体調を心配して部屋に連れて来てくれたのだと思う。
ペットボトルのお茶を飲ませてもらい、部屋にひとつしかないベッドに転がされてふと目を開くと、そこにはトレンチコートとスーツを脱ぎ捨てネクタイを緩め、シャツのボタンを外している警部補の姿があった。
無防備で且つ大人の男性の色気を全身から漂わせているその姿に理性を失い、情欲に流されるままにベッドに押し倒して現在に至る。
しばらく時間が経ってから、とんでもない事をしているという自覚が少しずつだが芽生え始めた。
マーカス・ロウ警部や忠実な部下の皆さんに知られたら、僕は間違いなく彼らにぶっ飛ばされる。
「スターフェイズ。これはどういう事だ?」
そんな事を訊かれても困る。
どういう事なのか、僕自身もまったく分かっていないのだから。
分かっているのは、警部補はこういう事はおそらく初めてではないという事だ。
「お前、ふざけてるのか?俺達はまだ、こんな事するような仲じゃないだろう」
「ええ。だけどお互いに気持ちはあるはずです。ロウ警部補は僕が好きですよね?」
「は?何だ、その自信は」
「ロウ警部補の『まだこんな事するような仲じゃない』という言葉で分かりました」
しまった、というように顔を歪ませる警部補が可愛くて、思わずキスをしてしまった。
すみません、ここまでです。