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    tennin5sui

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    tennin5sui

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    シトバスカウントダウンに書いたやつ。
    掲載いただいた日に夜空を眺めると、同じ月が出てるよっていう仕様でした

    #マリビ
    malibi

    半月と三日月の間くらいの夜 地下という言葉には、死後の世界、夜の国など、陰気な印象が伴われる。転じて、悪の秘密基地や後ろ暗いところのある研究所などが設置されていることも、映画などの創作物ではあったりする。単純明快なシナリオ展開が求められる筋書きならなおさら、こうした一般的な印象を裏切らずに、地下空間という恐怖を設定に盛り込む。
     わざわざ、地上何十階のビルの上層に秘密を設けるなら、それなりの理由がないとオーディエンスは納得しない。そう蜜柑は思う。例えば、表向きは善良な企業の顔をしながら、汚い金を稼ぐ秘密結社だとか、地域の権力者が実は裏社会と繋がりがあった、などの場合だ。

     だから、こんな小汚い集団がなんでビルの屋上なんかに陣取って研究をしているのだ、とつい理不尽な感想を持ってしまう。両手に食い込むワイヤーが、ガチャついた音を立てる。同じ音を立てて階段を駆け降りる檸檬の後頭部が、踊り場を回りこんで視界から外れる。蜜柑も続いてターンをする。左脚を軸に体を回転させるように動いたせいで、右手のケージが大きく外に振れて、中のコオロギが慌てたように、それでいて玉を転がすような羽音を立てる。ただし、一匹や二匹ではないコオロギが同時に鳴き始めたので、涼しげで爽やかな風情はなく、かなり雑然として聞こえてくる。
    「檻壊れたか」檸檬が振り返らずに、大声で聞いてくる。
    「いや、大丈夫だ。それより」
    背後からドタドタとした、鈍そうな足音が迫ってくる。研究員たちはやっと大切な実験動物が盗まれたことに気づいたのだろう、ただし、こちらは既に三つほど下の階まで駆け降りている。

     避難階段は一階まで真っ暗な口を開けている。けれど、檸檬と蜜柑はその途中の踊り場で重たい扉を開け、展望フロアに抜ける。この階には、ガラス張りの回廊を挟み、エレベーターフロアを通り越した先のエントランスに、来客用の広々とした階段が設置されている。追手からの追求を混乱させるため、正面玄関を利用するつもりだ。
     防火扉をゆっくりと閉じる。密閉性の高さから、追いかけてくる研究員たちの足音は途絶えるが、追われているかどうかを悠長に確認している暇はない。二人は横並びになって、歩きやすく毛足が短く整えられたラグマットの上を走る。日頃は眺望を楽しむ客が行き来する展望フロアだが、営業時間外の今は二人のためだけに道を開けている。

     照明のない場所では、窓ガラスの反射さえ明るく感じられた。全身が丸ごと映り込むほど巨大なガラスに目を向けると、街明かりのはるか上空に星空が見える。中でも銀色に瞬く、一際明るい星が目に入る。ケージのコオロギたちは、声を潜めており、時折、数匹が思い出したかのようにコロコロと羽音を立てる。
     目線を下げると、檸檬は景色を見下ろしていた。ガラスが途切れ、エレベーターフロアに差し掛かり、二人とも同時に前を向く。正面玄関を駆け降り、あらかじめ錠前を外しておいた自動ドアをこじ開けると街へ駆け出していく。
     明かりのないビルに寄る人はおらず、二人だけ足音を高く響かせながら、停めておいた、害虫駆除業者のロゴが大きく入ったバンに乗り込む。
    「すげえ階段使ったな」
    「十階は駆け降りたからな」
    「あれだけ降ったのに、まだ地面が下に見えるのは、ちょっとゾッとした」
    「空は綺麗だったけどな」

     檸檬の左手がサイドブレーキを引き、吸い込まれるような静かさで車が停まる。窓の外を眺めながら、蜜柑はその手首を握る。月もない夜の明かりのない車内は真っ暗で、星明かり程度では、こんな街中を照らすのには足りない。
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