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    san_ph029

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    san_ph029

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    結婚の申し出を受けたもののなんかリンクが考えている結婚がちょっと違うんじゃないかと気がついた姫様が頑張ったり、リンクがじわじわもしかしておれって姫様のことが好きなんじゃないかと自覚し始めるお話のめっちゃ最初だけ。

    やや遅い春 ゼルダから、結婚しませんか、と言われたのは、一ヶ月前のことだ。
     いっそ鎮痛な面持ちで、貴方の人生に大きく関わることだから、慎重に考えて欲しい、と彼女は言葉を結び、彼に猶予を与えた。なるほど、確かに人生の重大事には違いない。彼は無言で頷いた。彼女の御前を辞し、自分の居室に戻ったのち、彼はしっかり考えた。
     ハイラル復興のために尽力する日々は目まぐるしい。その間、ゼルダの側付きとして彼女と日々の忙しさを同じくしているうちに、リンクが不便だろうという理由で、そもそも非公式だった側付きから正式に役職が付き、その後も肩書きは順調に増えた。やることが多くなると、さらに時間は飛ぶように過ぎ去る。気がつくと十余年。彼が近衛として王女に侍っていた頃よりも、さらに長い年月をふたりは共にしていた。
     そこには築き上げた信頼があった。私事を除けば、ゼルダが抱えていた政務や公にはできない悩み、あるいは彼女の思想についても、ほとんどを共有していた。聞いたところでリンクには相槌を打つことしかできないときも多かったが、彼女はそれでも話すことを選んだ。執務室に夜まで缶詰になって、終わらない政務の合間に、しばしば明日の、時折それよりもっとずっと先の未来について、ゼルダは滔々と語った。リンクは彼女の語る未来が好きだった。翡翠の両の目は、自分が考えつかないほど遠くの未来までハイラルを見つめているから、これほどまでに澄んで美しいのだと思うほどに。
     そのゼルダが言うのだから、結婚は単なる私事ではなく、公事における意味がある。彼女の立場からすれば、むしろ遅いぐらいだったのではないか、と彼は思う。伴侶のいることがある種の社会的な立場の保証を為す、とは彼女の言葉だ。ならばやはり、ハイラルの首長を務めるゼルダの"夫"というのも、いずれは誰かが担うべき役目だったのだろう。他にも彼らの結婚に付いて回る利点と欠点について事細かに説明されたのだが、リンクは半分ぐらいしか覚えていない。話を聞いた時点で覚悟が決まっていたせいもあるかもしれない。
     そう、覚悟は決まっている。それもずっと昔から。今更異なる方向で決意をし直さなければならないだなんて、彼はちっとも考えていなかった。非公式の側付きが公式になったときと同じように、肩書きが増えるだけだ。生涯を通してゼルダを支えていく覚悟なんて、とうの昔に済んでいた。彼女が、そう望むならば。
     リンクはそうして、一晩のほんの少しを気持ちの確認に使ったあとは、自室で翌日の予定を確かめて、まんじりともせず夜を消費した。ゼルダに返事を早く伝えたかった。その場で即答してもよかったのに、彼がそれを堪えたのは、この短いような長いような付き合いの中で、よく考えてくれと持ち込まれた案件に即答すると、決まって彼女が心配してしまうことを学んだからだった。いつだって心は決まっていたけれど、政務の差配に自信が持てない彼女を守るために、一旦返事を保留にしてその場は退くことも彼は覚えた。それでも、彼が自身に許した猶予は彼女が想像するよりずっと短い。長くて一晩。そうしたとき、私室として割り当てられた官舎の一室で、彼はいつも窓辺から夜が明けるまで空を眺める。彼女から与えられた時間を眠って無為に過ごすことを嫌ってのことだ。入り込んできた夜気の冷たさに冴え冴えとしながら、何一つ変わらない気持ちのまま、リンクはその日も遠くで光る星を眺めていた。ときどき、彼女のことを考えながら。

     翌日、朝一番に執務室を訪れたリンクは、前日の申し出を受ける旨をゼルダに伝えた。ほっとしたような、複雑なような顔をした彼女に、
    「“夫”として、あなたを公私ともに支えていけるよう、この役儀を尽力します」
    と、彼が告げると、ゼルダは手に持っていた書類をバサバサと床へ落としてしまった。五地方首長会談に上げる議題の検討についての色々が文字の中に見える紙を、リンクは彼女の足元の下へ屈んで拾って手早くまとめる。しかし、どうぞ、と差し出しても、それが受け取られる気配はない。澄んだ翠の目を縁取る長い睫毛が数度揺れて、彼女はリンクを見つめている。
    「リンク、貴方」
    「はい」
     何を言うべきか、幾度か迷い、口を閉じ、しばらくしてゼルダは静かに言った。
    「恐らく、その……説明は確かに、十全に行いましたが、それ意外が足りなかったかも……」
    「? 昨晩のご説明に万が一不足があったとしても、目的に変わりがないのであれば、おれは問題ありません」
     まぁ、そうですよね、と曖昧に濁しながら、ゼルダはやっと書類を受け取って、それを執務机へ置いた。椅子を引いてそこへ腰掛けると机の上で手を組んで、彼女は再び重大な事実を告げねばならないという風に、彼へ告げる。
    「リンク、あの……今後のこともありますし、私たち、もう少し会話が必要かもしれません」
     今後のこと。リンクは無言で頷いた。もちろん、ゼルダの立場が立場ゆえに、今すぐに結婚というわけにはいかないから、婚約期間を置いて、世間に公表する時期と、実際に婚儀を行うにあたっての日程や規模、場所、その他細かなことまでしっかり決めなくてはならない。山積した課題や直近に迫る会談の準備の他にやるべきことが増えたが、何とかする。
    「だから、もし今夜、貴方に何か不都合がなければ、時間を貰えませんか?」
    「構いません。どちらにお伺いすればいいですか?」
     一呼吸置いてから、ゼルダは言った。
    「私の私室に」



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    san_ph029

    PROGRESS2月新刊(予定)の進捗。たぶん全部で七章ぐらいになるお話の一章冒頭部分で、もう少し書き進んで文量がまとまったら、一章丸々をサンプルとしてどこかに公開します。
    1.“足りない”と“充分”

     あの日、私を覚えていますか、とゼルダが尋ねたとき、彼が曖昧に微笑んだのをよく覚えている。かけるべき言葉を間違えたのだという後悔と、初めて見る彼の表情にどうしようもない寂寥を覚えて、彼女もまた、曖昧に微笑みを返した。


     ****


    「結論から言うネ。リンクは単に百年前の記憶以上のものを失っているヨ」
     ハテノ古代研究所の小さな所長は、ゼルダにそう言った。
    「回生の長い眠りで記憶喪失になることは予想通りだったけど……我々は、その記憶の定義を少し甘く見ていたのかもしれない。脳が記憶しているのは単純な、いわゆる思い出だけではないはずだから。人が生活する上で必要不可欠な日常動作なんかは、身体が覚えているから問題ないケド、物事が意味するところ、いわゆる知識に相当する部分に大きな欠落が見られる。例えば、リンクが近衛騎士として侍っていたころの行儀作法とかは全然覚えてないんじゃないカナ? 一番影響が大きいのは……言葉の知識だネ。発話で使用可能なのは通常成人が知っている単語の数よりずっと少なくて、文章の読解はそれ以下。文字を書くことは極めて困難な状況」
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