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    nana

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    高校一年生、夏頃の牧藤出会いのお話です。pixiv「crossing wish」シリーズの設定です(https://www.pixiv.net/novel/series/11148199
    予定よりも長くなり煮詰まってきてしまい…一度熱を放流しないと焦がして完成を諦める事があるので、全体の3分の1くらいまでなのですが一度こちらに投稿します。

    ***********************


    ※高校一年生、夏頃の牧藤の出会いのお話です
    ※ pixiv「crossing wish」シリーズの設定です(https://www.pixiv.net/novel/series/11148199)
    ※出てきませんがスマホがある世界線です※週休土日2日制で自販機にペットボトルもあります※何でも許せる人向けです



    心の奥で、飼い慣らせない淋しさが確かな存在を訴えている。
    それはとても朧な影で、だが明確にオレの腹の奥で重力を持って居座っていた。

    踏み込んで触れようとすると、その朧は「違う」と言い拒絶をする。お前が己を慰めるなと言うのか。他者からの密しか許さないそれは、永久に癒える事の無い孤独と云うのだろう。
    必要とされる事、讃えられる事。
    それらでは満ちない、オレだけが知る孤独。

    理解は最も得難い愛だと、朧は言っていた。




    泡沫モラトリアム




    暦の上ではもう秋の始まりを過ぎた事になる八月の折り返し。新幹線の乗車率が百を超えるニュースを聞き流しながら、朝から肌を刺す様に痛く熱い太陽の下に出た。
    海へ行けば見知った顔に会えるし、その瞬間だけの孤独を誤魔化す事はとても容易い。波に乗っている時は己との対話も出来る。実体とは程遠い朧な影を見つめて。
    静かに、ただ静かに。

    「へぇ、海南に入ったのか」
    「バスケ強いもんな、あそこ」
    「はい、先週丁度IHが終わった所で」

    そうか凄いなぁ、と言いながら軽率に結果を訊いて来ない大人達は、よくオレの表情筋を見ていたと思う。皆同じサーフショップのブランド会員のメンバーとして、幼い頃から良くしてくれている兄貴達だ。彼らは昔からオレの気難しさをよく知っていて、自分達と同じ大人であるかの様に扱ってくれていた。

    高校入学から初めての公式戦、憧れの大舞台まではあっという間で、そして想定よりも少しばかり早く幕が下りてしまった。まるで泡沫の夢の様だった。
    県大会優勝で全国ベスト8、世間的に聞こえは良いだろうが、自校が決してそれを誇ってはいない事を入学して僅か四ヶ月のオレも理解しているので、喜びに浸る様な会話は誰ともしていない。それどころか次の舞台でのリベンジを誓って、部員達は皆更に厳しい鍛錬へと身を投じ始めていた。
    しかしどんな強豪校でも、世の風習と同じタイミングで休暇は設けられる。一週間弱の盆休みが始まり、オレはひとりの時間を得て漸くこの夏最初の波乗りを叶えた所だ。

    「高校バスケ部の練習量なんて中学の比じゃねえだろ」
    「そうですね」
    「もう気軽に海には来れねーか、淋しいなぁ」
    「はは、合間を見て来るようにします」
    「おう、待ってるぞ。頑張れよ」

    大人達の優しさは重く無く、気軽で有難い。
    だが深く追求されない事は楽でも、上澄みばかりの関係は心を孤独にする。歳を重ねる毎に甘える事を辞められるのは、人として正しい筈なのに。


    日が高く登り切るより前に、今日はもう良い波は望めないなとサーフボードを抱えて引き返してゆく仲間達と、軽く会釈を交わして別れた。胸の中で、寂しさの波だけが音を立てている。

    風の無くなったベタ凪の海に背を向けると、砂を踏む足にするはずの無い音が聞こえ気がした。バッシュがコートを擦るスキール音。ボールに触れたい、と乾いた指先が厚い皮の感触を求める。それがリングを通り抜けて、ゴールネットが裏返るのを見たい。眼が無意識に、何も無い空にリングを探す。

    ショップでシャワーを借り、ボードロッカーを出ると直ぐに誰も居ない自宅へと戻った。ザラついた髪と体を清め直し軽く腹拵えを済ませても、時刻はまだ正午を迎えたばかりだ。
    今頃丁度、父と母と妹は新千歳空港に着いた頃だろうか。

