檸蜜好きなんだな、と気づいた瞬間に脳裏をよぎったのは「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇だ」というチャップリンの言葉で、実際その通りだから笑えてしまう。俺が檸檬に対して抱く感情に甘さを見出した瞬間、痺れるような胸の痛みと莫迦莫迦しいなという嘲笑を同時に抱いた。
理由も分からない、どこにも行かないでほしいという気持ちで檸檬を縛りたいわけではない。そもそも、相棒として培った、この関係の中で出来上がった感情を、これ以上捏ねくり回す必要などあるのだろうか。今が最上な関係じゃないのか、という葛藤、そんな葛藤すら抱きたくはなかった。
今日の昼に、檸檬を褒めた。いや、褒めたというほどの言葉を掛けたわけではない。いいじゃないか、と同意した程度のことだ。それでも檸檬は、満足そうに笑った。
「なあ、蜜柑」
「なんだ。もう寝ろ」
ベッドの隣に敷かれた布団から、檸檬が呼びかけてくる。たびたび訪問してくる相手に、やむなく買った格安の布団一式は、すでに枕がひしゃげている。丁寧なのか、乱暴なのか分からないが、週に一回は洗濯機の中に乱暴に突っ込まれているために、通常よりくたびれているのだ。
「トーマス君の映画が今度公開されるんだよ。観に行こうぜ」
「通常は三十分しかないアニメを、長編にして面白いのか」
「違った面白さがあるんだよ。考えてもみろ、わくわくするような冒険がたくさん観られるんだぜ。おまえも好きだろ、インディ・ジョーンズシリーズと同じだ」
「あれは、鉄道が出るから好きなんだろ」
すげなく返すが、檸檬は次の仕事の日程を挙げ、水曜日なら空いているな、と勝手に決めてしまう。決めてしまって、気づけばもう既に寝息を立てているのだから驚く。
檸檬の寝顔を見つめる。もっとも、くらい部屋で顔なんて見えやしない。寝息と、そこに横たわっている檸檬の安息だけを感じる。
せめて、手でも握ってみたらどうだろう。背中に回される腕や、向かい合って座った時に触れる靴の先に、俺は何を感じるのだろうな、と考えて、他愛のない行為とそれを意味のあるものにする感情との壁を、部屋の暗がりで隔たった檸檬の寝顔に見てしまう。
そう考えてみると、今この感情は、肉体的な触れ合いのみを欲しているのだろうか。もし本当にそれで満足できるのならば、これまで積み重ねてきた言葉や物語の山に、自身の感情を埋めてしまって、なんという悲劇でしょうか、と言う締めの言葉と共に終わらせてしまった方がいいのだとは分かっている。
「檸檬」
返事のない寝顔に声を掛ける。熟睡しているのは分かっている。
「俺はな、おまえが持っているシールくらいなら、全員、名前を覚えてるんだぜ」
みじろぎもせず、仰向けのまま寝転がっているさまに安堵する。けれど、いっそ破局点を迎えてしまいたい気持ちも、確かにある。