真っ直ぐな子だった。態度も、眼差しも。眩しいくらいに。
　ぶつけられた感情に、真っ当な大人のふりで逃げていた三年間を過ぎ、『やっぱりずっと好きだった』そう言って春を背負って笑うから、僕等は漸く春になった。

　あれから何度聴いた鶯のさえずりか。柔らかな日差しの下、相変わらず誰彼問わずに笑顔をバラまいている。
　降りられなくなった猫を助けた際、袖に引っ掛けてしまったと申し訳なさそうに持ってきたのは、石竹色を纏う小枝で。『きっと猫のお礼だよ』と慰めて、頂戴した大樹の代償を、水を注いだだけのグラスに生けたソレは、僕たちの寝室をささやかに彩った。
「悟さんなんて嫌い」
　シーツの中、僕に背を向けたまま呟かれた言葉ごと抱き締める。上昇した体温は火傷しそうな程身を焦がし、目の前の桜色に口付けた。
「僕は悠仁の事大好き」
　今度は花弁のように付けた印をなぞるように。ピクンと揺れる躰を閉じ込めて。何度も、何度も。
「やめ、ろよっ……嫌いだって言ってるだろ」
　身じろぎ、やっとこっちを向いた悠仁の唇を塞ぐ。拒否を訴えながらも艶めかしい息が漏れれば、溢れる感情を抑え込めずに溶け合った。
「ほんとお前は昔から嘘が下手だね」
「嘘じゃねーし」
　潤んだ瞳が僕を睨む。
「じゃあ本当に僕の事嫌いなの？」
　わざと悲しみを纏えば一瞬難しそうな顔をして。
「意地悪する悟さんは嫌い」
　真っ直ぐ僕を見つめるから。
「ごめんごめん。ちょっと意地悪されて怒る悠仁の事も大好きなんだもん」
　またへたくそな嘘を聞く前に——。


　一枝の薄紅はそろそろ散ってしまうけど、この腕の中の生命はいつでも咲き誇り僕を癒す。
　春を纏い、抱き合えば夏の如く熱くして。仕事で離れて過ごせば、寂しさで憂いた秋の表情をさせてしまうけど、冬の空のように澄んだ瞳は、いつだって曇る事なく僕を見据えていた。