    部の三年生達が、休みの日は偶にストバスコートで自主練習をしていると言っていた事をふと思い出した。
    新横浜のシンボルの一つと言える巨大スタジアムと総合公園、そこを横切る様に通る市道の高架下に有名なストバスコートがある。腕に自信のある者が多く集う、バスケファンにとても人気のあるスポットだ。
    誰か、部活の仲間か中学の後輩でも、顔見知りが一人でも居れば気も紛れるな。そう思ってボールひとつを脇に抱えて電車に乗った。


    噂通り、日中でも直射日光を避けられる絶好のコートは満了御礼といった雰囲気だった。オールコートでの使用は禁止されているようで、八基あるゴールリングの真下で皆思い思いのプレーを楽しんでいる。
    知っている顔を探してみるが、やはり帰省時期。同年代の気配は少なく、どのコートを見ても恐らく社会人であろうプレイヤーが目立つ。人見知りをする質では無いので何処にでも混ざりに行けば良いのだが、何故かまた胸に寂しさの波が寄せてくる。

    左奥のコートでプレーしていた集団が退き、近くで待機している集団と入れ替わるタイミングだったらしい。その中に、陽の光を集めた様に明るくやけに目を引く髪が見えた。
    あれは───

    "双璧"
    先月発売したバスケットボール雑誌の、IH出場校の特集で神奈川代表をピックアップしたページに載せられた言葉。
    その仰々しいワードの下に書かれた名は、海南大附属高校 牧紳一、そして

    「翔陽の、藤真健司」

    ドクッ、と心臓より更に奥の心が大きく揺れた。
    知った顔を見つけられた事が嬉しかったのか、それとも彼自身に逢えた事に喜びを感じたのか。分からないまま、もう一度その顔を確認する。

    人より少し色素の薄い髪に、陽の下だと一段と透き通って見える白い肌。西洋人形を思わせる様な大きな瞳と長い睫毛、少女めいた細い鼻筋と小振りな口。一見、外国の血が入っているのだろうかと感じさせるその顔立ち。
    間違い無い、翔陽の13番。
    藤真だ。
    決して強靭なプレイヤーとは思えない外見だが、侮った者はもれなく全員、その圧倒的な実力に苦汁を飲まされた筈だ。とても優秀な選手だった。

    海南大附属と並び県下の両雄と呼ばれ、今年で三年連続IHへと駒を進めた翔陽高校。
    その強豪校でオレと同じ一年でユニフォームを取り、スタメンとしてコートに立った正真正銘のエースガード。
    忘れるはずも無い。春の連休中に行われた練習試合で初めて対峙し、鮮烈な印象を持ってその存在を脳に焼き付けられた。
    夏の公式戦では決勝リーグでの対決となり、少々意地になりながらボールを奪い合ってワンマンプレイに走ってしまい、監督にはこっ酷く叱られた。『お前の勝利を優先するな、チームの為の戦いを選べ』は、今後のオレの教訓だ。

    周りに四人、恐らく歳上であろう男達に藤真は囲まれている。翔陽の先輩だろうか?顔に覚えが無いな…しかしあそこは部員数百を超える巨大組織だ、他校生のオレがレギュラー外のメンバーを把握出来る訳も無い。

    声を掛けては、駄目だろうか。
    先輩方との時間を邪魔したら嫌がられるか。いや、そもそも既に嫌われているかもしれない。
    彼奴と最後に言葉を交わしたのは県大会の決勝リーグ、海南が優勝を決め翔陽の名が二位に記された試合の終わりの挨拶の時。
    オレが右手を差し出して、彼奴がそれを握り返してくれた。「良い試合だった」と言ったオレに、「IHの決勝でオレ達が勝つ」と消えない炎を灯した瞳で見つめ返されたのが、まだ鮮明に記憶に残っている。
    結局全国では海南はベスト8、翔陽はベスト16で終わりそのまま同じコートに立つ事は叶わなかったが。

    一緒にバスケがしたい。
    彼奴と、バスケットボールをしたい。
    キュ、とバッシュで熱いコンクリを擦る音を立てながら足が前へと進んでしまう。

    「………!」

    時が止まったかの様だった。
    藤真が、オレを見た。

    まるで背後からのオレの視線に気付いたかの様に、とても不自然に、その美しい顔が突然こちらを振り向いたのだ。海の波が失せる程に風の無い天気だったというのに、その視線に射抜かれた瞬間、夏の蒼い風の様に澄んだ空気がオレの頬を掠め通り抜けた気がした。

