愛を伝える硝子玉◆◆◆
世界が白紙化され、たった十数人の人間と、多数のサーヴァントで、世界を救わんと奮闘しているカルデア。
彼等は24時間365日、一秒と気を抜かず緊迫し、張り詰めている——というわけではない。
正月やバレンタイン、ホワイトデーに夏休み、ハロウィンやクリスマスといったイベントごとには接触的に取り組み、望む望まないに関わらずそれはトンチキな事件に巻き込まれる事も多数ある。
笑いが絶えず、穏やかな雰囲気が常にというわけでもないが、悲壮感や鬱々とした雰囲気が蔓延しているような組織ではない。
そんなカルデアは今は一月下旬。
もうすぐバレンタインという事で、毎年勝手に微小特異点なり問題なり何なりが発生するけれど、今年は迎えうつのでなく、打って出ようではないかと、食堂にて会議が開かれていた。
会議といっても堅苦しいものではない。
あんなのがいいこんなのがいいという意見を、ダ・ヴィンチとマスターが独断と偏見で取捨選択して、わいわいとイベントの方針と方向性を決めるというもの。
場所が食堂になったのは、初めは広めの部屋を指定していたのだが、「集まれるサーヴァントは集まって〜」とマスターが艦内放送で呼びかけたところ、予想以上に人数が多くなり、大人数が一同に会せる食堂となった。
はじまった会議はそれなりに賑やかで意見が飛び交い、それをダ・ヴィンチが容赦なくダメ出ししたり、マスターが取り上げたりする。
そうして決まったのが、チョコを渡すのもいいけど、貴方への“愛”を目に見える形で伝えるのもいいよね、というもの。
具体的な方法としては、キャスター達が力を合わせて作った透明な硝子玉。それは持つ者が視認し意識した相手へそそぐ“愛”の色に光る。
敬い尊ぶは黄色。
子を慈しむは白色。
友と親愛するは青色。
恋し愛し慕うは赤色。
何もなければ光らない。
その他の愛もあるが、あまり多くの機能は入れられないと、大雑把に四つに分けて光る。
尊敬する相手なら黄色、親子の情ならば白色、友達ならば青色、恋人ならば赤色。
光る硝子玉をそのまま装飾なしで見せてもいい、キーホルダーにしてもいい、ネックレスでも、簪でも。
愛の色を見せながらチョコレートを渡すのは洒落てるだろうという話になり、それが採用された。
「バレンタイン、素晴らしいものになりそうだね」
会議が終わり、皆、帰ったり食堂に残ったりする中、会議に参加していたパーシヴァルが向かいに座るバーソロミューに話しかける。
二人は交際をしている。
だから赤色に光る硝子玉を見せ合いながらチョコレートを贈り合う未来を想像してのパーシヴァルの言葉。
バーソロミューは愛を伝えてくれる恋人に微笑みかけると、「うん、それなんだがね」といつもと変わらぬ口調で言ってのけた。
「別れよう。パーシヴァル」
◇◇◇
生前、騎士となり、騎士として生きようと足掻いた自分にとって、その海賊は深く関わり合う事のなかった種類の人だった。
あの夏を経て、彼の人となりを知り、惹かれ、カルナを含めて友となり、カルデアでも積極的に交流を持った。
彼は自分にはない視野を持ち、自分では考えつかない作戦をたて、自分とは違う方法でマスターや皆を護っている。
それでいて善というわけでなく、必要ならば悪をなす選択肢を持ったかと思えば、無邪気にメカクレと騒ぎ、時折ふと幼い顔を見せる。
そばにいると飽きず楽しく、心地良い。
そう語れば、誰かが言った。
それは恋ではないかと。
そうか、これが恋なのかと納得した。
生前、妻や子がいた逸話があれど、カルデアに召喚された“私”は誰かを恋した経験も愛した記憶もない。
だからそうかこれが、この感情が恋なのかと胸を高鳴らせ、魅力的な彼が誰かと付き合う前にと、告白したのだ。
バーソロミューは驚いた顔をしたものの、すぐに顔を赤くして微笑み、「私もだ……」と返事をくれた。
◆◆◆
共に夏を過ごす前からいいなとは思っていた。
彼に気づかれぬよう努めていたのもあるが、そっと目で追っていたのだ。
ずっと見ていた、気にしていた。
この夏で距離をつめて、あわよくば意識してくれたらなんて考えてもいた。
そうしたら仲良くなる事に成功し、それは夏から帰ってきても終わる事がなく、秋口にさしかかる頃、彼に告白された。
まさか彼からなんてと驚いたが、返事なんて決まっている。
嬉しさと幸せに全身が包まれるのを感じながら、「私もだ」と返事をした。
思えばこの時が一番、幸せだったのかもしれない。
◇◇◇
なぜ?
