秋の夕暮れの冒険譚 なんてことのないとある日。秋風が心地良かったから、本当になんとなく帽子だけ被って何も持たずに家を出る。夜の帳が徐々におりはじめ、眼前には見事なグラデーションが空を染めあげる。
目的などなく、ただただ風の向くまま気の向くまま。
明かりを灯しはじめる街頭、魚の焼けるにおい、のびてきえる影、走り去る楽しげな声。
そこそこ広めの公園の入り口にある鳥居をくぐり、まだ色づいていない木々の間を進み、東屋を通り過ぎてまだ細い道を進み公園内をのんびりと散策する。
しばらく道なりに進んでいくと、肘掛けの部分が青白く光るベンチに白い毛玉がいるのに気づき、なんとなくその毛玉の横に腰掛ける。
気配を感じたのか、緩慢な動きで毛玉がこちらに視線を向ける。肘掛けの灯りに照らされた瞳は黒黒としていて、こちらに何かを訴えかけているような気になってくる。
なぁぅん、と一鳴きすると毛玉は俺の太ももをちょいちょい前足でつつき、ついっと視線を道の先へと向ける。そして、軽く両方の前足をあげると甘えた声でこちらをみつめてきたので、俺はそっと毛玉を抱き上げる。
毛玉は満足そうにゴロゴロと喉を鳴らすと、小さく鳴き先程と同じ方向に視線を向けた。俺は毛玉に促されるまま、時折撫でつつ歩を進める。
どれくらい歩いたのか。
そこそこ歩いた気もするし、然程歩いてないような少しふんわりした気分で周りを見渡す。
いつの間にか木々がなくなり、満点の星空が見渡せるひらけた場所へと変わっていたが俺はそんなことを気にすることなく、毛玉に案内されるまま歩を進めていく。すると蛍のような、青白い光の玉が足元を照らすように俺の周りをくるくる、ふわふわと舞い踊りはじめた。
そんな光に誘われてそっと腕を伸ばそうとすると、なぁうん、と毛玉に腕を抑えられ、毛玉は咎めるように小さく鳴くと首を横にふる。
綺麗なのに触ってはいけない、ということを少し残念に思いつつも、毛玉を抱え直し止めていた足を再度動かす。
誘うように眼の前を舞う光の玉に見とれていると、今までで一番大きな声で毛玉が鳴き声をあげる。
すると、前方から突風がふきつけてきたため、慌てて毛玉が飛ばされないように抱きしめ、目を瞑る。
ごぉぉぉっと唸る音に混じり、何かの叫び声にも似た甲高い音が風と共に去っていったのを感じ、ゆっくりと目を開くと、そこには満開の曼珠沙華が赤みがかった光を灯しながら一面に咲き誇っていた。
風が吹くまで何もない原っぱだったはずなのに、いつの間にかまわりにあらわれた曼珠沙華に驚いていると、腕の中で大人しくしていた毛玉がとんっと腕をすり抜け、花畑のなかを駆け出す。
突然のことに、またも驚きつつ後を追いかけると、毛玉の嬉しそうな声が聞こえ、さらに速度をあげる。
花と花の間、まるでそのために用意されたような小さな円形の中に毛玉ともう一匹、紫の瞳を歪ませてか細い声で鳴く存在が嬉しそうに体をすりあわせていた。
まるで逢いたかったと何度も何度も伝えるようにか細く鳴くその子に毛玉は小さく、されど力強く答え抱きしめるようにしっぽを絡ませ合う。
二匹のその姿に脳裏に朧気に浮かんだ姿がどこか懐かしく、逃さないように輪郭を掴もうと思い出そうと見をつむると、温かな、だけどちょっと焦ったような声が自分を呼ぶ声が聞こえた気がして目を開け周りを見渡す。
なぁぅん、と呼ばれ視線を向けると、仲睦まじく寄り添う二匹がそろってある星に視線を向け、またなぁぅんと鳴く。
俺はその言葉に頷き、紫かかった星に手を伸ばす。
いつも隣に感じる温かな体温と大きく逞しい腕が逃がすまいと俺の腕を掴む感覚がしたと同時に、朧気だった輪郭がはっきりしてきて、俺は小さくその慣れ親しんだ音を紡ぐと意識を手放した。
いつもは背中に感じる温かさと、僅かな振動に気づき目をそっとあけると、見慣れた白い髪が辺りのライトに照らされてほんの少し色づいているのがみえた。
ほぅっと揺れる髪の毛を見ていると、俺が起きたことに気づいたのか、ぐるりと勢いよく顔がこちらにむき、小さい声で「レオ…」と呟くと、よかったと目をうるませる。
そんな凪の姿に首を傾げると、凪は小さく息をつき前に向き直ると心配したとすねたような声で話す。
曰く、家帰ったら俺がいなくて、最初は買い物にでも行ったのかとのんびり待っていたが、一時間経っても帰ってくる気配がなく、心配になり電話をすると近くから着信音がして慌てて俺を探しに外へ飛び出したらしい。
確かに、外出るときにスマホは置いてきたな。そうすると、どうやって凪は俺を見つけたのだろうか。
「信じられない話かもしれないけど、外飛び出たら、突然白い猫に膝の裏タックルされて、そいつ追いかけてたらレオがベンチにぐったりしてたからびっくりした…」
心臓とまるかと思った、と続ける凪に謝るとおろしてもらうように肩を叩く。が、凪はぷいっと顔を背け、ナギリムジンは途中下車できませーんときっぱり言うと俺をがっちり抱え直してゆったりとした足取りで帰路を進んでいく。
大人しく凪の背中によりかかり、軽く目を瞑ると先程までみていた不思議な光景がうっすらとうかんで光に消える。
家までまだ少しかかるだろうし、ちょっとした冒険譚を話すのもありかもしれない。
「なぁ、凪…」
なんてことのない秋の一日の、ちょっと不思議な散歩の話を。
翌日、凪におんぶされた姿がバズってちょっとした騒ぎになったのはまた別の機会に…。
完