題名が思いつきません監督生ーーユウがオーバーブロットした。
アフターケアの意を込め、また女が男子校にあるボロ家に住んでいるという危険すぎる状況をどうにかする為、彼女にはきちんとした家が必要だった。雨風が凌げて、化け物も不埒な輩も出なくて、暖かく出迎えてくれる家が。
優しく愛を注げる存在が。
選ばれたのは、リリア・ヴァンルージュであった。
両手で持てるほどの大きさの鞄を放った。ディアソムニアの空き部屋などという暗さしかない場所はオンボロ寮を彷彿とさせ、なんだか落ち着く。ユウはそのまま床に倒れ込んだ。疲れている。
学園外での活動が、しかも自分の大好きな演劇が、こうも自分を苦しめてオーバーブロットにまで発展したなんて考えたくなかった。人を殺しかけたなんて思い出したくなかった。でも今日からは自由だ。もう男のふりなんかせずに済む。その代わり何があっても女だからと言われるかもしれない。
怖い。
なんだか心が黒く染まるような感覚に襲われた。
このまま黒に身を任せれば、
何もかも忘れて、
楽になるかも。
じわ、とインクが滲んだ。
コンコンコン。
月の光が闇に呑まれる。
きい、と窓が開いた。
「紅茶はどうじゃ、可愛い黒薔薇よ」
その言葉の衝撃でユウは何を考えていたのか忘れてしまった。寒気のするような台詞だが、低い声は何故だかそれを感じさせない。
「……ヴァンルージュ先輩、でしたっけ」
生憎人の名前を覚えるのは苦手なもので、と笑ってみせる。
「気軽にリリアちゃんと呼んでくれてよいのに〜。 それで答えはイエスかはいどっちなんじゃ」
「拒否権はないようですのね」
言うが早いか、リリアはユウを抱き寄せる 。そのまま視界が旋回して、気づけば自分の元いた部屋は爪先に隠れていた。
到着じゃ〜という声につられて背後を見ると、龍の鱗のような屋根瓦に覆われている。思わずここは、と尋ねると寮の一番高いところじゃ、という何とも曖昧な答えが返ってきた。リリアは召喚術でクッションとショッキングピンクの紅茶、それに極彩色のケーキを持ってふわりと着地している。
食欲が遠くへ逃げ出すような食べ物の筈なのに腹は鳴った。そういえば最近まともな食事してなかった、などと無駄な回想を挟むと隣の蝙蝠がニコニコ。
とりあえず比較的無事そうな紅茶に口をつける。
ふわ、と薫る薔薇から味の予想をしてぐい、と呷ると。
「あっっっっま!」
甘いアマイあまいなんだこれ!この世の甘いもの全部詰め込んでみましたみたいな味!蜂蜜と人工甘味料と砂糖が口内でパンクなライブしてる!
「喜んでくれたようでなによりじゃ」
友好のハーブティーを基に色々混ぜてみた、と聞こえたが食物であることを祈ります。
「何より味覚が生きていてよかったわい。味覚が欠けると食事なぞただの作業になるからな」
その言葉になんだか言いようのない深みを感じた。かつて自分がそうであったかのような言い方である。
「お主は偉いぞ」
ぽん、と頭に手が置かれる。わしゃわしゃ、と音がする。
「常識の通じない環境で、周りに流されず自分の意思を貫き通しておる、自分の身よりも先に大切な周囲を守ろうとする」
違う、全部自分の為だ。
「適応しようと努力している」
違うんです。
思わず大きな声が出た。
ユウはただただ話した。
私は偉くなどないのです。
ただただ言い訳を続けて、我儘を通して、ひたすら利己的に動いた結果がこれなのです。だから褒められるようなことはしていません。
堰を切ったように全て曝け出しても、この優しい蝙蝠は見下したりなどしなかった。むしろ愛おしさすら感じてしまった。
「人を見殺しにしたことはあるか」