安心する体温 初めてクラージィを屋敷に招く事に成功した。
苦節というほどではなかったが、それでもあれやこれやと作戦を立て、失敗してはめげずに次の作戦を実行したのだ。
結果としては策略を巡らすより、直球が一番だった。
やぶれかぶれの『私の屋敷に遊びに来い』の一言で、その場で日程まで決まった。
その日までに屋敷を掃除しまくり、客室は念入りに糸くず一つ落ちてないようにした。当日はスコーンを焼いて、茶葉も新しく数種類用意した。クラージィが飽きぬようにゲーム機やソフト、ボードゲームも揃え、気に入りそうな本も入手した。
そして迎えた当日、屋敷を案内しよう。使い魔を紹介しよう。あれをしようこれをしようと考えていたというのに、結局、客間でスコーンと紅茶で話すだけで時間はあっという間に過ぎてしまい、クラージィが帰る時間になってしまった。
これ以上引き止めれば、夜があけてしまう。
また招けばいいと自分に言い聞かし、クラージィを送るために玄関の扉を開ければ、外は大雪だった。
今日は快晴という予報だったのに。
「……」
「……」
「……ノースディン」
「…………なんだ?」
クラージィがパタンと扉を閉める。
「吉田さんから聞いたのだが、親しい人とはパジャマパーティーをするらしい。私達もしないか?」
なんだそれは。またいらん知識をしいれおって。
そう言うはずの口は、「パジャマを用意しよう」という言葉を出していた。
クラージィが泊まる事が決まったものの、パジャマパーティとは何をするものなのか。
クラージィも私もふんわりとした知識しかなく、とりあえず風呂に入り、二人とも私が用意した猫柄のパジャマに着替え、ベッドの上でお喋りする事にした。
数時間前とやってる事は服と場所以外変わらないのだが、クラージィはなんだかいいなとご機嫌で、私も楽しくなった。
太陽の日もだいぶ上がり、クラージィのあくびの回数も多くなり、目を瞬かせるようになった。
「もう寝なさい」
横になるように促し、もぞもぞと従って身体を横たえるクラージィに布団をかけてやる。
「おやすみなさい。良い夢を」
モジャモジャした触り心地のよい髪を撫で、ベッドを出ようとすれば、クラージィは不思議そうな顔で腕を掴んでくる。
「お前もここで寝るんだろう?」
「…………いや」
「ベッドはここしかないと言ってなかったか?」
「……」
私は棺桶でと言いかけたが、クラージィは眠さの限界なのだろう。
もぞもぞとした緩慢な動きながら、強い力で私を布団に引き込んで抱き枕にした。
クラージィが腰元に抱きつき、私の胸に顔を押し付けている状態だ。
「……おい、クラージィ」
「ん〜」
むにゃむにゃと何かを言っている。
はぁ、とため息をつけば、仕方がないと、トントンとクラージィの背中を優しく叩く。
クラージィが寝たら抜け出そう。
起きたらクラージィにどこで寝たのかと尋ねられるだろうが、棺桶以外では寝付けないと正直に話せばいい。
あぁそれよりも、今日、日が暮れてからもクラージィがいるのだ。
夕食はどうしようか、あぁ、この体勢ではクラージィの体温や心音まで感じられるなと考えていた次の瞬間、私は目を開けるという不思議な感覚を味わった。
「は? え? なん?」
目を閉じていた? え? 頭がすっきりしている?
なにが?
混乱している私の耳に、「ノースディン、起きたのか」とクラージィの声が届く。
目の前には誰かの胸。
私がクラージィの胸元に抱きつく形になっている。
「私は寝ていたのか?」
「? あぁ、とても気持ちよさそうに寝ていたぞ」
不思議そうにしつつも答えてくれたクラージィ。
そうだ彼の夕食を用意しなくては。
ノースディンは、棺桶以外でも寝られる、そんな日もあるかと無理矢理納得し、ベッドを下りた。
それからもクラージィとの交流は続き、クラージィが私の屋敷に泊まる事も多くなった。
棺桶で寝られないはずの私は、クラージィと共にならばベッドで寝られると気づいたら。
おかしいと思いつつも、クラージィに害はなさそうなのだからと対処は先延ばしにした。
目を逸らしたとも言う。
だが目を逸らせないほど決定的におかしいと突きつけられる事が起こった。
クラージィの家に遊びに行った。
コタツに二人で足を入れ、近情を話し合い、談笑し——うたた寝をした。
この私が。
何かが起きている。私の身に。
もしくは発動している。クラージィの能力が。
起きた時の私は表情を取り繕えず、それを見逃すクラージィではなく、問い詰められた。
誤魔化したが、真っ直ぐに何度も尋ねられ、話してしまった。
クラージィはすぐにVRCに行き、自分の身を調べてもらおうとした。
眠りならば自分の能力に違いない、お前を害していたのならば一刻も早くなんとかしなくては、と。
それに私が原因かもしれないだろうと言い、VRCに行くのを思いとどまらせる。
もし能力の暴走の場合、人間どもの機関など信用ができない。
御真祖様の顔が脳裏に浮かび、迷惑をかけるわけにはと思うが、クラージィの為だと連絡をとろうとして、
「ハロー」
と、ベランダから声がした。
◆◆◆◆◆
御真祖様の診断結果は、次の通りだった。
「クラージィと一緒にいると安心して眠くなってるんだね」
聞いた事がある。
嘘か本当か、心身が安心するとオキシトシンという物質が脳から分泌されて眠くなると。
「問題ないよ。大丈夫」
そう言って私とクラージィの肩をポンポンと叩いた御真祖様は夜の空に消えていった。
「……」
「……」
頬が赤い。自覚がある。
私は微笑むクラージィを睨みつけた。
「何も言うな」
「あぁ」
「この件については、私がいいと言うまで、何も触れるな」
「分かった」
「いいな?」
「誓おう」
「絶対だからな?」
「もちろんだ」
私は何度も念を押し、クラージィはそのどれもに嬉しそうに頷いた。