二年間ピピピッ…
「……」
朝の七時、普段と同じ時間にセットしていたタイマーが知らせる。働かない頭を無理矢理起こそうとするが動かない。
(…眠い)
布団に倒れ込みたい気持ちは凄くある、だけどそんな事をしてしまうと会社に遅刻してしまう。
(動かないと…)
洗面所で顔を洗って冷蔵庫から昨晩の残り物を取り出す。ご飯をチンして簡単な朝食、化粧も済ませて普段と変わらない一日が始まる。
歩き慣れた通勤路、駅の自動改札に定期券を通して満員電車に乗り込む。人の混雑具合で息苦しい中でも我慢して会社の最寄り駅へ向かう。
社会人の二年目の今年、フレッシュな新入社員も迎えた私の会社。だが
「日高、今日使うあの資料は?」
「あの資料…あっ!す、すみません!自宅に忘れてきてしまいました…」
「オイ…、お前それはマズイだろ?予め使うって言ってんだからさ?」
「ほ、本当にすみません!」
「しゃーねぇや、取り敢えず俺のやつコピーしといてやるから」
「…はい」
いつもこんな感じだ。怒鳴られたりする事もあるし、今回の様に先輩がサポートしてくれる事もある。いずれにしたって自分自身のミスだし、他人に迷惑をかけている。バリバリに仕事をこなすまではいかなくても最低限の仕事はこなさないと、そう思って頑張ってるつもりなのに気持ちはから回るばかりだ。
結局この日はこのミスから自分の中の歯車が狂ってまともに仕事をこなせなかった。この日は金曜日、たまたま残業が無い日だったが仕事が減った訳でもなく月曜日に先延ばしになっただけの事だ。
疲れ切った私のカバンの中には昼に食べた菓子パンのゴミと空になったペットボトル、そしてグシャグシャに詰め込まれた資料。家に帰っても待っているのは返事も何も帰ってこない暗闇、静まり返った部屋に一人。こんな生活も二年目だ。
(こんなはずじゃなかったのに…)
思い返される大学時代
半ば強引に入れられたマーメイドで振り回されながらもなんだかんだで楽しく過ごしていた。大学卒業と同時にそれぞれがそれぞれの道を歩む事を尊重して円満解散をした。
リカは相変わらず楽しい事を求めて全国を周っているし茉莉花はモデルの最前線で活躍、ダリアはダンサーとしてもバーテンダーとしても活動をしている。
そんな中で私は?
無難な会社に入って大した仕事も出来ずに、その日暮らしをし続けているだけの社会人。会社でも家に帰ってもほぼほぼ一人の時間ばかり、同僚の飲み会とかも基本参加しない。いや、出来なかった。
あの三人と一緒じゃないと呑めなくなっていた。何もかもが噛み合わない、何もかもが上手く行かない。マーメイドとしてDJをやっていた大学時代と今との格差、不安定な心にトドメを刺した。
「は、ははっ…何…やってるんだろうな…私…」
暗い部屋で壁にもたれ掛かる様に座りこむ。自然と涙が出てくる、あまりにも惨めな毎日を過ごすだけの自分が情けなくて仕方が無い。泣く事しか出来なかった。
ピンポーン
そんな暗い部屋に響く来客を知らせるチャイム、こんな時間に誰だろうか?宅急便とかを頼んだ覚えは無いが…
ガチャッ
「やっほー!さおり久し振り!!」
「…え?」
扉の前に立っていたのは紛れも無く瀬戸リカだった。声も姿もあの頃と何も変わらない、あの時のリカだった。でも突然過ぎる来客に混乱するばかり。するとリカはポケットからあるものを取り出した。
「はい!これさおりのやつでしょ?」
「え?あっ…定期券…」
どうやら私は帰り道の途中で定期券を落としてしまっていたらしくわざわざここまで届けに来てくれた様だ。
「いやー、それにしてもさおりの家に来るの久し振りだよね!あがるよ?」
「えっ!?いや、ちょっといきなり過ぎるんだけど!!リカ待ってよ!!」
そんな静止も何のその、相変わらずのスタイルで進むリカ。リビングに着くとすぐに背負っていたリュックサックを下ろして中から大量のお酒を出していた。
「ほらほら!そんな所で立ってないで一緒に全国のお酒を飲もうよ!色んな話もしたいしさ!」
「…無いよ」
「え?」
「話なんて何も無いよ!!」
色んな話、そんな物なんて無い。ただ惨めな毎日を二年間も過ごして来ただけの私に話せる事なんて何も無かった。大学時代と比べて本当に虚無な毎日、辛い毎日を話したくない、思い返したくもない。
「私は…あの頃の私とは比べ物にならない惨めな私でしかないの!!」
「……」
「なんで…?なんでそんなに変わってないの?何でそんなに明るいの!?私はどこで間違えたの!?」
キョトンとした顔をしているリカ、いきなり向けられた怒りの感情に驚いているのだろう。それはそうだ、かつての仲間から向けられた理不尽な怒りを受け入れるはずがない。
これは私のやり場のない感情をリカにぶつけた言わば八つ当たり、それを自分が一番分かっているからこそ一層辛かった。
「…ごめん、ちょっと私おかしくなってるんだよね。出てってもらって構わないから」
「何も変わってないよ」
「え…?」
顔を上げるとリカは私の方を向いてそう答えた。
「私もさおりも何も変わってない。さおりは大学時代と同じで毎日頑張ってるよ、部屋を見れば分かるもん」
「部屋を見ればって…」
「だってこの資料ってさおりが仕事で使ってる資料でしょ?私が読んでもよく分からないけど、さおりが一生懸命仕事をしているのはよく分かるよ」
リカの手にあるのは今日忘れていった資料、そこには赤ペンや付箋などでメモや記入をしたあとが。
「この資料だけじゃないよ?色んな所においてあるやつにも似たような物がいっぱい!」
「リカ…」
「さおりは偉い!一生懸命仕事をしてるんだから!!」
「…何、それ」
人の気も知らないで。私がどんな思いで仕事をしてるのか、どんな風に頑張っているのか、どういう言葉をかけて欲しかったのか。
「…何で、何で全部分かるんだろう…」
ようやく認められた頑張り、誰でも良かった。一生懸命頑張ってる私を認めて欲しかった。まるでそれを知っているかの様にリカは…
「大丈夫、さおりは頑張ってる。何も間違ってないよ」
「リカ…リカぁ…!!」
泣き崩れる私を受け止めてくれる、受け入れてくれるリカ。二年越しのリカはとても暖かく救ってくれた。
何分経っただろうか?ようやく落ち着いた私にリカが声をかける。
「落ち着いた?」
「…うん」
「よし!それじゃあ早速一緒に…」
「あの…さ、リカ」
「どうしたの?」
リカの飲み始めようとするのを遮る私、実はある事が頭に思い浮かんだのだ。
「折角二年ぶりの再会だし…さ、折角ならあの二人も…」
「フッフッフッ…みなまで言うなさおり!」
「え?」
自信満々に返事を返すリカ、すると…
ピンポーン
「…え?」
再び鳴った突然のチャイム、覗き込むとそこにいたのは…
「嘘…」
「やっぱり私達は四人揃ってなんぼでしょ?二年ぶりにマーメイド復活だぁ!!」
相変わらずの行動力、振り回されっぱなしの私、だけどそれでこそ、こうでなきゃいけない。やっぱり私の居場所はここしかない。
明日から二日間は仕事が休み、それなら潰れるまで飲んだって良いよね?二年ぶりに最&高な夜が始まる。