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    完全パラレルもの書きました。大正風スチームパンク。鳴瓢さんと本堂町さんとちょっぴり富久田。カップリングなし。

    #ID:INVADED

    夜の底はぜんまいの音 蝉がいなくなってから羽織りが必要になるまでとはこんなに短いものだっただろうか。空は秋晴れ――といいたいところだが、帝都の空はいつでも灰色だ。わかりきった風景を見上げることはせず、俺は薄手の襟巻きを軽く引いて隙間を詰める。かしましい女学生の群れを避け、大通りを足早に抜けていく。
     煉瓦の敷き詰められた道に下駄の音はよく響いた。ほどなく足先は路地の薄暗がりを踏む。少し、あてどもない遠回りをしてから曲がり角で立ち止まる。目的地――そびえ立つ石造りのビルヂングを遠目からしばらく窺ったが、人の出入りはひとつもなかった。視線を素早く左右に振ってあたりにひとけのないのを確認してから道を渡る。開けっぱなしの門をくぐり、細い階段を伝って、一枚の扉の前へ。
    〝御用の方は呼び鈴を〟
    「……」
     見事な浮き彫りレリーフが施された扉にくっつけられているのは手書きの紙切れだ。注意書きにしてはやたらと高い位置に貼り付けられているばかりか、なんだか斜めになっている。俺はきつく目を細めた。人差し指を伸ばして紙切れをめくり上げる。獅子ライオンと目が合う。俺はげんなりとため息をつき、紙切れをもとにもどした。ドアノブを引っ掴み、注意書きを無視して扉を開く。
    「おい、邪魔するぞ」
     踏み込んだ部屋は混沌であった。
     目の前に広がる光景は、頭上で涼やかに歌った真鍮の鳥の声が哀れに思える程度の悲惨さだ。外は真昼間だというのに部屋は薄暗く、様子を知るのにはじっくり目を凝らさないといけなかった。いったいなにに使うのかさっぱりわからない物品が所狭しと積み上げられている。扉の真正面に据えられた洋風の応接セットにすら客を座らせるつもりがないとしか思えない。机の上の洋燈ランプに火を入れたらたちまち火事になりそうだ。大きな本棚に雑然と詰め込まれた本の隙間からはぐしゃぐしゃの書類がはみ出ているし、周囲の床には分厚い帳面や新聞や雑誌が塔になっていたり雪崩れていたりする。喉まで迫り上がっているため息をこらえ――これから先、同じ程度の事象にいちいち酸素を使わなければならないのは癪だ――かろうじて床の上に残っている通路らしき隙間を俺は音高く歩いた。たどり着いた窓際で立ち止まり、閉じられている分厚い窓掛けカーテンを掴んで一気に腕を振り抜く。
     大きな窓から差しこんだ光が荒れ放題の部屋を無情に暴き立てる。んへぇ、と情けない声がした。俺は振り返る。「そこにいたか。本堂町」
    「……、え、あれぇ、鳴瓢さん?」
     半分が荷物で埋まった来客用の長椅子の半分に詰め込まれるような格好だ。寝ぼけ眼の小柄な女は張子の虎の姿だった。首から下を毛布でくるみ、首だけ上げてこちらを見ている。目を限界近くまで細めているのは、突然浴びせられた光がまぶしいのか、眠気のためか、どちらだろう。
    「えー、いらっしゃるなら連絡くらいしてくださいよぉ……、わたしだって暇じゃないんですから……」
    「寝っ転がって寝てたじゃないか」
    「今日の明け方まであたりを巡回してたんですよ。このところ、なかなか物騒でして」
     腫れぼったいのか、目蓋をこすりながら女が起き上がる。肩からずり下がった毛布をまた巻き付けながら、こちらに遠慮もなしにあくびをしている彼女から俺は目をそらす。あらためて部屋を見渡してみるが、彼女以外に動くものはなかった。
    「富久田はどうした」
    「さあ。またどっかに穴開けて遊んでるんじゃないですか」
    「……少しは管理しとけよ。さすがにこの事務所、買い取ったわけじゃないだろ。玄関扉のあれ、どうすんだよ」
    「うーん、ちょっと目を離した隙にやられちゃいまして。どうにか誤魔化さないとですよねえ」眉根を寄せた女は指先で側頭部を掻いている。「まあでも、たくさん廃棄前の引き取ってきたんで。しばらく壁に被害はないかと」
    「相変わらずの前衛芸術家っぷりで」あきれて軽く手を振る。無機物に占拠された部屋のどこかに座るのを諦めて窓枠に背中を預けると、女はねむけの残った目で俺を見た。
