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    auuauumu

    @auuauumu

    葬送領主と悪党の小説練習置き場です。BLです。

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    auuauumu

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    グリュック様 beginning
    息子の死から、どう立ち上がったのかを考えた話 
    迷ってるけどピクシブに出す

    正しい夜明け息子と言い争いをした。私にしてみれば、他愛のないけんかだった。

     息子は最近政治に興味を持ち始めたようで、(名ばかりだが)領主である私を相手どって政治議論をふっかけることも増えていた。この城塞都市で息をひそめるように過ごす日々、未来そのものの息子と過ごすひと時は、私にとって何物にも代えがたかった。

    「今日は君の好きなクッキーもある。」そう息子を誘うと、
    「私はもうクッキーで喜ぶような年ではありません。」
    と生意気を言い、今日も何やらぎっしり書き込んだメモを携えて彼はバルコニーのテーブルについた。

    執事の淹れた紅茶を飲み、バターの香るクッキーを齧り、彼は正義に燃えた目で熱弁を振るう。息子が何気なく口にするそのクッキーは、おそらく庶民は生涯口にできない。
    「父上、今年の冬、飢餓対策はどうなさるのですか。」
    「◯◯殿が計らう予定だな。」
    「それでは今までと何も変わらないではありませんか!」
    「残念だが、もう決まったことだ。さて、代案なき反対はただの愚痴と同じ。君はどんな手段があると思う?」
    「私は―」

     彼の案は今のヴァイゼでは到底不可能だが、若者らしい公平さと正しさに満ちていた。その傲慢さが、眩しい。
    (生意気を言うようになったな)
    彼の成長に、思わず口元が綻ぶ。
    「父上、真面目に聞いてください!」
    彼は頭から湯気でも出しそうで、そんなところも愛しく思う。短気なのは私譲りだ。
    …ただ、その気質を少々危うくは思っていた。



     その日、重要な政策を決めるはずの議会で挨拶を済ませた後、早々に執務室に下がってきた私に、息子が諌言を呈したのだ。
     「父上!なぜこちらにいらっしゃるのですか!」
    足音荒く音を立ててドアを開けたのを「はしたない」と嗜めたところまでは、はっきり覚えている。そして、
    「父の仕事に口を出すより前に、君にはやることがあるはずだ。」
     確か、そのように答えた。青年ならではの潔癖さを、その日虫の居所がわるかった私は少々煩わしく思ってしまったのだ。
    「…教師から聞いている。最近政治にお熱のようだが、君が取り組むべき課題はどうしたのかね?」
    彼の痛いところをつき、適当にあしらった。
    それを聞いた息子は顔を赤くし、くるりと踵をかえすと部屋を出て行く。
    その後ろ姿が、私の見た最後の生きている彼だった。

    +++

    気づけば、息子は花に囲まれ棺に収められていた。
     立ち尽くす私の横で、葬儀人の老爺が一礼をし、屈みこむ。(一体何をする気だ)その動きを目で追った。 
     彼はその皺だらけの手を組み祈ったあと、息子の額に残った僅かな血の塊を布で丁寧に拭い、懐から取り出した紅をその頬と唇にごく薄くさした。
    すると、若く張りのある肌が血色を取り戻したように見える。
    『父上、ご心配をおかけしました。』
    息子がそう言って起き上がるのではないかと思った。
    「まだ蓋を閉めないでくれ、息子が起きるかもしれない。」
     そんなはずはないと思いながら、そう口走った気がする。だが、葬儀人たちは痛まし気に目を伏せ、その役目を全うした。

    叫んだような記憶もあるが曖昧だ。その後の日々も、どこか現実感がなく目の前に薄いモヤがかかり続けていた。
     強すぎる悲しみから起こるものだろうか。場所も時間も関係なしに急な眠気に誘われた。許される限りその場に座り込み目を閉じて眠ろうとするが、眠れるわけもない。意識が遠のく度、耳元で、遠くで、
    「父上、なぜこちらにいらっしゃるのですか!」
     あの時の息子の声が聞こえるのだ。

    +++

    「領主様は、何か嗅ぎまわっておられるようですな。」
    雨上がりの肌寒い日の事だった。
     その日、領主の屋敷に息子の弔問と称して訪れた貴族の男。彼は、じっとりとした目つきで私の顔をねめつけた。
    「…どういう意味かな?」
    表情も変えず私はそう答えた。どうやら、男は私の息子の死について再調査をさせていることに勘づき、釘を刺しに来たようだ。

     男はふん、と鼻で笑った後、金の鎖をあしらったモノクルの位置を直す。
    「いいえ、独り言ですので、お構いなく。…それにしても、ご子息の事は残念でしたな。まさかこのようなことになるとは。ご子息はご立派でしたな。あの日も、私どもに向かって『あなた方には政治家としての資格がない!』とまで宣いましてな。」
     息子の声真似までして男はくつくつと含み笑いを漏らす。付き添っていた傍仕えの若い男まで、口もとを隠して笑いをこらえている。

