あめ沛然と軽トラックの天井を打つ雨の響き。
ガラスの向こうの景色はひっきりなしに打ちつける雨粒でぼんやりとした抽象画のようになっていた。
なんとなく流していたラジオの声もかき消され、この狭い空間に二人、取り残されてしまったようだ。
忙しなく動くワイパーの動きも追いつかず、仕方なく治は路肩に車を寄せ、ハザードのボタンを押した。
助手席で心配そうにフロントガラスいっぱいの抽象画を眺めていた北信介もその判断に賛成らしく、一旦シートベルトを外すと、ゴソゴソと作業着のポケットを探りはじめた。
「この様子ならすぐに止むやろ。飴ちゃん、食うか」
「いただきます」
出てきたのは熱中症対策であろう、真新しい塩飴。
(相変わらずちゃんとしてはんのやな)
微笑ましい気持ちで受け取り、袋を開け口に放り込んだ。
「支度して待っとるやろし、早よばあちゃんにおっちゃんとこの梅届けてやりたいけどな。これはしゃあないな」
言いながら自分の分も探しているのであろう、ゴソゴソしていた信介のポケットから出てきたのは、封が開けられ、空になった袋。
そういえば、さっき梅を分けてもらいに行ったおっちゃんとこのちっちゃい子にも飴ちゃんあげてはったな。
子どもには袋を開けてからあげたのだろう。手持ち無沙汰に空袋を両手で小さく折りたたみながら、何事もなかったかのようにシートベルトを締め直して窓の外を眺める信介のことが急に愛おしく感じられた。
雨はまだ止まない。
治は助手席に身を乗り出すと、信介の肩を半ば強引に抱き寄せ、驚いて見上げる信介と唇を重ねた。
二人の間でコロコロと転がる塩飴と信介の舌を心ゆくまで堪能した後、ゆっくりと見つめる。
突然口移しに塩飴を返された信介は、驚いて目を丸くしていた。
「半分こしましょ」
「あほ、こんなとこで、誰かに見られたらどうすんねん」
「俺らラブラブですー言うて、最高の笑顔を返したりますよ」
顔を真っ赤にした信介が恥ずかしそうに目を逸らし、何かに気付いて徐に空を指さした。
いつの間にか空は晴れ、虹が渡っていた。
「さて、ゆみえさんが待ちくたびれてますね。早よ帰って梅仕事、頑張りましょ!」
田畑の真ん中でうずくまるように停まっていた軽トラックは、軽快に走り出した。