どっちだ 一人暮らし用の電気ケトルの容量は意外に少ない。カップラーメン二個くらいだったらなんとかなるが、焼きそば二つともなると量が足りなくなる。こういう時は蜜柑がポケットから取り出した硬貨で順番を決める。
「どっちにする」「表だな」「じゃあ俺が裏だ」
蜜柑が右手をのけると、裏面の装飾的な植物の意匠が目に入る。俺の勝ちだな、と蜜柑が自分のカップにお湯を注ぎ、檸檬はもう一度ケトルのスイッチを入れる。
「こういう時、毎回蜜柑が勝つよな。コツでもあんのかよ」
「あるわけないだろう。おまえの観察眼が鈍いんだ。よく見てりゃ、分かる」
そんなもんだろうか、とよくよく目を凝らしてみるが、一瞬のうちに翻る硬貨の裏表を見極めるほどの視力は、どんな人間であっても持っているわけがない。悠々と出来上がった焼きそばを食っている蜜柑に、待っててくれてもいいだろうがと文句つけながらタイマーを睨みつける。
「おい、じゃあもうひと勝負しようぜ。どっちがコーヒー淹れるか」
「俺が淹れた方が美味いだろうが」
「勝負から下りる気か?」
大体、お湯の順番だって譲ってやっただろうが、と迫ると面倒くさそうな顔で再び硬貨を手のひらに乗せる。
「で、どっちにする?」「表に決まってる」
ピン、と蜜柑の指先が硬貨を跳ね上げる。すかさず、空中で硬貨を捕まえる。檸檬が握り締めた拳を開くと、硬貨は裏側を見せ手のひらに寝転んでいる。そっと裏返してやると、やはり裏側を向けてこちらに向き直る。
やっと気づいたのか、と蜜柑が顔に似合わない軽い笑い声をあげた。