テデの夏休み・1日目6月の時点で既に怪しい動きをしていた気温は7月に入って軽く30度を超え、少しでも涼もうと風を扇いでも生温い空気をかき混ぜて逆に暑さを感じさせるだけで、厳しい太陽の熱に耐えたところでただ気力と体力を無駄に消耗させた。
7月後半に差し掛かれば猛暑と呼ばれる気温に達する日が連日続き、遂に8月に入った本日、ぐったりと自室のテーブルに突っ伏したディオンは、じわじわと肌に滲み出る汗の不快感にうがあ、と何度目かもわからない咆哮を上げた。
「暑い!!」
「わかります。しかしそう何度も吠えないでください」
「口調!!」
「ごめん」
苛立ちに任せて噛みつくディオンに対して、同じく暑さに参りかけていたテランスも彼の火を点けないようにと従順に言葉遣いを戻す。
こんなに暑いとなると、誰もがクリスタルやベアラーを酷使し、石化して棄てられる彼等が山積みになっていくのを直視せざるを得なくなる。魔法を使って涼むのは容易であるし、その手軽さと快適さは魅力的で手を伸ばしたくなるのもわかる。だが、その裏に積み重なる遺体──ザンブレクの民で使い棄てられたベアラーをそう呼ぶ者は少数派である──があると思えば、ディオンの身体を慮り、そう軽々しく使いたくないと思うのも本音である。
どうすれば涼を感じることができるのか。頭を捻っても茹だる暑さに思考が上手く纏まらない。
以前、流れる水を見て鈴の音を聴けば涼しい気持ちになると聞いた。我が国は水の豊かな国なのだし、これはいけると思い勿論すぐに実践した事もあった。ほぼお湯だった。
「うがあ」
人間体なのに顕現時のように吠えたのは仕方ないことだと、テランスもディオンの心境を察して頷いたのは記憶に新しい。
「……そうだ、ここが駄目なら他に行けばいい」
「はい?」
不穏な事を呟いて、ディオンが突っ伏していた身体を起こしてテランスを見る。暑さに滲んだ汗がディオンの火照った肌を濡らして妙に艶かしい──と真っ先に浮かんだ邪な感情は一先ず置いといて、テランスはディオンを見つめ返した。赤く上気した頬に、爛々と輝く目。あ、これはもう止められないやつだ。
幸か不幸か、まぁディオンを想う気持ちにしてみたら幸にしかならないのだが、その目を見るだけで何をしでかすか解かるくらいには、ディオンと過ごした期間は長く深いものであるのだった。
二人だけの逃避行と言えば多少の背徳感と禁断の行為だのロマンチシズムな娯楽小説感が出るが、実際には暑さに負けた竜騎士が書類と焦熱地獄から逃げて大空を翔け、風を切ってひたすらに涼を求めるという情緒の欠片もないものだった。
国境を越えないように気を配りながら訓練という名目で自由に飛び回るバハムートに跨り、時折羽ばたいた勢いで巻き上げられた水飛沫を全身に浴びながら、テランスは身体が苦しくないかとディオンの身を案じた。
「水浴びが楽しい」
楽しいなら良かった。長い尻尾で海面をバシャァァンと叩き、撒き散らした水飛沫を巨大な翼で更に舞い上げて雨のように真上から海水を被るバハムートに愛おしさを覚えながら、本当になんで着替えを隠して持ち込まなかったのかと、テランスはぼたぼたと頭からずぶ濡れになりながら後悔した。
「ふむ。飛ばせば乾くだろうか」
元気と心の余裕を取り戻したバハムートがまた爛々と輝きながら言う。
待って、と口にするより早く、轟々と凄まじい風を肌に感じながら、テランスはこの後の諫言についてじっくりと考えるのだった。