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    岩藤美流

    @vialif13

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    岩藤美流

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    お題「部室でキス」

    頂いたお題で書かせてもらいました! ありがとうございます!
    色々考えて削ったり足したりしてたら時間がかかっちゃいました。
    付き合ってる二人です。

     今日は久しぶりにオセロでもしませんか、と言ったのはアズールのほうだ。陰気な者の多いボードゲーム部では幽霊部員も多く、この広い部室に二人きりということも珍しくない。加えて、イデアのほうはアズールが来るまでソーシャルゲームに勤しんでいることもよくあった。その時も、イデアはタブレットに顔を寄せて忙しなく操作しており、アズールのほうに視線も寄こさないような有様だった。
     じゃ、準備ヨロ。その言葉にアズールは眉を寄せた。あなたのすぐそばの棚に有るんですが、と言うと、言い出しっぺが準備するもんっしょ、と生返事。集中具合から見て、音ゲーというやつでもやっているのかもしれない。彼はコンボとやらが途切れることをとても嫌ったものだ。アズールは肩を竦めて、イデアのそばまで歩み寄ると、棚からオセロの入った箱を取り出した。
     そしてイデアがソーシャルゲームに勤しんでいる机にそれを置いて、彼の向かいに腰掛ける。ややしてイデアが「はーーーーっ終わった」と盛大な溜息と共に顔を上げ、タブレットを置いた。ようやく視線が絡み合うと、イデアは申し訳なさそうに「ご、ごめん」と謝った。
    「何を謝られているのだか」
    「ゲームしてたとは言え、ちょっとアレな態度だったかな、と……」
    「おや、イデアさんがそうして自分の態度を振り返れるようになったなんて、今日はめでたい日ですね」
    「ご、ごめんて……」
     以前「あなたって配偶者が食事を用意している間もずっとゲームをしているばかりか、できたと呼んでも来ないタイプの人ですかね」と言ったのが少し気になっているようだった。以来アズールと会う時はソシャゲをいじる時間が減ってはいるけれど、それでもこういうことが起きる。もっとも、それをアズールもいちいち怒ったりはしなかった。イデアはそういう人なのだから。自分がこういう人魚であるように。
    「あまり気に病まないでください。確かに、オセロをしたいと言ったのは僕ですしね。さあ、気を取り直して貴重な部活の時間を楽しみましょう」
    「う、ウン」
     僅かに目を逸らしたまま頷いた。アズールは箱からオセロの盤を取り出しながら、それを微笑ましく思う。



     2人の関係の始まりも、ボードゲーム部だった。
     オルトの持っていたボードゲームがきっかけで知り合ったものの、もちろん最初は今のような関係ではなかった。
     ただ関係性が変化するのは随分早くて、それはアズールがオセロをイデアの所へ持って行った時の事。アズールはそれまでオセロというゲームを知らなかった。どう遊ぶのかを教わりに行ったわけで、そのまま勝負になったけれど、当然ルールも知ったばかりのアズールは惨敗。その際、イデアはいつもの調子でめちゃくちゃに煽ってきたのだ。
     ところがアズールは、真剣に何がどうして負けに繋がったのかわからず、深い思案に入った。それをどう捉えたのやら。愉快そうにしていたイデアは慌てふためいて、「あの、あのね。オセロにはコツがあってね……」といつもとは全く違う表情と声音、それに優しい言葉でアズールにセオリーとコツを教えたのだ。そうした気遣いのできる男なのだと知り、それが恐らく”兄”であるからなのだろう、とアズールは思った。一つ年上の彼はアズールに対して心を開いたようで、そしてそれはアズールのほうもそうだったらしい。それが自然な成り行きで関係を変えていくのに1年以上の時間を必要としたけれど、結果二人は現在恋人関係にまで発展している。