    「鳴瓢さんこそ、もううちにはもどらないはずでは?」
    「そのつもりだったけどな。仕事を頼みたい」
     本題を繰り出すと女の顔は猛禽のそれに切り替わった。「報酬は?」
    「今のところ宛てはないが――」
    「お帰りはあちらです」
    「まあ待てよ」玄関を示した女の指を下ろさせるような仕草をして、俺は言葉を継いだ。「報酬については俺の自由にならないって意味だ」
    「というと?」
    「もともとの依頼者は俺じゃなくて百貴さん――」
    「話を聞きましょう!」
     女は勢いよく立ち上がった。腰を上げた速度のままで応接机の上に彼女の手が伸ばされる。こんもり積み上がっていた紙の束は女の二の腕で押し出すように床へと崩落させられた。派手な音とともにたちまち机の上には、女が毛布の中から取り出した帳面が広げられる。えーっと、と首をめぐらせた女は「あ、そこかぁ」とつぶやき、かたわらに積み上がっている謎のがらくたの群れに手を突っ込んだ。数秒もたたないうちに、どう考えてもゴミの山としか思えない場所から万年筆が掘り出される。身体にまとわりつかせていた毛布をそこいらに放り出してソファに座り直し、いそいそとキャップを引き抜く女を見ながら俺は懐かしい感情をゆっくり撫でた。いつ見ても奇術かなにかを見せられている気分になる。
     ともかく。俺は陰鬱につぶやく。
     俺の声はいつでもそんなものだが。
    「変わり身が早すぎないか」
    「百貴さんにはお世話になってますし、現役の警官が内密に持ち込んでくるような話は聞くだけ聞いとくと色々使えるネタになりますし」
    「悪かったな、ただので」
     睨みつけるでもなくつぶやく。女はさっぱりと笑って「現役ばりばりの警官にコネのあるごろつきはじゃないと思いますよ」と言った。「で、いったいどういう話なんですか? 失せもの探しは大得意ですが、捜査の専門家がわざわざ一介の民間業者に持ち込んでくるなんて」
    「まあ、ちょっときなくさい話だよ」
    「そうでしょうねえ」
     心得ている、と女がうなずいたときだった。
     部屋の奥のほうで半分がらくたに埋もれかけている小さな扉のドアノブが回った。
    「お嬢ちゃん? なんか音がしたけどまた何か崩壊させたんじゃ――」
    「あ」
    「……」
     女はひとつ瞬いて、俺は鼻の付け根に皺を寄せて。それぞれ声のしたほうを見る。どうも、人を通すのに充分な範囲ですら開かないらしい扉の向こうには、おどろおどろしい顔がのぞいていた。彼の頭の位置は建物のつくりに対してかなり高い。散らかりすぎの部屋を無視するにしても、どうにも窮屈そうである。激しく焼けただれたような痕跡のある半分だけの赤ら顔が俺を見て嬉しげにほころぶ。
    「おっと、兄貴じゃないか」
    「寄るな触るな俺はお前の兄貴じゃない」
    「まだ一歩も動いてないのに随分な扱いだ。間の日付がわからなくなるくらい久々に会うっていうのに」
    「お前に限ってそんなことが絶対にあるか」
    「買い被りだよ、俺そんなに頭よくないよ。いかれてはいるけど」
    「自分で言うか」
    「自覚してなかったら衝動は止められないじゃん」
    「止め切れてたら獅子ライオンの額に風穴は開かない」
    ?」
     俺はついにため息をつく。「頭に聞かせる話はない。失せろ」
    「そんなぁ。俺だって一応ここの従業員だよ」
    「なら俺は依頼者だ。最初に話を通すべきは所長である本堂町であってお前じゃない。お前がこの仕事に必要かどうかは彼女が決める。つまり、今はお前の出番じゃない」
     我ながら立て板に水というのがぴったりだと思った。俺がそこまでしゃべり終わると、男の顔からは表情が消えた。
    「お嬢ちゃん」
    「何?」
    「慰めて」
    「あとで呼ぶからそっちで待機してて」
    「はぁい」
     男はおとなしく引き下がっていく。がちゃんと閉じた扉から視線を逸らさず、俺は尋ねる。
    「あれ、慰めてやんの?」
    「特になんにもしませんよ?」
     だと思った。


