生まれて初めてダンスバトルに出たのは17歳の春。地方のクラブ、高校生だけのダンスイベント。優勝したところで憧れのダンサーの目に留まるはずもなく、俺は片田舎の高校生たちの間でちょっと有名になっただけだった。でも、あのバトルのお陰で今があることは間違いない。ダンスが好きだ。一生これだけで生きていきたい、そう思って続けて来た。他のダンスなんて目をくれる暇もなかった。それなのに。
「ちょっと。あなたのホールド強すぎなんですよ……ゴリラですか?」
「……っ、んなこと言われてもよ」
「ああもう、ただくっつけばいいって訳じゃないんですから。ほら、手の組み方も雑」
有川は指導者としては優しい方だったんだな。そんなことを思いながら、花岡の腰に再び手を添えた。何だこれ、そこらへんの女より細いんじゃないかと驚いたのが約一時間前。そこからずっと俺はダメ出しをくらい続けている。おかしい、大会では俺と有川のペアが勝ったはずなのに。
「一度勝ったくらいで、競技ダンスをわかった気になられちゃ困ります」
「そんなつもりはない。なあ、他の奴と練習したらいいだろ」
「たまたま誰も捕まらなくて、たまたまあなたを見つけただけです。シャドーも飽きたし。ほら、足」
「待……っ、シャドーの方がマシなんじゃないか」
「あ、今のは悪くなかったです」
う、と思わず唸った。さっきまでは仏頂面で文句ばかり言っていたくせに突然、天使のような笑顔で褒めてきたのだから。この調子で、と促されて自然とステップが軽くなる。音に合わせて自然と体が動いた。花岡が合わせてくれているからなのだろうが、ものすごく気持ちが良い。しばらく音楽に合わせて、好きに踊った。
「ルンバはいけますか?」
「ああ、大丈夫だ。……いや、練習相手になるくらいならって意味でな」
「あはは、十分です。高津さんくらい踊れたら」
それは本当に褒めてるのか、と疑わしい気持ちになったが、言葉通りの前向きな意味に受け取ることにした。接した時間は少ないが、花岡はダンスにとてもまっすぐな人間だと思った。踊るジャンルは違っても、人一倍努力してきた奴というのは何となくわかるものだ。きっと花岡も俺もダンスしかなくて、ダンスがあるから生きていられる。
音楽を変えて、再び花岡と向かい合った。纏う空気が変わるのが目に見えてわかる。
「……高津さん、恋人は?」
「は?……いや、いないけど」
「ルンバは、愛情の表現が最も大事と言われてるんですよ。そこが採点の基準にもなります」
「はあ……。まあ、他のダンスよりやけにゆったりしてるしエロくは見えるよな」
「そんな言い方……っ、いえ、間違ってはないです」
花岡が、ふふ、と笑った。さっきの天使のような笑みとは違う。明らかに誘っている表情。どこも触られていないのに背筋がゾクゾクした。体の芯が熱くなる。
「じゃあ今この時だけ、あなたのことを好きになるので。俺のこと、夢中にさせてください」
ひたすらに愛を求め、愛を与え合う二人を表現したダンス。正直花岡のレベルに釣り合うほどうまくやれる気はしないが、きっとそれは求められていない。花岡が欲しがっているのは『俺の』ルンバだ。
指先が触れる。伝わり合った熱がお互いの中で爆ぜる。ゆったりしたリズムに合わせてステップを踏んだ。腰がぶつかる。ほら、もっと俺を好きになれよ。俺ももう、あんた無しじゃ生きていられない身体なんだから。いつの間にか俺の方が夢中にさせられていて悔しい。細い体を抱き留めたとき、目が合った。きっとこのまま何時間でも、夜中まで、夜明けまでだって俺たちは踊っていられる。そんなことを思った。