そしてメスになる 前編① 今日も平和なグランサイファー。
ルナールが自室で原稿に勤しんでいると、背後に気配を感じた。はっとして、机の上の原稿を全て隠す。そうする間にも、部屋の中に朱の扉が豪快に開き、中からウィルナスが元気良く飛び出す。
「到来、到来!」
「あっ、い、いらっしゃい! 今日も絵物語を借りに来たのかしら?」
ジャージ姿のルナールが尋ねると、ウィルナスは「応、応!」と頷き、数冊の本を差し出す。それはウィルナスが借りていた絵物語だ。
「いつも実に面白い絵物語ばかりだ! ヒトの子の創作は多彩で、興味深い! 他にも良いものがあるなら、是非読ませやがってくれ!」
「え、ええ! まだまだいっぱい、オススメがあるのよ。ちょっと待ってね……」
ルナールは本棚を漁りながら、慎重に絵物語を選ぶ。先日のように、よからぬ薄い本が混ざってはいけない。相手は六竜という超常の存在であるけれども、人間的な知識はまるで子どものようなのだから。このような高度な知識は、後々与えなければ大きな事故に繋がってしまう。
既に盛大過ぎる事故が起きているとも知らず、ルナールは性癖を歪めなさそうな本を選んでウィルナスに渡すのであった。つまり、純愛そのものな作品を。
「おお、この表紙に描かれているヒトの子は、鼎の「推し」に似ているな?」
「ええと、「白」のル・オーさん、だったかしら……」
ウィルナスが嬉しそうに言うので、ルナールも改めて表紙を見る。切れ長の眼を伏せ、物憂げにしている金髪のキャラクターだ。ルナールは実物のル・オーに会ったことは無いけれど、こんな美男子なのかしら、と思うと、胸が熱くなるものがある。実に耽美だ。
「応、応! 鼎たちとは違って、ヒトの子にそっくりでいやがられるからなあ、こちらのエルーン族によく似た姿をしているのだ」
(なるほど……エルーン族の儚げイケメンなのね……!)
ルナールは心の声を精一杯呑み込んだ。このキャラクターは身体が弱く伏せがち、育ちは良いが家では迫害を受けている、花に攫われそうな薄幸の美青年である。それを颯爽と馬に乗せ、外に連れ出すのが、腹違いの兄弟である、屈強な騎士だったりする。
(それってそれって、この物語そのものじゃない~! きっとそのル・オーさんも深窓の美青年なんだわ……! はぁ~~、耽美……!)
ルナールの頭の中で何かが起こり始めていたが、それはウィルナスの言葉で中断された。
「近頃、鼎はル・オーを見ていると、どうも胸がドキドキしやがってなあ」
「ウンウン、わかるわ、推しを見てるとキュンキュンしちゃうわよね……」
「ぬ、キュンキュンする、か。実にヒトの子の表現は面白い! そう、鼎の胸がキュンキュンするのだ。どうにも落ち着かなくて、胸の奥から腹の底まで熱くなりやがる。そして抱きしめ、口づけたくなるのだ!」
「…………えっ」
「しかし、ル・オーの身体は鼎よりもずっとずっと細くていらっしゃる。力いっぱい触ったら、壊れてしまわないか心配になるのだ。だからそうっと触れるしかないが、いやしかし、どうにも我慢ならず、ぎゅうっと抱きしめてしまうのだがなあ。あれはいったいなんなのやら。鼎も少し困っていやがる」
「…………あの、ちょ、ちょっといいかしら……?」
ルナールは顔を引きつらせながら、話を遮った。
「キス、したくなるの?」
「いつだってしたくてたまらぬほどだ!」
「…………」
「……? 鼎はもしや、おかしなことを言いやがっておられるか?」
「ああー、ええと、うーん、そうね……」
ルナールは言うべきか、言わざるべきか考える。この大きな子供に、妙なことを吹き込んでしまったら取り返しのつかないことになりそうだ。とはいえ、大きな誤解をしているのなら正すのもオトナの仕事というもの。何をどう解釈し、伝えるべきか。
ルナールが悩んでいると、ウィルナスはしゅんと仔犬のように不安げな表情を浮かべた。
「鼎は、何か間違ったことを言っているだろうか? もしや、ル・オーに触れたりするのはよくないことだとか……」
「ああ、いえ、別にそういうわけじゃないんだけど……」
「ル・オーに触れてはいけないなんてことになったら悲しくて生きていけません」というようなオーラを出しているウィルナスに、ルナールは大きく首を振って、言葉を選びながら伝えた。
「そのう、も、もしかしてなんだけど、ウィルナスさんのそれは、なんというか……推しじゃなくて……」
「……!? 推し、ではなく……!?」
「……恋、じゃない、かしら……?」