と、パーシヴァルは廊下で一人、肩を落としていた。
一方的に別れを告げられて去られ、追いかけて捕まえて問えば、「ん〜、潮時かなって」と悪びれないケロリとした顔で言われた。
「君みたいな騎士と付き合えるなんて機会、これを逃したらないし」「君とのお茶会もお喋りもお散歩も楽しかったけれど、それだけだし」「ハロウィンもクリスマスもしてイベントはもう満足っていうか」
嫌いになったという事か、私に至らぬ所があったのかと問えば、バーソロミューは困ったように微笑んだ。
「そうではないんだよ、パーシヴァル」
そうだな、と考えてから、彼はいっそ慈愛すら感じる笑みを浮かべて言った。
「なんか思ってたのと違った、という感じだよ」
◆◆◆
純粋で無垢でそれでいて頑固で強情なパーシヴァル。
真実を知ったら傷つく。
だからこれでいい。
悪辣な海賊が清き騎士を摘み食いして、飽きて捨てた。
それが真実となればいい。
悪評ぐらいなんだ。
海賊の探る目線がなんだ。
円卓の皆様の視線がなんだ。
こちとら生前からの悪党だ。
そんなもの全てを嗤って楽しく踊って暴れて、退去まで過ごしてやる。
◇◇◇
意外な事にバーソロミューはパーシヴァルを避けなかった。
ただ恋人であった事実はなく、夏からずっと友であったかのような距離感で接してくる。
友に戻りたいという事か。
それならばそれでいい。
彼と話ができて、彼と笑えるのならば。そばにいると飽きず楽しく、心地良く、友でもいいと思えた。
「いや、よくないでしょう」
心配され話しかけられたパーシヴァルがそう心情を吐露すれば、誰かが言った。
「ちゃんとぶつからないと」「まだ好きなんだろう?」「せっかくのバレンタインなんだし」
と、口々に言う。
そういえば今日はもうバレンタイン当日だったか。
チョコレートを用意して硝子玉も添えて想いを伝えるんだと背中を押された。
多くのサーヴァントが手を貸してくれ、彼と仲の良い海賊達も協力してくれるという。
パーシヴァルは諦めようとしていた自分を奮い立たせ、彼に想いを伝えると決めた。
そんなパーシヴァルを少し遠くでカルナが見つめていた。
パーシヴァルを中心に作戦会議をするサーヴァント達を見つめ、誰にも聞こえぬ小声で一人ごちる。
「清き愚か者は傷つくだろう。だがそれは自ら蒔いた種だ。バーソロミューが背負うものではない」
◆◆◆
「おーい! 食堂にメカクレチョコレートの精霊が現れたらしいですぞー!?」
「よし行こうすぐ行こう今すぐにだ!」
黒髭が部屋のドアの前で発した言葉に、バーソロミューは一秒もたたず外に出た。
毎年バレンタインには多種多様な問題が発生しするが、今年はメカクレチョコレートとは、落ち込み部屋にこもっていた私へのプレゼントかもしれない。
「片目か? 両目か? いやいい言うな。シュレーディンガーを楽しむから。箱を開けるまではどのメカクレでもありえるのだと!」
「うわぁ、気持ち悪ぃ」
「あ?」
銃を抜きかけ、いけないと思いとどまる。メカクレが待っているというのに!
