例え姿形が変わっても -中-●◯●◯●◯
能力に目覚めた若い吸血鬼が二人。
血気盛んで畏怖欲も強い彼らはシンヨコという町で出会い、意気投合し、Y談結界というシンヨコ全てを巻き込んだ騒動に憧れ、夜の町で腕を磨いた。
その甲斐あってか最近では二人の催眠を混ぜる事にも成功していた。ただまだ不安定であり、どのように作用するかも二人自身にも分からない。
だからもっと研鑽を積まなければと、気合を入れて夜の町でポンチ被害をばら撒いていた。
そんな忙しくも充実した日々が続いていたある夜、いつものように逃げ場のない道で、通りかかった男性二人組を正面と背後から挟み撃ちにして、催眠をかけようとした。
だが男性の片方、長身で首筋に傷がある男の動きが妙に良く、焦っているうちに吸血鬼達の連携もバラバラになり、そうこうしているうちにメガネをかけた中年男性を庇うようにして長身の男が転倒、怪我を負ってしまった。
悲鳴のように長身の男の名を呼ぶ眼鏡の男。
吸血鬼達も内心焦り、後悔もして、逃げ出したくもなったが、そこまで人でなしになりきれもしなかった。
自らの手でVRCと救急車を呼び、お縄になりVRCに収監された。
あの男、大丈夫だったかなぁと心配はするが、表には出さず、不穏な態度を取り続ける。
VRC職員の質問にもちゃかしたり答えなかったりと、彼等が考える吸血鬼像に従った。あの男が頭は打ったものの命には別状ないと聞いてからは尚のこと。
そんな彼等は窓も鏡もない部屋に移動させられていた。
八畳ほどの空間で、床と壁と天井もコンクリートの打ちっぱなし。出入り口の扉と彼等が座る椅子と、その横に銀色のおそらくステンレスの作業台があるだけ。
これから何が起きるんだと恐れていれば、キィっと扉が開き、一人の同胞が入ってきて、二人は顔を見合わせた。
というのも、その同胞はカソックを着用していたからだ。古い吸血鬼の中にはクラシカルな服を好む者もいるが、カソックというのは珍しい。どちらかといえば退治人だろう。それは。
二人が戸惑っている間に扉を閉め、鍵をかけた吸血鬼は二人の前に立った。
気難しそうで妙な威圧感がある吸血鬼は二人を見下ろし、口を開く。
「『吸血鬼愛する者の記憶を失う展開大好き』ト『吸血鬼姿形がが変わっても私を見つけて』デアッテイルカ?」
「……ハッ、違うっつったら、ここから出してくれるのか?」
強がりを言う片方、もう片方は偉そうに見えるよう腕を組み椅子の背もたれに背を預ける。
「ソウカ……」
カソックのモジャ頭の男は持っていた袋から、ペンチを取り出してカチャと作業台に置いた。
「トコロデ、キミ達ハ天動説ヲ知ッテイルカ?」
「天動説ぅ?」
「えっと、確か宇宙の中心は地球で、星や惑星は地球を中心に回ってるっていう……」
「おいバカ、真面目に答えんなって」
もう一人にこつかれ、答えた方は慌てて口を閉ざす。
「教会ノ教エハ天動説。地動説ヲ唱エル者ハ異端デ、神ノ偉大サヲ否定スル者」
モジャ男は淡々と話し、淡々と何かの器具を作業台に置いていく。
「ガリレオ・ガリレイハ地動説ヲ唱エ、異端審問ニカケラレタ。ジョルダーノ・ブルーノハ地動説ヲ擁護シ異端審問ニカケラレ火炙リニナッタ。地動説ヲ唱エル疑イアル者、全テガ異端審問カケラレルワケデハナイ。ソノ前ニ、私達ノヨウナ聖職者ノ手ニヨッテ、調ベラレル。ドンナ手ヲ使ッテデモ」
カソックの男は器具の一つを手に取った。
「知ッテイルカ? 人間デモ爪ハ剥ガシテモ一年デ再生スル。吸血鬼ノオ前等ハ、今晩ダケデ何枚剥ゲルカナ?」
逃げようと立ち上がった二人は足をはらわれ、肩を押され、強制的にまた椅子に座らされる。
「サテ」
と、右腕を掴まれ、爪にペンチを近づけられる。
