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    重ーかさねー

    🟦⛓のngroの小説をちみちみと書いてます。

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    重ーかさねー

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    ワンライの再録です。

    ほんのり大正パロ。

    #ngroワンライ再録

    ちょっとしたお話 よいしょっと、小さく気合を入れ洗濯籠を抱える。縁側から庭に降りて、籠の中の洗濯物を一枚ずつ干していく。よく乾きそうな高く澄んだ空に目を細め、空になった籠を手に家に戻る。
     籠をおいて家主の部屋に向かうと、案の定というか未だに布団の住人な姿に小さく息をつくと枕元に膝をつく。
    「先生、朝ですよ」
     ゆさゆさと肩を揺するが微動だにしない。予想の範囲内である。少しだけ膝を後ろにさげて耳元に口を近づける。
    「おはようございます、先生。今日は鮭ですよ、一緒に朝ごはん食べましょう」
     そう言いながら、枕元から体を逃がす様に離す……がそれよりも早い動きで手首を捕まれ、布団の世界へと連れ込まれる。なんとか抜けようと手を動かすが、後ろから抱き込まれる形で絡められる。
     こうなってしまうと脱出は不可能なので、大人しく体の力を抜き体に向きを調整して甘えん坊の胸元にすり寄る。緩やかな鼓動を子守唄に目を瞑る。……鮭、焼かないで良かった。


     二度目の夢の世界から戻り、家主を起こすと再度布団の世界へと招待されそうになるのを全力で止め、朝ごはんの支度に向かう。焼いた鮭の骨をとり、食べやすいように少し身をほぐす。温めた味噌汁を椀によそうと居間のちゃぶ台に並べる。
     ご飯をよそっていると寝間着から着替えた先生がのっそりと居間に入ってきた。すっと立ち上がり着崩れた着物をちゃちゃっとなおすと一緒に席につく。
     ゆるゆると食を進める先生の口にたまに鮭をいれたり、口元の米粒をとったりしつつ朝ごはんを終える。食器を洗い、軽く家の掃除を終えると先生の仕事部屋にそっと入る。
     部屋では先生が文机に向かって小説を書いて……はおらず、ごろんと横になった姿でこちらを見上げ手を伸ばしていた。
     レオー、と鳴く先生の頭の近くに腰を下ろすと、待ってましたとばかりに先生が頭を乗せてくる。先生の頭を撫でつつ、文机を見ると真っ白な原稿が鎮座している。
     衝撃的な一作で世間を騒がせたこの先生こと、凪誠士郎は現在スランプ真っ只中だ。曰く、題材は決まってるらしいがきっかけみたいなのがないらしく、日々机に向かっては早々に飽きて俺の膝の上の住人になっている。締め切りまでまだ余裕はあるし、書き始めると早いから問題はないけど、さてどうしたものか。
     うーん、うーんと悩んでると、俺のお腹に顔を埋めていた先生がぽんやりとした顔で俺を呼ぶ。
    「ねえ、レオ。ちょっと行きたい所あるんだけど、一緒にきてくれる」
     先生が行きたいところとは珍しいな、と思いつつ二言で返事すると、先生はいそいそと準備をし始める。そんなに行きたいところとは何処なのだろうか。


     先生に手を引かれながらついた場所は人通りの少ない河原だった。吹き抜ける風が気持ちよく、何処からかキンモクセイの甘い香りがする。日が高いのもあるが、水面がキラキラと輝いてとても綺麗だ。
    「先生、ここ気持ちいいですね」
    「レオ、先生じゃなくて名前で呼んで。あと敬語もやめてっていつもいってるのに」
     ぷくっと頬を膨らませる先生改、凪にごめんと謝りつつ膨らんだ頬をつつく。凪の頬は柔らかく、とても触り心地がいいので、ついつい触ってしまう。
     ぷしゅぅと頬をもとに戻した凪は、ちらりと水面の方をむくと俺の方に向き直り、あのねと口を開く。
    「ここはね、小さい頃に爺さんから教えてもらったところで、たまにここにきてのんびりするの」
     凪の家は元々は御爺様の家で、仕事の忙しい両親にかわって、幼少期の凪の世話をよくみていてくれたらしい。再び水面に向いた視線は、どこか懐かしむようなもので、幼少期の凪にとって御爺様との思い出は幸せな時間だったことが伺える。
    「凪とって特別な場所なんだな」
    「うん。だからレオにも教えたかったんだ」
     真剣な眼差しを向ける姿に胸が高鳴るのを感じつつ、それを誤魔化すために川辺りに近づき川を覗き込む。紅葉に混じって橙色の小さい花があり、なるほどと一人頷く。この甘い香りはの主は川上の方にあるらしく、視線を川上に向ける。
     残念ながら、香りの主は見つけられなかったが河原には桜があり、春には見事な桜並木と花筏がみれそうだ。
    「凪、素敵なところを教えてくれてありがとな」
     キラキラ輝く水面を背に、ありったけのありがとうを伝える。御爺様との思い出のように、俺とも幸せな時間を築いてもらえるようにこれからも頑張ろうと心の中に誓う。
     そんな俺に、凪は一瞬目を丸くすると、そろそろと俺の目の前まで来て俺の両の袖をきゅっと握ると小さく何かを呟く。生憎、その言葉は聞こえなかったが、その次の「ありがとう」はしっかり俺の耳にも届いた。
    『キンモクセイの香り』という小説が若い女性の間で流行り、映画化されるのはもう少しあとのお話。

     完。
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