ウィルナスは十数秒間にわたり眉を寄せて首を傾げ、それからこれ以上ないほど目を見開いて固まった。頭の上に「!!!」とか表示されそうなほどの形相であった。
一方、同じ頃。
とある街の例の書店には、店主とル・オーの姿があった。
「なるほどなあ、お兄さんはその人のために、こうして情報を集めてるのかあ……」
店主はウンウンと頷いて、感心した。見た目によらず相手の男の為、本を読み伝えているという健気さがある。尤も、その内容が特殊性癖で致すことなのが少々問題ではあるけれど。
「彼の好奇心に、正しく答えたいのでね」
ル・オーはといえば、それが恥ずかしいことだとも思っていないようだ。眼鏡を正しながらキッパリと言い切る姿は、どこかカッコよくも見えた。内容が酷いのが唯一の欠点である。
あれからル・オーは様々な本を読んできた。全空のあらゆる対位を紹介するものや、様々な異物を挿入するもの、また尋問のような形で行為に及ぶものや、室外にて始めるもの、などなどなど……。
しかし、ル・オーはそれらの大半をウィルナスと実行しなかった。
ひとつには、ウィルナスにも知識が必要となるために難しいことが多い。本の内容をそのまま伝えたところで、彼がそのままできるとも限らないからだ。また危険と隣り合わせの行為はできれば避けたかった。
いくつかしたプレイもあったけれど、近頃はル・オーの方から誘うこともなくなっているという。
とはいえ、情報収集は熱心に続けているのだった。
「優しいんだなあ、お兄さんってば」
「私の言動から勝手に感情を解釈しないでくれ給え。ただその必要が有っただけのことなのだよ」
(そうは言っても……好奇心に答えたいだけで普通こんなことせんと思うよ、おじさんは……)
店主は心の中で呟き、微笑む。
献身的な子に出会えて良かったね、カレピ君。
そんな風に考えていると、ル・オーが言う。
「なにしろ彼とは兄弟のようなものだからね」
その単語に、店主は雷が落ちたような心地になって、目を見開いた。
「……………………兄弟…………」
「のようなものだよ」
(なになになに?! 兄弟のようなものって! 兄弟じゃないの?! うわわ、もしかして家庭の複雑な事情とか……禁断の関係とか……ってコト……?! おじさん気になるよ! 気になっちゃうよ!)
はわあ、と色々想像する。この青年がどういう立場で、カレピとはどういう関係なのか。しかしこれほど熱心に相手のためを思うのだ。きっと深い愛情で繋がっているのだろう。
おまけにル・オーはいつも、たくさんの金を払い、大量の本を買っては速やかに読み終わり次を求めてくる。十分な金と時間があるのだ。顔立ちはもとより、身なりも良いから、もしかして機空士ではなく貴族とかそういうのかもしれない。
(どうしよう、禁じられた異父兄弟の愛とかだったら。そんな人たちに特殊プレイ教えまくってたんだったら。おじさん、取り返しのつかないことをしちゃったんじゃ――)
「店主……」
「なっ!!!! ナニカナッ?!」
色々考えているところに声をかけられて、動揺しながら返事をする。と、ル・オーがとある本を開いて指差しながら問うた。
「この書物に記されている医療器具とはどんなものなのだね? 説明を見る限り、他のものと違って人体に大きな影響を及ぼすとは思えないのだが……」
「えーと……? ああ! 『エリクシール棒』のことか!」
「…………エリクシール棒……?」
ル・オーが怪訝な顔で繰り返す。店主はにこやかに微笑んで「そうそう」と頷いた。
通称エリクシール棒と呼ばれているソレは、医療器具として開発されたらしい。尻の中に挿入する奇妙な形をした物体で、曲がりくねった部分がちょうど、ナカの「良い」場所に当たる。そして、自分の体の僅かな動きで体内をマッサージし、気持ちよくなるという代物だ。
「お兄さん、これ試してみたいの? おじさん、流石に実体験は無いんだけど、すっごいって噂だよ」
「……すっごい、とは?」
「お尻に入れるだけで、女の子みたいになっちゃうんだって!」
「…………女性態に……?」
「ん? なに?」
小さな声で何か言ったように思うけれど、聞き取れなかった。聞き返したが、ル・オーは首を振る。
「…………いや。どこで買えるのだね、これは」
「これなら売ってるところを知ってるよ。おじさんに任せて、地図を描いてあげるね!」
そう返事しながら、店主は胸が熱くなった。
(お兄さん、これから帰って兄弟みたいなカレピとエリクシール棒で遊ぶんだなあ……おじさん……なんだか……元気になってきたよ……)