それは二人の若い吸血鬼の虚勢が剥がれるのには十分だった。
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VRCの倉庫から出てきたクラージィは、廊下で待ってくれていたドラルクとロナルドの顔を見て、パッと厳しい雰囲気を霧散させた。
「アリガトウゴザイマス、ドラルククン、ロナルドサン、オ陰デ、ホシ、ハクシマシタ!」
「よかった!」
「お疲れ様ですクラージィさん」
ロナルドが喜び、ドラルクが労う。
「それで、解決策は聞けましたかな?」
ドラルクの問いに、クラージィの顔が曇る。
「ソレガ……『吸血鬼姿形がが変わっても私を見つけて』ノミデ、『吸血鬼愛する者の記憶を失う展開大好き』ハ、イツモト違ウカカリカタヲシテイルノナラ分カラナイト」
「そんな」
「うーん、困りましたなぁ」
悲愴な声を出すロナルドと顎に手を置き何やら思案するドラルクを見ながら、クラージィはつい数刻前の事を思いだす。
ノースディンと町を歩いていた所、ドラルクとロナルド、そして御真祖様と遭遇した。
なぜドラルク達が御真祖様と一緒だったのかといえば、真祖様がロナルドの退治人事務所をお暇? と訪れ、ドラルクも巻き込み外に遊びにでたからだ。
ドラルクが笑顔でノースディンに声をかけ、巻き込み、そこからなんやかんやとあり、全員で町を歩いていた時に、吉田からの電話がかかってきた。
クラージィは電話にでる前から嫌な予感を覚えた。
ノースディンと共にいると伝えた日は、ノースディンさんに悪いからとRINEのメッセージだというのに。
クラージィはみなに一言断り、数メートル離れた場所に移動し、急いで通話ボタンを押す。
“クラさん! 三木さんが怪我をして! 僕はVRCで! だから病院に行って欲しくて!!”
ひどく焦った声が耳を打つ。
要領を得ない吉田からなんとか三木が入院している病院を聞きだし、駆けつければ、御真祖様によって三木ごと竜の一族の息がかかった病院に強制移動。
そこでクラージィは御真祖様から、三木が吉田の事を忘れている事、かけた吸血鬼の催眠が不安定であるが故の複雑さで三木の精神と記憶に絡みついており、無理矢理思いだしたり吉田に関する事を少しでも知れば——例えば「吉田」という名や漢字、彼の写真を見ただけでも——永遠に吉田の事は記憶から失われると説明された。
クラージィは衝撃を受けたが落ち込んでいる暇はないと、VRCで検査を受けている吉田に話を聞きに行った。
そこで同じ建物に吉田と三木に催眠をかけたであろう吸血鬼二人がいる事を知った。
同行してくれていたドラルクとロナルドがVRCに掛け合い、能力について聞きだした情報を共有するのならという条件の元、クラージィが話し合いに向かった。
「しかし驚きましたな。クラージィさんに拷問技術があるとは」
ドラルクの言葉にロナルドもブンブンと首を縦に振っている。
「……アレ、ノースディンガ考エテクレタオ芝居」
「なんですと?」
「あー、VRCノ人ニ、ドーンダメ言ワレマシタ。ソコニノースディンカラ連絡ガアリ、ソレナラ一芝居打テバ脅セルノデハト」
天動説や異端審問を使ったのはになったのは、クラージィが三木から借りた漫画にそういう話があり、ノースディンと天動説と異端審問について話し合った事があったからだ。
クラージィが人間として生きていた1800年代にはすでに地動説の方が信じられていたし、そもそも1610年に異端審問をかけられたガリレオ・ガリレイは地動説で異端審問にかけられたというより、ガリレオの出世の道を閉ざす為に地動説が理由に使われただけという説があり、ジョルダーノ・ブルーノは地動説を擁護したからというより、同時に激しく教会を非難したからだという説がある。
