いとでんわ「五条先輩」
小さくて大きな声が左耳を擽る。
「聞こえてる?」
左程広くもない部屋の隅と隅。張り詰めた一本の糸で繋がれた俺達の手元には紙コップが握られている。
『懐かしくない?』
ノックされたドアを開ければ、両手に糸電話を掲げた悠仁が満面の笑みを浮かべて入って来たのはつい数十分前。
ずっと口元に紙コップを携えている悠仁の方を見て、俺は仕方なくハンドサインで答えると、琥珀の瞳は一瞬弧を描くも、すぐに緊張の色を含ませた。
「あのね……」
糸を伝って声と共に伝染した緊張に生唾を飲み込む。
『先輩は絶対左耳で聞いてて』
そう言って熱を持つ瞳で言われたら、お前がこれから何をしようとしてるのかすぐに分かってしまった。
核心がなくて弱虫な俺がこまねいていたらこれだ。
このままでいいのか。散々先輩風吹かせてた癖に、後輩に先に言わせるのか。
そう思った瞬間俺の術式は発動して、両足の間にシンデレラフィットした悠仁がふためき俺を見た。
「ちょ、な」
「俺も好き」
告白は、右脳に作用させる為に左から。
確率アップの為の順当な手段に無視を決め、ほんのり赤く染まる悠仁の顔を真正面に覗き込む。
「ず、るくない?」
尻窄みの声と共に、照れ隠しで逃げた視線の代わりに、ピンクのつむじが見え隠れする。
「まどろっこしいのは好きじゃねぇ」
悠仁の手を握りしめ、互いの間に弛まる真っ赤な糸を絡める。
糸にも勝る色に染めた耳元で悠仁の名前を囁けば、おずおずと交わる視線。
「すげー考えた作戦だったのに」
「大成功じゃん」
額をくっつければ、飴色の瞳に自分が映る。
「それで、……続きは?」
悠仁からの“好き”が欲しくて、甘えた声の催促虚しく、代わりに柔い唇が重なった。