     全ての始まりは、このオセロだった。
    「ふふ、あの時のイデアさん、本当に優しかったですよね。正直そういう人だとは思っていなかったので驚きましたよ」
    「その話はもうやめてクレメンス、拙者だって別に、素人相手にイキるような事したくなかっただけですしおすし……。ちょっと教えただけですごい成長しちゃって、今じゃ拙者が負けの時のほうが多いぐらいだし」
    「そんなことはありません。23勝22敗でまだ勝ちのほうが多いですよ、イデアさん」
    「ウワッ、数えてんの!? こわ……」
    「この勝負で僕が勝ったら、並びますね」
    「いやいやいや、まだ拙者に並ぶには早いですし。油断大敵ですぞ、アズール氏」
     パチリ、パチリ。二人きりの部室に、オセロのひっくり返る音が妙に大きく響く。イデアはアズールが初心者の頃から一度も手加減などはしなかった。手ほどきもするし解説もするけれど、勝負は真剣に受けた。恋人となった今でもそれは変わらない。二人はいつだって真剣に戦ったし、不思議とアズールのほうもそれを嫌だと思わなかった。
    「……あのさ」
     パチリ、パチリ。手を止めないまま、イデアが口を開く。
    「ラウンジ、いつまで忙しいの」
     この部活が貴重な時間である理由がそれだった。ここ一月は妙に学園行事が続き、生徒はおろか外部の者をやってくる。モストロ・ラウンジはいわゆる書き入れ時であり、今日やって来れたのもアズールがなんとかして時間を作ったからでもある。
    「それが困ったことに、月末まではイベントが続きましてね。しばらくまとまった休みは取れそうになくて。部活にも顔を出せるかどうか」
     それはつまり、会うことも難しい、ということだ。若い恋人同士にとっては深刻な問題である。アズールは心からそれを残念に思っていた。だからこそ、今日だけでもここに来たのだ。
    「やっぱそですよね。仕方ないッスな」
     イデアのほうは特に残念そうな顔もせず、そう呟いただけだった。
    「……そうですねえ。残念ですが、仕方ないです」
     少し、その事に気を取られる。その間にもパチリ、パチリとイデアの指がオセロをひっくり返していた。今のところイデアの白が優勢だ。アズールは一度手を止めて思考を勝負へと戻し、盤上をじっくりと眺める。彼がとんでもない罠を隠していないかは、常に気を付けなくてはいけない。アズールの予想だにしていない手を打ってくるのが常だ。努力の積み重ねで生きている自分とはまた違う、直観と経験の攻めは、どんなに優勢でも油断ができなかった。
    「……キスしない?」
     ポツリ、と小さな声が部室に響いたのはその時だ。アズールはしばらくオセロの盤上を見つめていたけれど、真っ白になった頭のまま、視線をゆっくりと上げた。イデアのほうは、ぶわぶわと炎ばかり揺らして「なんでもない」とうつむいている。
    「キス、したいんですか?」
    「違います、忘れてください、ホンマ、魔が刺したっていうか」
    「しばらく一緒に過ごせないですし、今ここには僕達しかいませんからね。なるほど、キスをするには良い条件です」
    「いや、いやいやいや、ここ部室だし、今は他の部員いないけど急に入って来るなんてことも無いとは言い切れませんし? そういうことは安全な密室でするべきで……」
     そう首を振るイデアをよそに、アズールは懐からマジカルペンを取り出すと、部室の扉に向けて軽く振った。ガチャリ、と音がして鍵がかかる。
    「はい、安全な密室になりましたよ」
    「あああアズール氏ッ、なんなのその判断の速さ、やっぱり密室に被害者を閉じ込めて拷問とかして……」
    「では、イデアさん」
    「人の話めっちゃ無視するじゃん!」
    「あなたに付き合っていたら話が進みませんので。どうぞ、イデアさん。僕は目を閉じていますから、キスしてください」
    「ハッ!? なんでそうなんの?!」
    「”言い出しっぺがするもん”、なんでしょう?」
     そう言うと、イデアが「う」と言葉に詰まる。勝った。オセロの勝敗はともかく、アズールは勝利を確信して目を閉じる。
     しばらくイデアが、あうあう鳴いているのが聞こえたけれど、やがてイデアがのろりと立った気配がした。それでも目を閉じたままでいると、そっと頬に手が添えられて。
     ちゅ、と触れるだけのキスは、本当に、本当に一瞬で終わってイデアの唇が離れて行く。アズールが思わず目を開けると、目を泳がせているイデアの顔が近くにあった。もっと、と思ったのはアズールの方で、それを口にはしなかったけれど、言い出したほうがするものだという今日の流れを踏襲することとした。
    「ヒッ、えっ」
     無言で眼鏡を外すと、イデアが驚いて後ずさる。イデアの前で彼が眼鏡を外すのは、そういうことだ。眼鏡を安全な場所に置くと、逃げようとするイデアの腕を掴んで引き寄せ、自分の膝の上に乗せる。そのまま彼の後頭部に手を回して、深く深く口付けた。
     トータルでは負けたかもしれない。アズールはそんなこととを思いながら、もう一度目を閉じ、今は熱に任せて二人きりの時間を味わうことにした。
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