まったりスローライフ系が溺愛系になりそうです4◆◆◆
パーシヴァルの名を呼んで合流できたはいいが、なぜか抱き上げられ部屋に連行され、手早く濡れた身体を拭かれて服を着替えさせられた。
パーシヴァル自ら。
執事や侍女が一度、私がと言ったが、「下がれ」の一言に部屋を出ていった。
バーソロミューは着替えさせられている間、風呂場で本を持っていたメイドが入ってきた事を話し、驚いてパーシヴァルの名を呼んだのだと語る。
バーソロミューがあの麗しいメカクレのと特徴を言えば、パーシヴァルは「ここに座って少し待っていて」と三面鏡の前に座らせられる。
パーシヴァルは扉まで歩いていけば、外に待っていた執事に何かを伝えて、また戻ってくる。
「今から髪を乾かすね。渡り人様がもたらした知識によって開発されたドライヤーという道具があって、他にもバーソロミューにとっては馴染みの深い道具は多くあると思うよ」
そう言いながら取り出した道具は、皮のような素材以外はドライヤーそのものだった。
櫛で髪をすかれ、髪に熱風を当てられる。
——そういえば美容院以外で人に髪を乾かしてもらった事ないなぁ。
気持ちいいと目を細めれば、パーシヴァルがふふっと笑った。
「疲れたかい? 髪を乾かし終わったら、バーソロミューは部屋で休んでくれ。この部屋は君のだから」
「え、この部屋が?」
目をパチリと開けて部屋を見渡す。
広い。
それに調度品も主張こそしないが品があり高価である事がうかがえる。
入った事すらないが、ホテルのスイートルームはこんな感じではないだろうか。
「えぇーと、ここは来賓用の客室かな? 私はそれなりの期間、厄介になるかもだし、もっと手狭な部屋でいいよ? 寝床さえあれば物置だって文句は言わないさ」
冗談めかして言うもパーシヴァルは笑ってくれない。優しい手つきで髪を乾かし、形の良い眉を眉間に寄せる。
「バーソロミュー、私はその手の話を冗談か判断するのが苦手だ。そうした方が貴方が喜ぶならもちろん、物置の広さの部屋を用意しよう。でもそれならそれで、ちゃんと伝えて欲しい」
「……」
——広い部屋は苦手なんだ。どうにも落ち着かなくなる。幼い頃は押し入れの中によくいて、そこは安全地帯だったから、そのせいかもね。
そう伝えれば、真摯に話を聞いてくれるだろう。
だがバーソロミューは口を閉ざす事を選んだ。
地球でもそうだったように、自分の内にしまいこむ。
沈黙のうちに髪は乾かし終わり、ほどなくして執事が夕食を伝えに来た。
◇◇◇
「だからー、ちょっと褒めてもらいたかっただけなんだって〜」
メカクレメイドの少女、徐福がソファーにちょこんと座り、涙目で弁解する。
「渡り人っぽいのが来たって知ってさぁ、あいつ等が嗅ぎ付ける前に渡り人にちょっと忠告してさ、何がおこったとしてパパッと解決したら、ぐっ様に褒めてもらえるかなぁって」
逃走経路になりえる扉の前にはガウェインが、窓の前にはランスロットが立っている。
テーブルを挟んで対面のソファーにはトリスタンが座っている。
トリスタンは徐福の言葉に分かります、と大きく頷いた。
「単独で動いてパパッと事件とか推理して、なんやかんやで解決して、友からの賞賛、憧れますよね。『凄いですねいつもその調子でお願いしますよトリスタン卿』とか、『貴方にこんな隠れた才能が、さっさと見せといてください』とか、『とりあえず凄いって褒めときますね』とか言われたいですものね!」
「それは褒めてるか微妙な気がするけど、そうなんだよー! ぐっ様に『やるじゃない』って言って欲しくて〜」
ぐっ様〜と、何もない空間から一抱えほどの人形を取り出して抱きしめる。
「本当にもう不死の研究はしてないって〜。ぐっ様、今は死ぬ気ないって言ってたし……」
ぶつぶつ言う少女は見た目こそ少女であるが、年齢不詳。
メイドをする前は弟子を率いて不死の研究をしていた。だがカルデアでは不死の研究は禁忌であり、事件を起こした為に円卓によって捕えられた。
