9/11 うさぎ 寝物語はいつだって胡乱だ。
窓の障子を開けたまま、夜空を見上げて寝ることにした。窓から月が見える方角に枕を決めて横たわる。長谷部が頭を持ち上げて後頭部の髪を撫で付けると、長谷部の首を支えるように燭台切の二の腕が差し込まれた。あとはもう据え直さずとも自然と心地の良い具合に納まる。
途中で解いて別の姿勢になることもあるけれど、結局これが一番落ち着くのかお互い無意識にこの体勢に帰ってくる。もう何年もずっと。
星を数えていたら、いつしか月の話になった。うさぎの話。月うさぎの伝説。
「そんなのあったな。もう忘れたけど」
「じゃあお話してあげるよ。昔々あるところに、うさぎさんとときつねさんとおさるさんが」
「やめろその語り口」
「貞ちゃんこれおもしろがってたんだけど」
「短刀の寝かしつけと一緒にするな」
そういうんじゃないよと笑いながら、燭台切は蕩々と話し始めた。
飢えた物乞いの老人に三匹は食べ物を集める。さるは木の実、きつねは魚を取ってきたが、うさぎは頑張っても何も持ってこられなかった。悩んだ末にうさぎは炎の中に飛び込み、自分の身を食べ物として捧げる。
「思い出した。老人は神だったな。うさぎの能力を知りながら食べ物を集めさせたのだとしたら残酷だ」
「きみがうさぎだったら、神様に自分を食べてと差し出す?」
「その片目は俺がそんな殊勝な奴に見えているのか」
「はは、愚問だったよ」
笑い声はひとつきりだった。それに気がついたか、ふっと黙り込んだ燭台切が長谷部の頭を抱き寄せる。長谷部は黒い寝間着の胸元に鼻先を埋めた。
「もし俺が火の中に飛び込むなら、それは相手のためじゃない。自分の能力に失望したからだ。純粋な気持ちなどみじんも無い」
「……長谷部くん」
「処分されるほうがいい。そういう意味では俺はうさぎ寄りの思考と言えるか」
「きみはうさぎによく似ているよ」
無垢で、脆くて、とてもやさしいから。
吐息だけで語った燭台切を長谷部は鼻で笑い、何も言わなかった。数年前ならば長谷部は否定をしたのだろう。しかしもう長谷部は燭台切の胸元に顔を押しつけたきり動かない。燭台切が長谷部を評するすべてはあながちまちがいでもないのだと、手を掛けられて、時間をかけて理解した。長谷部自身が思っているよりも自分は強いヒトではない。知っているのは燭台切だけだ。それでいい。
翻って、燭台切もそうだと思う。燭台切の強さと脆さを知っているのは自分だけでいい。この男の持つ恐ろしいほどのやさしさを知るのも自分だけでいい。
燭台切が身体を軽く離して仰向けになった。長谷部も倣って天を向く。
窓一杯の月夜だった。いま空から月が落ちてきたら、まっすぐここに落ちる。
「長谷部くん」
「ん」
「僕は、生きてほしいよ。食べ物を取ってこられなくても」
長谷部の視界から月が消えた。代わりに小さな満月が視界に迫ってくちびるを塞いだ。
夜が窓から見切れるころ、もとの姿勢に戻るのだろう。長谷部は満月の後頭部を抱き寄せ、常闇に脚をひらいた。