    ラムネ飲料の中のビー玉の様に透き通った瞳が、大きく見開かれたままじっとオレを捉えている。一体何秒間、そうやって見つめられていたのだろう。
    やがて薄く小さな唇が微かに笑ったと思うと、周りにいた男達に一言告げてから彼はこちらへと駆け寄ってきた。

    「牧!」
    「───…!」

    名を呼ばれた。
    ハッキリと、快活なその声に。

    「牧だよな!?」
    「あ、ああ…」
    「こんな所で会えるなんて驚いた!」

    オレの目の前でしっかりと足を止めた藤真は、間違い無くオレを求めてオレに話し掛けてきている。やがて大きな瞳が穏やかに細められて、真夏の大輪の花の様な笑顔を真っ直ぐに向けられた。
    また心臓の奥が揺れ、ギュッと切なく鳴く。

    「ひとりか?」

    オレが頷くと、よしっ、と藤真は小さく拳を握ってから左手でグッとオレの腕を掴んだ。

    「一緒にやろうぜ」

    丁度一人足りないんだ、と言いながら有無を言わせずに先程の集団の居るコートサイドへとオレを引っ張ってゆく。
    なんて、綺麗なのだろう。
    戦い倒すべき敵であり、馴れ合う相手では無い。強固な厚い壁で関係を隔たれても仕方が無いと思っていたが、そんな偏狭さなど微塵も持っていない。
    綺麗だ。全てが美しいと、思った。

    断る理由など無い。
    オレも、お前と一緒にバスケがしたい。

    「ああ」

    引かれていた腕に余裕が生まれる程に、オレは藤真の隣へと並んで走り出していた。

    藤真の周りにいた四人の男は、つい先程知り合ったばかりの都内の大学生だと言う。此奴オレと同い年です、凄い上手いんで!、と雑に紹介をされたのでオレが挨拶と共に頭を下げると、「え?高校生?」と全員に訝られてしまい、隣で藤真が吹き出して笑った。涙目でゴメンと謝られながら肩を叩かれ、その場は穏やかな笑い話で収まったが。
    それから始まった即席チームの3on3で、「お前らマジで高一?」と、今度はふたり揃って疑惑を掛けられてしまった。



    「お前、ここ来るの初めて?」

    三十分程一緒にプレーをして、大学生達とはその場で礼を言って別れた。だが藤真はオレの隣から離れず、オレの顔を見つめながらペットボトルの水を喉を鳴らして飲んでいる。

    「ああ」
    「だよな、今まで会った事無いもんな」
    「お前は常連なのか」
    「んー、まぁ高校入ってからは。休日たまに」

    少し曖昧な濁りを含んだ返答に疑問を持たなかった訳では無いが、突く程の事では無いと思いスルーをした。白い手の甲で口元を拭いながら、そこら中から響くコンクリート地面特有の高いドリブル音にフゥと静かな吐息を混ぜる。ぐるりと辺りを見回したと思いきや、それから藤真は何気無くと言った雰囲気でもう一度オレの方を向いた。

    「髪、リーゼントにしてないんだな」
    「ああ…、今日はな」
    「下ろしてると意外と長いよな、最初遠目から見た時お前だって確信が持てなかった」

    そうか、だからあんな風にじっと見つめてきたのか。徐にオレが右手で前髪を掻き上げると、「やっぱその方が見慣れてるな」と安心した様に笑う。

    「なぁ牧、次1on1したい」
    「…!ああ、オレもだ」

    スイ、と藤真の指先が対角のコートの方を指す。

    「あそこ、試合形式じゃなくてシュート練したり遊んでる奴らばっかだろ。二、三人抜けたら入ろうぜ」

    そう言って場所を移動する彼は、確かに此処のルールに随分慣れている様だった。
    予想通り、クールダウン程度にゴール下でシュートをしていた数人がオレ達が近付いてきたのを見てコートを空けてくれる。他に待機しているプレイヤーが居ないのを確認して、藤真はよし!と意気込んでオレの腕を掴みながらコートへ入って行った。お前からで良いぞ、とボールを胸元へ渡されて、目の前でスッと腰を落とされる。
    瞳が、あの日の様にギラギラと燃えていて。
    …ああ、とても綺麗だ。


    フィジカルの差がある、パワーの差も歴然だ。空中戦でのオレの利は明らかなのに、スピードで僅かに上回られる、ブロックやスティールの判断力も凄まじい。どちらも負けず嫌いで根を上げないので、交互にゴールを決めるシーソーゲームの展開が続く。
    互いに持っているものが違う、だからこんなにも拮抗するのだろう。…なんて楽しいんだ。
    藤真の一瞬高くなったドリブルを見逃さずに右手を伸ばしたが、読んでいたかの様にビハインドザバックで交わされそのまま上手く横を抜けられた。

