添い寝「なぁ、やっぱアンタ俺のモンにならへん?」
「人の気持ちを物みたいに言うんは好きやないな。欲しかったら頭でちゃんと考えて自分でなんとかせえ」
北信介はここ数日の自分の行動を激しく後悔していた。
任務の途中、ふとしたきっかけで出会った青年にうっかり危機を救われ、そのまま仔犬のように懐かれてしまったのだ。
どこまでもついてくる彼をうまく撒いたつもりが、彼は平然と宿近くにまで現れ、にこにこと後ろをついて歩いた。
このまま宿まで来られても困る。仕方なくいつもは寄らない食堂に入り(腹一杯メシ食わせたったら帰るやろ)と、助けてもらったお礼に夕飯をご馳走すると宣言したものの、彼は嬉しそうな顔でとんでもない量を平らげた。
青年の名は治と言うらしい。遠く離れた異国で耳にした同郷の名に、信介は懐かしさを覚える。彼はどう言った事情でこの国に暮らしているのだろうか。姉を攫うと脅され、よくない組織に手を貸している自分とは違う、良い意味での能天気さのようなものを纏う彼を羨ましくさえ思う。
なぜこれほどまでに自分に構うのかと聞くと、一目惚れだと言う。
俺はそんな大層な人間やないで。信介は心底そう思った。
会計を終え店を出ると、彼は向かいの屋台の肉まんにあからさまに興味を惹かれていた。キラキラとした視線を無視できず、買ってやることにする。彼は部屋で一緒に食うためにどこかでお茶も買いたいと浮かれていた。
「これ持って帰れ」
そう言うと、彼は幸せそうな顔から一転、この世の終わりを目にしたような顔をした。
しょんぼりと来た道を引き返す彼の後ろ姿を眺めていると、なぜかとてつもない寂しさを覚えてしまったのだ。
「……なあ。……添い寝。添い寝くらいなら、ええよ」
その言葉に振り返った彼の顔は、ぱあ。と明るく、やはり仔犬のように駆け戻ってきた。ただ、仕草が仔犬のようであるだけで、実際は虎やライオンほどの大きさがある。
なぜそんなことを言ってしまったのか、今となってはわからない。自分の浅はかさを後悔していた。
「コラ、変なとこ手入れるな」
「ええやないですか、減るもんやなし」
「ハラは減るもんや。特にお前のはな」
軽口に反して、後ろから抱きしめる治の腕は逃れようにもびくとも動かない。シャツの裾から入り込んで腹の辺りを撫でていた掌がゆっくりの上の方へ移動する。
「ふふ。アンタの肌、色も白いしすべすべのもちもちで、さっき食うた肉まんみたいやな」
安い宿のシングルベッドは成人男性二人で寝るには小さすぎ、必然的に密着することになる。治は信介の首筋に顔を埋め、大きく息を吸った。
信介は頬にあたる髪がくすぐったく、少し肩をすくめると、徐に首根っこを甘噛みされる。
「おい、腹減ったからって俺のこと食うなよ」
「食うてみたいのは山々ですけど。食ったらそれきり終わりなんて勿体無い」
もっと楽しませてくださいよ。
耳元で囁かれ、身体の奥がぞくりとする。治の手のひらが信介の脇腹を撫でた。
「痛たたたたた!痛った!」
信介は表情ひとつ変えず、治の二の腕をつねり上げ、地味な痛みにのたうちまわる治をベッドから蹴り落とした。
「もうあかん。お前はソファで寝ぇ!」
「えぇー、添い寝してくれる言うたやないですか」
「明らかに添い寝以上のこと期待しとるやろ。そんな奴の寝床はソファや!」