その過程で“ぐっ様”とも再会しており、彼女を殺す為の研究だったのに彼女から必要ないと言われ、あっさりと一門を解散させた。
本来なら死刑か牢屋に入れられ知識を搾取されるか、もしくはという、すくなくともこのような場所でメイドはできないのだが、そこは神に近い精霊である“ぐっ様”の口添えがあり、魔法で様々な制約を付与した上でパーシヴァルあずかりとなった。
徐福は“ぐっ様”に『せいぜい頑張りなさい』とエールをおくられており、真面目にメイドをしていた。
はずなのだが、今回の愛し子様の風呂に突入するという事件。
事情聴取にトリスタンが手を挙げ、徐福は素直に供述したのだが、この二人、どうにも会話が入り組んでいる上に感覚で話す。
事情聴取は順調だというのに、聞いているガウェイン達はある程度、推察や考察をしなければならなかった。
◆◆◆
自分の家庭環境がおかしいと確信したのは、幼稚園に通いだしてからだ。
自分は“かわいそうかもしれない”と言われる環境であると。
そして小学校に入る頃には、“てをさしのべるべき”“もっとかわいそう”な子はたくさんいると理解していた。
あの母親は子供に愛情を持てず、視界に入れたくなかっただけで、押し入れに入って声を殺していれば、何もなければ引き摺り出してまで手をあげようとはしなかった。
世間体を少しは気にし、バーソロミューが学校に行き、家にいない時間は望む所だったのだろう。幼稚園には登園してもらえたし、学校に通うのを意図的に邪魔された事はなかった。
そして家には金があり、母親が興味をなくした物や失っても惜しいと思わない物を貰っても、殴られる事はなかった。賞味期限切れの食材も。
また、母親は何か買い物をした時、小銭を財布に戻すのを面倒くさがり、ポケットやカバンにそのまま入れる事があった。そしてそのままそれを忘れる事は多く、バーソロミューはよくその小銭を取っていた。
制服など大きな買い物はできなかったが、母親はバーソロミューが話しかけても何も返してはくれないが、先生が制服や教科書、服や靴が必要だと伝えれば買ってはくれた。なんなら高校の学費まで先生に言われれば出してくれた。
そしてバーソロミューは観察力に優れていた。
自分の家がおかしいと気づき、クラスメイトの動作を見て、友達との会話から、お呼ばれした家の家族を見て、食べる時は箸というものを使う、いただきますと言う、隣の子の食べ物を取らない、靴を脱げはそろえる、邪魔します、そういう“普通”を学び、取り入れられ、“普通”を演じられた。
だからバーソロミューは親から“普通”を教えられず、愛されないだけの衣食住が安定した、“普通”の子だった。
それがバーソロミューの努力と洞察力の上に成り立つものだとしても、“もっとかわいそうな子”がいると、大人達は手を差し伸べようとはしなかった。
“あなたはつよいから”“がんばって”“いつかはあなたもおやのたいへんさがわかるわよ”“なぐられてはないんでしょ?”“はなしあってみたら?”
うん。そうだね。くそったれ。
そうして幼少期から“普通”に生きてきた。
だから洞察力と観察力には自信があった。すぐに取り入れる自信も。
異世界で通用するかは分からない、だがやるしかないと思っていたのだが、どうにもパーシヴァル相手だと調子が狂う、と、前に座るパーシヴァルを見やる。
今は食事の時間。
他の騎士達は用事があるとの事で、二人の食事だ。
「過去、渡り人様の口に合ったとされるものばかりにしてみたのだけれど。地球は香辛料が発達していると聞いていたから、薄味じゃないかい?」
口に合わなければ、言って欲しいとニコリと笑われる。
「……どれも美味しいよ。パーシヴァルもお食べ」
パーシヴァルはバーソロミューの事ばかり気にして、食事の手が止まっている。正直、食べる所作を見て学びたいので、さっさと食べて欲しいのだが。
——まぁスプーンとフォーク、箸もあるから、そんなに違いはないか?