    「クソッ」

    思わず口が悪くなりながらも、まだ背中を追って走る。素早いレイアップが放たれた瞬間に真後ろからボールをボードに叩き付けて阻止したのを、「あっ!」と藤真の険しい顔が見上げた。
    よし!と右手に拳を作りながらオレは真っ直ぐに着地したが、同時に着地した藤真の身体が目の前でよろけたので慌ててその腕を掴む。

    「……!」

    なんとか体勢を保って転ぶ事は無かったが、藤真の表情は呆然としていた。
    オレがコートの外へと転がってゆくボールを追いかけて振り返ると、藤真も自分の右腕を確認しながらこちらへ歩いてくる。

    「スマン、腕痛めさせたか」
    「いや…平気」
    「…どうした?」
    「………。完全に抜いたと思ったのに後ろからシュート止められたし、しかもその後オレが転ばない様に腕引っ張れるとかお前どんな体幹してんだよ」

    要するに"悔しい"と言っているらしい。
    オレが気分良くボールを藤真の胸元に投げると、不服そうに尖った唇がフゥと息を吐き、センターラインへ戻ったオレへともう一度同じ様に投げ返してくる。

    「もう一本」
    「ああ」


    それからも休憩を挟んでは飽きもせずに1on1を続けていると、今度は社会人の男達から「ずっと見てたんだけど二人とも上手だな、一緒にやろうよ」と声を掛けられた。
    同じチームになっても対戦相手になっても、本当に楽しいと思える。オレはゲームそのものよりも終始藤真健司のバスケに夢中になっていて、ふと空を見上げた頃には太陽はとっくに低い位置で橙色に溶け出していた。

    持参してきた飲み物が底を付いてしまい、あっちに自販機あるぞと藤真に教えられて漸くコートを離れる。
    シャツがべっとりと肌に付き、気持ちが悪い。部活中であればもうとっくに脱ぎ捨てて上裸にでもなるのに。流石に公共の場でそれはマナー違反かと思い、裾を掴んで何度も空気を入れて扇いではその感触の悪さに眉を顰める。
    隣で同じ様にシャツの裾を掴んでバタバタさせている藤真は、汗の量こそオレと同じはずなのにどうしてかずっと清涼感があった。常に爽風を纏った様な雰囲気を感じさせてくる。

    「牧、奢ってよ」
    「何でだ」

    財布から小銭を取り出そうとすると、自販機の前でオレの肩に手を置いて凭れ掛かってきた藤真がケラケラと喉の奥で小さく笑った。

    「オレ今日誕生日なんだ」
    「……、」
    「あ、疑ってるだろ?本当だぞ」

    本当か?と聞き返す前にそう言われてしまい、おめでとうという言葉も発せないまま、そうか…とだけ呟いてオレは小銭ではなく千円札を一枚自動販売機に飲み込ませる。
    そんな大切な日に、ひとりで此処へ?こんな時間までバスケに明け暮れていて良いのか?全ての商品に赤いランプが点ったのを見てから、オレは真正面を藤真に譲った。

    「どれが良いんだ」
    「え、本当に良いのか」
    「お前が言い出したんだろう」

    じゃあ遠慮なく、と言いながら伸ばされた指の爪先に夕陽が反射して、微かに光る。
    ガコン、と音を立てて落ちてきたのはポカリスウェットのボトル。それを掴みながら、藤真はオレを振り返った。

    「ありがとな」

    また大きな目を薄く細めて笑う。長い睫毛に囲われた瞳が揺らめくのが綺麗で、胸の奥が騒めいた。動揺を堪えようとして、ぐ、と思わず息を呑んでしまう。
    知っていればもう少しまともな物を贈ってやれたのに…などと、ただ偶然逢えただけのライバル校の選手を相手に、何故そう思ったのだろう。

    「誕生日なら、そろそろ帰った方が良いんじゃないか」
    「え?」
    「ご家族が待ってるだろう?」
    「……ああ、そうかも」

    うん、そうだよな…、とまた藤真の声音が曖昧にぼやけた気がした。ひと口、ふた口、とボトルの中身を流し込みながら、遠くの橙をじっと見つめる。

    「なぁ牧、お前いつまで休み?」
    「部活か?日曜まで…だから十八日だな」

    同じだ、とまた藤真がオレの顔を振り返る。

    「じゃあさ、明日も来いよ」
    「此処へか?」
    「そう、明日も一緒にやろうぜ」
    「構わんが…」
    「よし!じゃあ明日、十二時な!」
    「分かった」