廊下は走ってはいけないのでバーソロミューが駆け足とまではいかず、競歩で向かっていれば、ついてきた黒髭がもうすぐ食堂、と言う時、「そういやさ」と話しかけてくる。
「お前、彼ピ大好きだったじゃん。なんで別れたの?」
バーソロミューはあれだけ動いていた足を止めながら、銃を抜いて黒髭の眉間につきつけた。
低く威圧感のある声で凄む。
「黒髭、鼻と口以外に穴を開けたくなければその話題に触れるな」
黒髭はにいっと笑ってから、両手をあげる。
「へぇへぇ。拙者はもう言わねぇよ。拙者はな」
「? ……!」
バーソロミューは黒髭の言葉に訝しげな顔をした後、合点がいき、走りだそうとする。食堂とは逆方向に。
だが、「オレは友の味方だ」と、いつの間に背後に現れたカルナがバーソロミューの首に何かをかけ、バーソロミューの腕を掴み、引きずるように歩きだす。
食堂に向かって。
「カルナ! 離してくれ!!」
「その願いは聞けない。バーソロミュー、お前はパーシヴァルにきちんと伝えるべきだ」
「伝えるべき事は伝えたさ!!」
カルナを睨みつければバーソロミューの胸元で何かが青色に光る。
それはネックレスに繋がれた硝子玉で、ひゅっとバーソロミューの喉が鳴る。
この先に待っているのは間違いなくパーシヴァルだ。バーソロミューの首にこれがかけられたという事は、パーシヴァルも硝子玉を持っている可能性が高い。
バレンタインの日にもう一度告白をだとか、話し合いをだとか、誰かに焚き付けられたのか。
どうする? カルナに全力で抵抗してみるか? だめだ。持ち上げられて連れて行かれる未来しか見えない。では泣き落としは? 説得は? 賄賂は? それもだめだ。カルナはこうと決めたら揺るぎはしない。銃はカトラスは? カルナ相手だぞ? 一瞬で無力化させられそうだ。それともストームボーダー内で宝具でも撃つか? いいかもしれない。本当に撃たなくともいいのだ。魔力が集まっているとなれば誰かが途中で止めてくれるだろう。そうなれば後は事情聴取。その間にそんなに嫌だったのかと噂が広まって、パーシヴァルとの事は有耶無耶にできるかもしれない。
そうと決まればと、宝具を放つ為に魔力を集中させようとして——
「バーソロミュー」
聞きたくない声が耳に届いた。
◇◇◇
ティーチ殿とカルナが食堂にバーソロミューを誘いだす手筈だった。
だがパーシヴァルは言い争うカルナとバーソロミューの声に耐えられず、チョコレートが入った箱を持ち、廊下を走りだしていた。
胸元には彼とお揃いにしてもらったネックレスがある。
これが赤く光るのを見せて、彼にできればもう一度、愛を伝えたい。
一分もかからずバーソロミューの姿が視界にとらえる事ができた。
「バーソロミュー」
名を呼べば、弾けるようにバーソロミューはパーシヴァルを見て、「ぁ」と、顔色をなくす。
「パーシヴァル、違う、違うんだ。これは、そう、故障で」
ふらりと彼はパーシヴァルに向かって歩きだす。
その彼の胸元で揺れる硝子玉は夕焼けのような赤色で、対するパーシヴァルの硝子玉は晴天のような青色だった。
◆◆◆
浮かれていた。
彼からの愛の言葉に。
心が躍った。
これから彼と過ごすであろう恋人としての時間に。
だってずっと見ていたのだ。
夏がくる前から。
だから浮かれて心が躍って、そしてすぐに気がついた。
彼は友への親愛を勘違いしていると。
だってずっと見ていたから。
恋して、愛していたから。
だからすぐに手放すなんてできず、恋人を続け愛を与え続ければ、友達以上に好きになってもらえると。
だが秋を超えて冬になり、恋の芽は出ず、淡い希望は打ち砕かれた。
◆◆◆
パーシヴァルは清き愚か者であって愚鈍ではない。
数秒は呆然としていたが、硝子玉の光が意味する事に頭が回ったのだろう、っは、と息を呑み、すまないと呟いたかと思えば、髪の先が光の粒子となり溶けていく。
座に還りかけている!?
そんな、トンチキイベントだと精神的にショックで還ろうとするサーヴァントいたが、本当にできるのかそれは!?
