テントウ虫「ほら早く早く」
じいちゃんの手を引いて玄関へと急ぐ。朝からじいちゃんに浴衣(甚平ではあるが)を着せてもらい、今日一日ずっとワクワクしていた。
とは言え午前中は夏休みの宿題に朝顔の世話、昼飯にソーメンを自分でゆでたし、二重跳びは出来るようになったから、新しい技をあみだす特訓もした。
じいちゃんが帰ってくるまではいつもと変わらない日常。それでも今日はお祭りの日とあって、いつもやっている事がどこかキラキラしてみえた。宿題の時間だけはいつもと変わらなかったけど。
「引っ張るんじゃねぇ。鍵が閉められねーだろ」
早上がりしてくれたじいちゃんを少し休ませて、俺たちは祭りへと繰り出す。
すっかり夕焼け色に染まった道を歩くと、遠くにお囃子の音が聞こえてきた。
履き慣れない下駄も音頭に乗せて鳴らし歩けば気分は祭りの主人公だ。音だけじゃない。美味しそうな香りまで連れてぬるい風が誘惑する。
俺は高鳴る気持ちを全面に、繋ぐじいちゃんの手を大げさに振り回し祭りへと急いだ。
「あらゆうちゃん、今日はとってもかっこいいね」
「ゆーじほらこれ持っていきな」
「お、悠仁お祭りかい? じいちゃんとはぐれるなよ?」
数日前から提灯で彩られた商店街で働く人たちも今日は揃いの法被で祭りを盛り上げている。
普段なら簡単に端から端まで走れるこの道も今は流石に人が多く、八百屋のおっちゃんに言われた通り俺はじいちゃんの手をギュッと握り直した。
段々と大きくなる太鼓の音。体の奥の心臓にまでその振動が伝わってくる。見慣れた場所なのに、賑わう人混みと無数の橙に染まった街はまるで違う世界にみえた。
商店街を抜け、遠くに櫓を見る。思わず駆けだそうと前のめりになるとじいちゃんにグッと手を引かれた。見上げれば深々とお辞儀をしているじいちゃん。どうやら鳥居があったらしい。出店にばかり気を取られていた俺の頭をじいちゃんに鷲掴まれ、俺もしっかり挨拶をして神社へと足を踏みいれた。
「俺今度あれやってくる」
「こら走るんじゃねぇ」
「じいちゃんはここでちょっと待ってて」
やきそばにたこ焼き、チョコバナナにかき氷。腹が満たされてきたところで今度は遊びへと繰り出す。
首から下げたがま口財布から三百円を取り出しておっちゃんに渡す。狙うは一番上の沢山さきいかが入った筒。コルク弾は全部で六発。やり方を教えてもらい、当たりますようにとコルクを詰めて俺は引き金を引いた。
——パン。筒にコルクが当たったが少し動いただけでビクともしない。
「お~兄ちゃん大物狙いか。あれは難しいぞ」
「当たったのに全然倒れないじゃん」
「はっはっは、重いから一発じゃ倒れんさ」
次もその次も筒には当たったが景品が落ちるところまでいかない。どこを狙えばいいものかと悩んでいると、筒の蓋に勢いよく弾が当たり一気にぐらついた。
俺は思わず銃の主を探す。何人かの客を間に反対端で背の高い真っ黒なサングラスをした白髪の男もこっちをみていた。
「お前結構筋いいね。どっちが先にアレを落とすか勝負しようぜ?」
そう言って男は俺の隣に来て肩をポンと叩き、あいさつ代わりと言わんばかりにもう一発筒へと弾を当ててみせる。
「なっ、俺の獲物~」
「ほら、早くしねぇと獲っちまうぞ」
どんなに俺が腕を伸ばしても男のリーチには敵わない。しかし男の弾でも確実に倒れる事はなく筒はちょっとずつ後ろへ動く。持ち弾が少ないのでタイミングを伺いながら俺も狙いを定めて撃ちあった。
途中男の撃った弾は一発だけ狙いを外れ筒の上を通りぬけた。通り抜けたという表現は少しおかしいような気もする。何故なら何処にも当たっていないはずなのに空中でコルクが落ちたように俺には見えたから。その様子が少しばかり気になったが、間髪入れずに男が撃った弾は筒を更に動かす。
今だ! そう思い最後の一発を放つと漸く筒が後ろへと落ちていった。
「やった~」
「おめでとうお兄ちゃん、ほら景品だ。そっちのお兄ちゃんはナイスアシストだったな」
おっちゃんがガランコロンとベルを片手に景品をくれる。まわりのお客さんも俺たちの戦いを見てか拍手をくれた。
「シラガの兄ちゃんもありがとう」
「シラガじゃねぇ、もとからだっつーの。お前の頭はアレと一緒じゃん」
——パン。
アレと言われたものを目にする前に兄ちゃんが最後の一弾で落としてしまった。おっちゃんが景品を兄ちゃんに持ってくると、兄ちゃんはその景品を俺に差し出す。
「アポロだ!」
「お前にやる」
「いいの? これも兄ちゃんの助けがあったから獲れたのに」
「助けちゃいねーよ。お前の腕と見る目があったってことだろ」
「ありがと! ……えーっと、俺ゆうじ! にいちゃんは?」
「悟。っつかお前あんま他人に易々名乗るもんじゃねーぞ?」
「わかった! ありがとうさとるくん! じゃあ俺じいちゃんとこ戻るね」
「おー、気を付けろよ。今日は色んなヤツがいるからあんま一人でうろちょろすんな。分かったか?」
「わかった! またねさとるくん!」
俺はじいちゃんへのお土産とアポロを抱え、じいちゃんが待つ大きな松の木へと走った。
たまに振り返ると兄ちゃんがまだこっちを見ている。俺は嬉しくて何度も振り返り手を振って走ってたら『よそ見して走るんじゃねぇ』と盛大にじいちゃんにぶつかり殴られた。
——あれから六年。
俺の『またね』は現実になった。あの時見えなかったモノが見えるようになり、さとるくんは俺の先生になった。
あの日も今もじいちゃんとさとるくんを会わせることは叶わなかったが、じいちゃんは結構照れ屋だから。俺と先生が出会ったように、なんとなくそういう運命なんだろう。
格好良い二人の背中はずっと俺の憧れだ。でも今見据える黒くて大きな背中は憧れだけじゃなく積もる蜜が灯り始めたのはまた別の話。
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我が文章力で伝わるか…補足〜
さきいか筒の上に蠅頭おったんやで。さとるくんはそれを祓ったんやで。ゆじの肩を叩いたのも、呼びやすい体質だから軽いマーキングしたんやで。
そんな感じなんやで〜〜〜何
とりま幼少期の可愛いゆじでした。