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    san_ph029

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    san_ph029

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    リンク視点の方が情緒が書けていいかなぁと思ったので、供養。TotKエンド直後のシーンなのでネタバレ注意です。

    「――ただいま、リンク」

     草原には、穏やかな風が吹いている。
     深く長い眠りから覚めたあとのように、ゼルダの身体はどこかすっきりとしていた。五感を通じて伝わる様々な情報は、柔らかく包むような微睡みの緩衝を失ったために、懐かしさを上回って生新しく鋭い刺激となって彼女にもたらされた。息を吸い込めば、土と草の匂いがする。大地で暮らしていれば当然感じるだろう自然の主張を彼女は一瞬、驚きをもって受け入れた。遅れて耳へ様々な音が飛び込んだ。洪水のような騒音の中にある小鳥の声を理解した瞬間、全ての音は整理され、彼女は秩序を取り戻した。それからあとは、あまりにも清明な視野に気が付き、濡れた肌が伝える繊細な皮膚触覚にほんの少し寒気を覚え――ゼルダは一時だけ、そうしたことに気を取られて、彼から僅かに目を離してしまった。
     途端、水気のある地面へ重たいものが落下した音がして、ゼルダは驚いて眼の前の人を見た。両膝をついたあと、べしゃりと地面に頭部を落としたところだった。いつかの光景が蘇って、血の気が引いた彼女は慌てて駆け寄ってリンクを抱き起こす。
    「リンク、リンク!」
    「……すいません。気が抜けて」
     弱々しいが、返事があることにホッとする。きらきら光る麦穂の髪には、派手に泥が飛び散ってしまっていた。額をぶつけたのではないかと思い、探ってみるが傷になった様子はない。それでも心配が止まずに宙をウロウロしているゼルダの手を、無骨な手が掴んだ。厚くて固い手のひらが手のひらと重なって、指が交差する。青い瞳が、彼女をじっと見つめている。
    「おかえり、なさい」
     ゼルダは――リンクを抱きしめた。決して体躯の恵まれた彼ではないけれど、それでも抱えた半身からは、質量というよりも目には見えない艱難の痕や疲労を含んだ命の重さを感じた。温かいが、彼の身体は倦みきっているようだった。
     何が彼をこうさせたのか、彼女はよく理解している。後悔や、あるいは謝罪や許しを乞うことは、それほど難しくはなかっただろう。しかしゼルダは口を引き結んで、一言も漏らさなかった。リンクの頬を一筋流れ落ちた涙と等しいだけの誠意で報いることができないのでは、意味がない。彼女はただ、黙って彼を抱きしめ続けた。
     ゼルダが何も言わないままでいる理由がわからなかったのだろう、リンクは困った顔で大人しくしている。ややあってから、何かに気がついたような顔をして、彼女の頬に手を伸ばす。指先が頬をくすぐるように動くから、彼女は思わず身を捩らせた。捩った拍子に額同士がごつん、と景気良くぶつかって、ふたりは目を合わせて、それから笑った。
    「ありがとう、リンク」
     草原を渡る穏やかな風の中、ふたりはしばらく黙ったまま、寄り添っていた。
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    san_ph029

    PROGRESS2月新刊(予定)の進捗。たぶん全部で七章ぐらいになるお話の一章冒頭部分で、もう少し書き進んで文量がまとまったら、一章丸々をサンプルとしてどこかに公開します。
    1.“足りない”と“充分”

     あの日、私を覚えていますか、とゼルダが尋ねたとき、彼が曖昧に微笑んだのをよく覚えている。かけるべき言葉を間違えたのだという後悔と、初めて見る彼の表情にどうしようもない寂寥を覚えて、彼女もまた、曖昧に微笑みを返した。


     ****


    「結論から言うネ。リンクは単に百年前の記憶以上のものを失っているヨ」
     ハテノ古代研究所の小さな所長は、ゼルダにそう言った。
    「回生の長い眠りで記憶喪失になることは予想通りだったけど……我々は、その記憶の定義を少し甘く見ていたのかもしれない。脳が記憶しているのは単純な、いわゆる思い出だけではないはずだから。人が生活する上で必要不可欠な日常動作なんかは、身体が覚えているから問題ないケド、物事が意味するところ、いわゆる知識に相当する部分に大きな欠落が見られる。例えば、リンクが近衛騎士として侍っていたころの行儀作法とかは全然覚えてないんじゃないカナ? 一番影響が大きいのは……言葉の知識だネ。発話で使用可能なのは通常成人が知っている単語の数よりずっと少なくて、文章の読解はそれ以下。文字を書くことは極めて困難な状況」
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