それに地動説を唱えたり擁護したからという理由だけで教会がその者を尋問した事実はないという説まである。
どちらが正しいかはクラージィには分からない。
生きた時代もそうだが、クラージィの回りではそもそも天動説だ地動説だのいう話題すらのぼらなかったからだ。
「ノースディンハ、物知リデス」
クラージィが誇らしい気持ちで微笑むと、なぜかドラルクは少し砂になった。
「あんんの色ボケヒゲ、以前シンヨコを騒がしたからVRCには行けない、頼りのなる弟子もいるんだクラージィとて大人、なんとかするさ、なんて言っといて、ちゃっかり心配して連絡してやがる」
ブツブツ呟くドラルク。
どうしたのかクラージィが声をかけようとした時、ノースディンからの着信が鳴った。
竜の一族の始祖であり、吸血鬼の王。
御真祖様はその強大すぎる力と強すぎる影響力故に、多くは語らず、自分が引き起こす喧騒以外で自ら前に立つ事は少ない。
あの方の言葉一つで吸血鬼同士の情勢が変わり、あの方の行動一つで吸血鬼と人間との関係も変わるのだ。
そう以前語ってくれたノースディンは、御真祖様の元に残り、クラージィの為なのですと三木にかけられた催眠の事を詳しく聞きだしてくれた。
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「……クラさんの御真祖様が言うには、三木さんの記憶を戻すには、三木さん自身に思いだしてもらうしかない。ただし僕に関する事は名前や写真すら伝えるのも見せるのもダメ。でも僕という存在が近くにいて、気配を感じておけば、思いだす確率が少し上がるって事?」
「ハイ」
VRCの建物前、検査を終えた吉田にクラージィが説明をする。
吉田はすっかり落ち着きを取り戻しており、クラージィの説明が終わるまで黙って聞いていた。
「……質問いいかな? クラさん」
「ハイ」
「三木さんは僕の事を忘れたのであって、新しく記憶できないわけじゃないんだよね? お隣さんとして一からこんにちはから記憶を積み重ねる事はできる?」
「……ハイ」
「気配を感じておけば思いだす確率が上がるってどれくらいなの?」
「……ホンノ微々タルモノラシイデス」
「僕のコレは」
吉田は自分の胸に手を置く。
四十手前の中肉中背の身体ではなく、二十代半ばの、スラリとした長身の身体がそこにはあった。
「恋人に名を呼ばれれば解けるらしいですが、御真祖様に解いてもらう事は可能ですか? 後遺症なしで」
「…………ハイ」
「なら決まりましたね。僕、クラさんの御真祖様に頭下げて解いてもらいます」
「ヨシダサンッ!」
「クラさん、名前も言えず写真も見せられず思いだしてもらうなんて無理ですよ。それにクラさんも知ってるでしょ? 三木さん、顔、めっちゃ広いんです。そんな顔広い人が僕との関係隠さず言ったりしてるんですよ……。三木さんが退院して道歩いてるだけで声かけられて、僕の名前を耳にする可能性があるんです。無理ゲーですよ」
自嘲するように言う吉田に、クラージィはあくまで真っ直ぐに言葉を送る。
「……無理ゲーデナクシタラ、ミキサントノ思イ出、諦メナイシテクレマスカ?」
「…………」
「ミキサン、ヨシダサン付キ合エテ、トテモ幸セソウデシタ。ヨシダサンモデス」
「…………」
「私ハ、オ二人ノ思イ出ヲ諦メタクナイ」
「…………努力は……してみようとはします」
「ハイ! 約束デス!」
クラージィはその場でノースディンに電話をかける。
そして御真祖様やドラルク、ロナルドも巻き込み、竜の一族がもつ孤島の別荘をかり、吉田に偽名を名乗らせ偽のプロフィールも作り、三木の親族や親友の了承も得て、三木と吉田を孤島に二人っきりにする事に成功した。