    約束はとても一方的で、だがオレは確かに返事をしてしまったし、断るという選択肢も頭には浮かばなかった。
    もっと、お前とバスケがしたい。
    もっと、お前と話してみたい。





    遠くに陽炎が立ち上る、うだる様な暑さの正午。浴衣を着た人を電車内で多く見かけたのは、夜から八景島方面で花火大会が催されるからか。新横浜の公園内からでは少し遠いな。そんな事を考えながら辿り着いた高架下のコート、中央のリングの近くに一際明るく目立つ、白橡に光る髪。
    …いた。
    目の前のコートの中は、数名の適当なドリブルやシュートを繰り返すだけの暇潰し程度のプレイヤーがいるだけ。
    それに対してただひとり、凛とした立ち姿の綺麗な男。やはり彼の周りだけ、蒼く爽やかな空気が流れているかの様に見えるのは何故なのだろう。
    やがて此方に気付き、藤真はこちらに大きく手を振ってオレを呼んだ。

    「牧!」

    オレが辿り着くよりも先にコートへ入り、早く!とまた大声で叫ばれる。勢いよく胸元にボールが飛んでくるので、片手でそれをキャッチしドリブルをしながら「待て荷物を置かせろ」と声だけで制止をして、慌ててコートサイドへ鞄や飲み物を投げ捨てた。
    まるで蒼炎。ギラギラと燃える瞳が、もう既にオレのプレーを待っている。

    「今日は髪型キマッてるな」
    「ああ、気合い入れてきてやったぞ」
    「そうかよ、さぁ来い!」
    「行くぞ」

    オレと藤真の勢いに気圧されて、戯れていた周りの連中は一斉にコートから引いた。ふたりだけでハーフコートを独占するのは少し気が引けたが、それよりも目の前の最高のライバルに夢中になってしまう。五感全てを持っていかれてしまいそうな程に。

    5ゴール先取の1on1は、九回目を迎えて漸く決着が付いた。ギャラリー達には軽く拍手を送ってくれる者もいた。良い勝負を見させて貰った、と。それに応える素振りなどは全く見せず、藤真はコートを出てしまう。流石注目を浴びる事に慣れているな。
    少し離れた場所で地面に尻を着いて座り込み、「最初から飛ばし過ぎだろ」と文句を垂れながらも、国道の裏面を仰ぎ見て肩で息をしている藤真の表情は笑顔だった。

    「オレの勝ち」
    「休憩したらまたやるぞ、次はオレが勝つ」
    「体力どうなってんだよお前…」

    そのままゴロリと寝転がってしまいそうな程に背を仰け反らせるので、汚れるぞ、と背中に腕を回して支えてやる。すると藤真はそのまま全身の力を抜いてオレの腕に体重を預けてきたので、やむを得ずオレは藤真の上半身を抱き留めている形になってしまった。
    オイ、と声を掛けようとしたが、藤真の大きな瞳がじっとオレの顔を見つめてきたので言葉が出なくなる。

    「なぁ牧、三本目の時、どうしてオレが右に出るって分かった?」
    「ん?ああ…お前視線誘導しただろう、左に」
    「おう」
    「決勝リーグの時、アレに騙されて数回抜かれたからな。フェイクだと読んで逆張りした」
    「マジか…え、もうお前には通用しないって事?」
    「いや、そのまま左に行かれたらアッサリやられるだけだ、結局はオレの勘と反射神経頼りだな」
    「つまりお前にはセンスがある、と」
    「無いとは言わない」

    自慢げでも無く、だが茶化しながらでも無く。ごく真面目にオレがそう答えると藤真はクソ〜と唸りながら、自身のプレーを反芻する様に動きを確認してスッとオレの腕の中から身体を起こした。
    全てが何でも無い事の様に。オレの行動や言葉に皮肉と嫌味を返してこない、敬遠もしない。そんな相手はこれまでに出会えた事があっただろうか。気持ちの良い男だな…と、素直に思う。

    「お前は、大会の時とはシュートのタイミングを変えているな」
    「!、分かるか」
    「あれはなかなか止め辛い」
    「だろ?」

    今度はニヤリと藤真が白い歯を覗かせて笑った。左手首のスナップを再現しながら、存在しないボールを遠いリングへと放る真似をする。

    「こっちもお前のそのカラダに散々ブロックされて吹っ飛ばされたからな」

    ならば追いつかれる前に振り切れる脚力を付ければ良い、止められる前に素早くシュートを放てば良い、とIH前から走り込みを強化し、フォームとタイミングは改善の真っ只中だと言う。

