【迅嵐】無題 誕生日を祝ってもらえると言うのはいくつになっても嬉しい。それが二十歳の節目で、仲の良い友人にともなれば尚更だ。
「迅、誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう。……ところで嵐山さん、表情がめちゃくちゃ険しいんですけど、おれ、何かしました……?」
嵐山は喜怒哀楽で言うところの喜と楽。爽やかで、明るく朗らかな表情をしていることが多いが、そんな嵐山が普段からは考えられないような、ましてや友人の誕生日を祝っているとは到底思えないような表情をおれに見せていた。
最近のおれはと言うと、女の子のお尻を触っていないし、早朝に開催されるコロの散歩のお誘いを理由も無く断ったり予知して逃げるような真似もしていない。食事だってぼんち揚だけじゃなく、肉も魚も野菜もバランス良く食べているし、睡眠時間だって最低でも六時間は取るようにしている。
つまり、嵐山に怒られたり、ましてや機嫌を損ねるようなことは一切していないのだ。
(え、何? 原因が全然分かんない……)
嵐山はとても良く出来た人間なので、自分の機嫌がどんなに悪かろうと、それを他人に──たとえ仲の良い友人に対してであっても、理不尽にぶつけてくることはない。なので、ここまで露骨に不機嫌さを出してくるということは、原因が嵐山自身ではなくておれ自身にあるということになる。が、全く思い当たらない。
明らかに機嫌の悪い人間に、しかも原因がこちら側にあるような状況で「おれ何かした?」なんて言うのは火に油を注ぐようなものでしかないが、これ以上嵐山に怖い顔をしていてほしくないと言うのが率直な心境だ。何故なら怒っている嵐山はとても怖いから。
クソデカボイスで喝を入れたり説教をする弓場ちゃんや周囲を巻き込んで滑り芸をする生駒っちも大概勘弁してもらいたいが、それよりも何よりも怒った嵐山が一番怖い。怒鳴ってくれるならまだ良いが、明朗快活を地で行く嵐山に冷めた目で対応された日には心臓とお腹の辺りがキュッとなってしまう。それだけは本当に勘弁願いたい。
これ以上怖い顔になりませんように、と祈りを込めながら嵐山の言葉を待つと、小さな声で「別に……」と返ってきて冷や汗が滝のように流れた。
……いや、もう無理。もう辛い。今すぐトイレに籠って便座の温もりに癒されたい。
「いやいやいや、別にってことはなくない? おれ何かしちゃったんでしょ? ホントごめん、全然心当たりが無くてさ。教えてよ、ちゃんと謝るから。だからさ──」
キリキリと痛む腹部を押さえながら、矢継ぎ早に許しを求めて話すおれに嵐山は「そうじゃないんだ」と言葉を被せてきたので慌てて口をつぐんだ。
「迅は何も悪くないんだ。ただ、二十歳になったし林道支部長や太刀川さんたちとお酒を飲み始めるんだろうなって思ったら何だか面白くなくて、拗ねてただけなんだ」
「え?」
「ごめん」
「拗ねてたの……?」
「あぁ」
「怒ってたんじゃなくて?」
すると嵐山はコクンと首を縦に振って「紛らわしくてすまない」と、罰が悪そうに頬を掻きながらへらりと笑うので、おれはへなへなと尻餅をついた。
「も、もぉ~! すげービビったじゃん!! 心臓に悪いからやめてくれる!?」
「いや、そんな顔に出てるとは思ってなくて……」
「自覚無し!? めちゃくちゃ出てたっての!! あぁもう、ホントやだ……。て言うか何? 何でそんなに拗ねてたわけ?」
「……笑わないか?」
「笑うかどうかは分かんないけど真面目に聞くよ」
すると嵐山は言いにくそうに指弄りをしだしたので「お誕生日様に対する迷惑料だと思って白状しなよ」と言うと意を決したように口を開いた。
「俺、初めてのお酒はみんなと……迅や柿崎たちと一緒に飲みたいから……。迅たち四月生まれがお酒飲んでるところを見たら、置いてかれた気持ちになりそうで、嫌だなって……」
……は? 可愛いかよ。
「……は? 可愛いかよ」
「え?」
「あっ、ごめん。何でもない」
三門市の男前なアイドルがあまりにも可愛いことを言うので、ついうっかり脳直で思ったことをそのまま口に出してしまった。
嵐山は八月、柿崎は十一月が誕生日だ。嵐山の言う通り、太刀川さんやボスたちに誘われたら特に断ることもせず一緒に飲んでいただろう。