実際に目の前でパーシヴァルが自覚的にしろ無自覚にしろやろうとしているのだ。
還れなくとも、霊基に異常が現れるかもしれない。そちらの方が可能性としては高いか。
「パーシヴァル!!」
バーソロミューは叫べば、パーシヴァルの襟を掴んだ。
「私を見なさい!!」
だめだ見ない。
「パーシヴァル!!」
腕を引いて頭を振り、思いっきり額同士を打ちつける。
ゴッというほど鈍い音がする。額が洒落にならないほど痛いが、気にはしていられない。
そんな余裕はない。パーシヴァルの危機なのだ。同じ理由で、鑑賞する気まんまんの黒髭や成り行きを見守るカルナや円卓、他の幾多のサーヴァントの目も気にしている余裕などない。
「バーソロミュー……私は」
ようやくこちらを見た。だがまだ焦点が合っていない。
「パーシヴァル、よく聞きなさい。これは全て私が悪い、私の不手際で、私の過失だ。罵られるべきは私なんだ」
「な……にを、なにを言っているんだ貴方は!!」
よし。ようやく焦点が合ってきた。
「君は子供だった。恋愛面では無垢な赤子で、だから大人な私が気づいた時点でちゃんと導いてあげなくてはいけなかったんだ。だから全て私の責任なんだよ」
「それは違う! バーソロミュー!! 貴方が責められる事など一つもない!」
完全に焦点が合った。髪も元に戻っている。
内心胸を撫で下ろし、バーソロミューは掴んでいた襟を離すと手で整えてやる。
「パーシヴァル。私は夏の終わりには気づいていた。離れがたくて秋、冬とずるずると続けてしまい、バレンタインの硝子玉さえなけるば、退去まで続けたかもしれない卑怯者さ」
「卑怯者などと……」
パーシヴァルが沈痛そうな面持ちで、襟を整えるバーソロミューの手を握ろうとする。
それをすっとかわして、バーソロミューは微笑んでみせた。
「私さえ悪くなれば丸くおさまると考えた。だがそれは間違いだったようだ。だから、やり直しをさせてくれるかい?」
一、二歩とパーシヴァルから距離をとる。
息を吸って吐いて、本当なら気づいた時に言うべきだった言葉を吐きだした。
「パーシヴァル、君は私に愛を囁いてくれるけれど、それは勘違いだよ」
「…………私は、」
違うと言いたいのだろう。だが明確な証拠がお互いの胸元で光っている。
「親愛を知り恋愛を知らない貴方。私は生前にはいないタイプだったろう? だから勘違いしてしまったんだよ」
パーシヴァルは唇を噛み締めて、首を小さく横に振った。
その動作が子供のようで、フッと笑ってしまう。
「楽しかったかい? 私とのお喋りは。私とのお茶会は。私との夜通しのアニメ鑑賞は。私との散歩は。私とのゲームは。それらは全てね、友でもできて、友でも楽しめるものなんだよ」
「だが、私は貴方をとられたくないと……」
「清き愚か者のパーシヴァル。嫉妬も独占欲も友に対しても抱くものさ。君、私に欲情できるかい?」
「よく!? それとこれとは!」
「それとこれとはな話なんだよパーシヴァル。いいかい? よく聞きなさい。ベッドに座って膝が触れ合っても、口付けの一つもおくろうとしなかった貴方。それは耐えるとかではなく、そもそもそういう考えが浮かばず、情を持てなかったからだ。君、私とSEXするという考えすら、持った事がなかっただろう?」
「……」
「だから友に戻ろうパーシヴァル。少し間違えてしまったけれど、正しい関係に戻るんだ」
「…………貴方はそれでいいのか?」
パーシヴァルが私の胸元で赤く光り続ける硝子玉を泣きそうな顔で見る。
「あぁもちろん。私はねパーシヴァル。君を愛しているんだ。君は同じ愛を返してはくれなかったけれど、違う愛は返してくれた。それで満足さ」
最後は自分に言い聞かせるように言葉を吐いた。
その言葉を聞き、パーシヴァルの目に涙がたまり、次々と溢れていく。
「あぁ泣かないでくれパーシヴァル。私はね君の涙にいっとう弱いんだ」
抱きしめたい、涙を拭ってやりたい。
だが友としてそれは距離が近すぎるだろう。
バーソロミューはハンカチを取り出すと、友としてパーシヴァルの手に握らせた。
そうしてバーソロミューとパーシヴァルは恋人から友へと戻り、バーソロミューの恋は終わった。
冬が終わり春がきた。
カルデアではシミュレーターでの花見が流行しており、バーソロミューとパーシヴァル、カルナの三人も連れ立って桜を堪能しに来ていた。
あの後、処罰を求めるパーシヴァルと、暴れたわけでも誰を傷つけたわけでもないのに惚れた腫れたの騒動で誰が誰に罰を与えるというのか、私? ごめんだね、というバーソロミューで揉めたりしたが、今は花見に来るほどには関係は修復している。
桜の花びらが舞う中、カルナがバーソロミューに小声で尋ねる。
「まだ愛しているか?」
「さぁ?」
バーソロミューは唇に人差し指をあてると悪戯っぽく微笑む。
「……そうか」
カルナは知っていた。バーソロミューの瞳にはまだ愛がある事を。
そしてパーシヴァル。
あれから戒めの為か、常に服の下に忍ばせているネックレス型の硝子玉。
この前、バーソロミューが新たなメカクレに騒いで転倒して頭を打って血を流し、それでもメカクレの愛を叫んでいた時、パーシヴァル本人もみな騒いでいたから気づかなかったようだが、服の下、青い光の中、確かに赤が見えたのだ。
流石のカルナもなぜこのタイミングで惚れる? とはなったが、近い未来にまた友二人から付き合いました報告が聞けそうだと喜んでいた。
そのカルナの予想は当たっており、遠くない未来、友が報告にやってくる。その胸元には硝子玉が赤く輝いていた。