    「器用だなお前は」
    「努力してんだよ」
    「そうだな、スマン」
    「お前だってそうだろ?」
    「…ああ、当然だ」

    怪物だと。…天才様だと、言わない。
    なんて会話がしやすいのだろう。
    同じ視線で世界を生きている事が確かに分かった。レベルが違う、次元が違う、と切り捨ててくる事など一切無い。全ての会話に真っ直ぐな言葉が返ってくる。初めて出会えた、こんなにも全ての事に夢中になれるライバル。
    此奴の隣は、酷く心地が良い。

    それからまた昨日と同じ様に、知らない年上のプレイヤー達に「お前ら上手いな、一緒にやろうぜ」と誘われて、即席チームの3on3を楽しむ。海南大に次ぐ神奈川の強豪大学の選手だったらしく、なかなかに手強い。
    オレがその大学生に一泡吹かせる事が出来たのは、藤真とチームを組んだ時ばかりだった。
    望んだ場所にパスを出せる選手、
    欲しい所でパスをくれる存在。

    此奴の隣を、譲りたくなくなった。



    今日も存分にバスケを楽しんだ。…筈なのに、時間が幾らあっても足りない、まだ足りない、もう終わりなのか。そう思う程に藤真との時間は全てが充実していた。
    昨日と同じ様に夕方になる頃にまた飲み物が尽きてしまったので、自動販売機まで歩いてふたりきりの時間をのんびりと過ごす。…やはり花火の音は聞こえてこないな。
    代わりに心地の良い沈黙を終わらせたのは、藤真の声。

    「今更だけど、お前んち家族で帰省とか無いのか?」
    「今更だな」

    同級生の友人らは皆今頃、両親の実家へ赴いて祖父や祖母に顔を見せるという家族孝行をしているだろう。部活が休みなのに変わらずに外でバスケに興じている学生なんてきっと自分達くらいだ。

    「お前はどうなんだ」
    「オレ?オレの家はそういうのは無いな」
    「そうか」
    「お前は…帰省するって言うより、別荘とかで休み満喫しそうなイメージだな」

    当たらずとも遠からず。所持品を高級ブランドで固める事も無いし、そんな気取った態度をとっているつもりも無いのだが。何故かいつもそういった位置に属していると言われてしまう。オレは少し考えてから、まぁそんな感じだなと答えておいた。

    「マジで?軽井沢とか?」
    「北海道だ」
    「もしかしてニセコ?凄いな」
    「…そうだな」

    へえ、と言いながらも藤真は特段騒いだりも羨んだりもしてこない。ドライな反応に内心安堵していると、いつから行くんだ?と問われて、父親達はもう昨日から行ってると伝えた。
    それだけで藤真は、オレの言葉の裏に隠れているものを、朧を、見抜いたのかもしれない。

    「オレ、嫌な事訊いたか?」
    「………、」

    オレは、良くない顔でもしているのだろうか?何故藤真は、今オレの中の漣を見破った?
    いや、とオレは顔を横に振ったが、どうしてか藤真はずっと表情を崩さないでいる。

    「去年までは同行していたんだがな。もう高校生になったし、…良いかなと」
    「あんまり、居心地良く無い感じか」
    「………」

    白い瞼がゆっくりと下がり、頬に薄く儚く、扇状の影が掛かる。大きな瞳が隠れても尚も薄れない美しさに、密かに溜息した。
    凄いな…睫毛って、こんな風にも人を魅力的にさせるものなのか。知らなかった。

    「少し、分かる気がする」

    その表情は、波打ち際の白い泡に良く似ていた。


    なぁ、明日も来れる?
    お前の事、教えてよ。

    別れ際の言葉に、ならお前の事も聞かせろ、と返すと藤真は「良いよ」と薄く笑ってもう何も言わなかった。

    約束はそれだけ。
    それでも翌日の同じ時刻にコートへ辿り着くと、同じ場所にきちんと藤真は立っていた。また嬉しそうに笑って、デカい声でオレを呼びながらボールを投げてくる。


    「牧!」




    理解は最も得難い愛だと、まだ 誰かが言っている。







    (続きは完成後pixivへ投稿します)
    (読んで頂き、本当にありがとうございます)
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