そう考え、食べていけば、パーシヴァルは嬉しそうにニコニコ笑う。
「…………人の食べる所を見て楽しいかい?」
「はい。あ、いいえ、その……」
パーシヴァルは勢いよく肯定してから、否定し、いいよどみ、照れ笑いをする。
「バーソロミューの事を知れる機会はなんであれ、嬉しいなと」
「……」
調子が狂う理由が判明した。
バーソロミューはいつも観察側で、ここまでバーソロミュー自身を見ようとする者はいなかったからだ。
「…………パーシヴァルは、」
「うん?」
「私が好きかい?」
「はい」
そしてここまで真っ直ぐ好意を伝えてくる者も。
嬉しいのか戸惑いなのか、バーソロミューはなぜか泣きたくなって、誤魔化すように残ったパンを口に放り込んだ。
食事は進み、ふいに眠気が襲ってくる。あくびをすれば、パーシヴァルが気遣わしげに話しかけてくる。
「バーソロミュー、眠いのかい?」
「ん、そうだね……おかしいな」
飲み会とか断る口実に『朝活をしているから早目に寝ている』だとか言っており、事実、寝れる時は早目に寝ていたが、この眠気はおかしい。
寝室でもなく、それに他人がすぐ前にいるというのに、耐えられず寝てしまいそうになるなど。
一瞬、食事に薬をと疑ったが、それをする意味がないと、すぐにバカな考えは捨てる。
がくんと自分の首が揺れる振動で目を開ける。どうやら一瞬、寝ていたようだ。
「バーソロミュー」
いつの間にか横に立っていたパーシヴァルが、バーソロミューを見下ろしている。
「部屋まで運ぼう」
「……ひとりで、」
歩けると言おうとして、自分の意思とは裏腹に瞼が落ちていく。
「今日はたくさん色々な事があったからね、疲れるのは当然だ」
優しく椅子がひかれて、身体が持ち上がる感覚。
触れた温もりに完全に意識は闇にのまれ——
——目の前には海に浮かぶ古代の街並みがあり、バーソロミューは一望できる建物の上にいた。
「は?」
と思わず声にだせば、「繋がりましたよ〜。では私はこれで」と後ろから声がする。
振り返れば、一瞬、紫の髪の少女が見えたが、空気に解けるように消えてしまう。
後には昼に海で会った女神、テノチティトランがパラソル付きの机の椅子に座り、優雅にメロンソーダを飲んでいた。
そしてその横にはクリームソーダを飲むエレシュキガルが座っていた。
エレシュキガルはバーソロミューを見て慌てて立ち上がると、机の前に出て、腰に手をあててツンッとすまし顔を作る。
「人間、愚かな研究を続ける輩を炙り出す為に貴方を利用させてもらう事にしたわ」
「……」
「何もタダとは言いません。貴方に与えたチートの数々を等価でいかがかしら?」
「…………」
バーソロミューはエレシュキガルを見て、テノチティトランを見て、机の上に置いてあるルーズリーフに“女神らしく”“全て計画通りというふうに振る舞う”“チートを爆盛りも計算のうちという風に”“不死と神殿”と書かれてあるのを読む。
「えぇーとだね、エレシュキガル」
「不平不満ね? 後出しがすぎたかしら? 陳情を許すわ。述べなさい」
「素直にごめんなさいすれば、私は許すよ?」
必死に取り繕うとしている女の子に優しく言えば、途端、うるっとエレシュキガルの目が潤む。
「うわーん! ごめんなさいなのだわー!!」
その後、エレシュキガルを落ち着かせ、聞き出した話だ。
通訳も翻訳も、バーソロミューが困らないようにする為、愛し子にしたのも良かれと思って、真名勘破はエレシュキガルが元から持っている能力でさほど特別とは思ってなくてつい、らしい。
「他にも、バーソロミュー自身が持ってるスキルもあったりして、ステータスオープンしてもらっていい?」
「え! 自分のステータス見えるのかい!?」
それはテンションが上がる。
多くの異世界もので『ステータスオープン』と言えば、空中にゲームの画面のようなものが浮かび、自分のステータスが見るシーンがあったからだ。
では、とバーソロミューは手をかかげ、「ステータスオープン」と口にしてみた。
ブォンと、青の画面に白い文字で書かれた窓が浮かび上がる。
HPとMPは低いのか高いのかは分からない。
それよりも、だ。
「スキル欄……多くないかい? こんなもんなのかい?」
エレシュキガルを見れば、小さな声でまた「ごめんなさいなのだわ」と謝罪される。
「困らないようにあれもこれもと考えていたら……つい」
「……因みに今から外す事は?」
「…………ええっと……」
目を逸らしたエレシュキガルの代わりに、優雅にメロンソーダを飲み続けるテノチティトランが答える。
「外すのはお勧めしないわ。だけど、封じて、他者がステータス欄を見られても表示されなくする事は可能よ」
「じゃあそれでいこう。パーシヴァル達に知られている愛し子と通訳は残して……いや待て」
バーソロミューはパラソル付きのテーブルまで歩く。
そこにはルーズリーフにおそらくエレシュキガルが書いたと思われる港町などの情報も記載されていた。それに目を通して、バーソロミューはニィッと笑う。
「愛し子が港町に太古から巣食う不死を研究する教団に攫われて、生涯で一度使える力を行使し、教団を倒す。力を使った反動で、真名勘破は失ってしまったとかはどうだろうか?」
「危険だし、それにその教団、二十年前に完全に潰したのだわ」
「なぁに、本当に攫われる必要はないし。攫われたふりをして、君からもらった力でちょっと派手めの演出をして、愛し子としての力はなくなりました、チートも幾つか失いましたってできればいいのさ」
ウィンクすれば、「それなら計画を練るのだわ!」とエレシュキガルが乗る気になる。テノチティトランも協力してくれ、バーソロミューもいらないチートが捨てられるとなり計画に熱が入る。
そして翌日、本当にバーソロミューは不死を研究する連中に攫われてしまった。