     女が万年筆にキャップをかぶせ、帳面を閉じる。仕事の段取りはひとまず終わりだ。ここからは情報収集の時間だった。女たちは帝都の地上で――俺は地面の下と、裏側で。
    「ボイラー区にはいつ降りるんですか?」
    「準備が出来次第、すぐにだ」女の座っている長椅子の隣を通り過ぎ、俺は玄関へと向かう。「長期戦になる気はするが、それでも最初は急いだほうがいいだろ。どうもでかい話が動いてそうだ。情報屋どもが逃げ出す前にとっ捕まえないと」
    「頼りにしてますよ――って、ああ、そうだ!」
    「ん?」
     穴の開いた玄関扉を目の前にして俺は部屋の中を振り返った。女は急ぎ足で長椅子を離れ、部屋の奥の執務机に取り付いた。言わずもがな周囲は荷物でいっぱいだったが、蹴り飛ばすようにしてものをかき分け、彼女は机にくっついている引き出しを開いたようだった。背中を丸めてごそごそやっている。俺が黙って見ていると女はほどなく身を起こした。彼女の明るい笑顔が窓からの光の下で覇気とともに輝く。
    「これ、必要じゃないですか?」
    「……まだ持ってたのか、それ」
     あきれたような声になってしまったのは仕方がないと思う。
     俺と彼女が組んで仕事をしていたのはもう五年も前のことで、事務所もこんな立派な建物ではなく、もっと小さな木造の部屋だった。引っ越しをしたのは俺が面子から抜けて、代わりにあの男が正式採用されたとき。俺の荷物は全部捨ててくれと言って部屋を去ったはずだったのに。
    「これだけはとっといたほうがいいんじゃないかって思ってですね」女が両手を軽く振る。風が起こり、空気中の埃が舞って日光の中できらきらと光った。彼女の手が掴んでいるのは、らくだ色の大きな薄い布だ。軽くて丈夫なトレンチコート。それが俺のかつての仕事着だと俺は知っている。一旦広げたコートをぐるぐると丸めながら女が言う。「ずっと仕舞い込んでたんで、どっか虫が食ってるかもしれないですけど」
    「それはまあ、繕う」
    「あ、着ます? よしよし、わたしの勘も捨てたもんじゃないですね」
    「古い馴染みを回ることになるわけだからな。当時の格好をしておくのはいい考えだ。俺を覚えてるやつがどれくらいいるかはわからんが」
    「きっとたくさんいますよ」
     雑然とした部屋をくねくねと歩いて、女が玄関までコートを届けてくれる。俺が片手で受け取ると、彼女は両手を背中に回して俺を見上げた。
    「じゃあ、よろしくお願いします。さん」
    「ああ」
     古い通り名を呼ばれては苦笑を浮かべざるをえない。
     じゃあな、と布の塊を持ち上げてみせ、俺はまだ明るい街へと踏み出した。
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    shido_yosha

    DONE鳴+百。
    「同じ場所に辿り着いていたらいいですね」
     鳴瓢が目覚めたとき、視界に映ったのは、暗い足元と身体の前面を覆うチェスターコートだった。コートは鳴瓢の所有するものではなく、平素親しくする先輩の香水が香った。
     曖昧模糊とした意識で目線をあげる。どうやら誰かが運転する車の助手席で居眠りをしてしまっていたようだ。
     五人乗りの車両は現在夜の高速道路を走行しているらしく、右車線や前方を並走するのは普通車より運送会社のトラックのほうが多かった。
     隣の席へ首をまわす。短髪で端正な横顔が、テールランプに照らされて窓辺に頬杖をついていた。普段は皺がつくからと嫌がるのに、珍しく、ライトブルーのワイシャツの袖をまくっている。
    「……ももきさん?」
     鳴瓢が掠れた喉で呟くと、運転手はこちらを一瞥して、
    「起きたか」
    「あれ……俺なんでここに……」
    「はは、寝ぼけてるのか。湾岸警察署と合同捜査してやっと事件を解決した帰りだ。五日間不眠不休で走りまわって、犯人捕まえたとたん、お前、ばったりと倒れたんだぞ」
    「そうでしたっけ……でもこのまま直帰しないんですよね」
    「ああ。あそこへ向かわなきゃならないからな」
    「はい。あの場所に必ず行かなければならない」
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