     頭の芯が急激に冷える。この男が、息子を害することを命じたのはわかっている。ただ、狡猾で慎重で、証拠を残していないだけで。
    「…息子が言ったのは、事実では?」
    自分でも驚くほどの冷たい声が出た。
    「確かに、私どもなど、ご立派な領主様に比べたら政治家としての力も才覚もございませんからなあ。」
    「何を…。」
    「ああ、言葉が過ぎ失礼いたしました。あまりお時間を頂くのも恐縮ですので、そろそろ。」

    にやにやと不快な笑みを浮かべながら、男は私に向かい、ことさらゆっくり言った。
    「ご子息様は、お父上の不甲斐なさに、耐えられなかったのでしょうなあ。これに懲りたら、領主様も大人しくなさいませ。」

    男がドアの向こうに消えた瞬間、私はガラス製の水差しをドアに向かって投げつけた。男が見舞いに持ってきた、嫌味のように無駄に豪華なものだ。
    「この悪党めが!」

    「がしゃん!」と派手な音を立てて割れた水差し。使用人達は悔しそうな顔をしながら、粉々に散ったかけらを何も言わずに片付けた。

     バルコニーの外から、四頭立ての馬車の騒がしいいななきが聞こえ、それが次第に遠ざかる。その音を聞きながら、私は血が滲むほど強く拳を握りしめた。
     その貴族の訪問からほどなくして、再調査が打ち切られることになる。証拠不十分で公的に罪を問うことが不可能になった。だが、諦めるなどできるはずがない。
    (結論は覆らなかったが、私にはまだやれることがあるはず。)
    また、眠れなくなった。

    ++

    あの忌々しい訪問から1週間ほどが経過した。私は執務室で何とか調査を再開させるための算段を考えていた。

     イライラと爪で机をたたきながらまわらない頭をなんとか動かすため、紅茶を濃い目に淹れるよう、執事に指示をする。
    (もう持ち駒もほとんどない。最小の手で、次の動きを考えねば…)

    「グリュック様…差し出がましい事を申します。」
    執事が紅茶を淹れながら、珍しく私に話しかけてきた。普段は「使用人は道具であり、余計な口など利かぬよう」と古風なプライドを持って仕事をしている者であるのに。
    「何だ?」
    「お嬢様にお会いになりませんか?寂しがっておられますよ。」
     丁寧な仕草で、目の前に置かれたカップ。亡き妻の愛飲していた紅茶だ。香りも良く、細やかな気遣いで淹れられたのが分かる。

    「今は、そんな時ではない。」
    だが、今はそれを味わってなどいられない。目の前に置かれたそれを一息に飲み干し立ち上がると、暖炉の上、鏡の中の自分と目が合った。
     ひどい顔だった。身なりこそ使用人の手で整えられているが、真っ白な顔に目ばかりがギラギラとしている幽霊のようだった。
    「ああ‥。」

    ふと、肩の力が抜け思考が戻る。そういえば、ここしばらく娘の世話もナニーに任せきりだった。今までは、どんなに忙しくとも日に1度は顔を見ていたはずなのに。
    「…娘を、連れてきて、もらえるか。」
    「はい、直ぐに!」

     執事はパッと顔を輝かせ、近くに控えるメイドに声をかける。メイドは大急ぎで部屋を出ていき、ほどなく部屋がノックされた。ナニーに抱きかかえられた娘が部屋に入ってくる。妻によく似た、癖のある薄茶の髪に、淡い色のワンピース。

    「レクテューレ。」
    名を呼ぶと、胸の中にぽっと温かなものが灯る。娘は私に抱っこをせがむように両腕を伸ばし、それにこたえて抱え上げると、ずしりと重い。
    「知らない間に、こんなに…重くなっていたんだな。ずいぶん寂しい思いをさせたね。」

     ほおずりすると、ばら色の頬は丸く子供らしい柔らかさだった。幼な子特有の甘い匂いが鼻をくすぐり「キャー!」と高い声が上がる。そして、娘は私の顔をじっと見つめると、その小さな手を私の顔に伸ばし鼻をぎゅう、と掴んできた。
    「いたた、いたずらっ子だな、レクテューレは。」
    (いつの間にか、こんなに力がついていたのか。)思わず笑みがこぼれる。それを見た使用人達が、ナニーまで涙ぐんでいるのが目の端に見えた。
    (ああ。私は、見るべきものを見ていなかった。)

     力が抜け、思わずしゃがみ込む。そのまま腕の中の温もりを抱きしめると、その小さな手が慰めるように、私の背中をとんとんと叩いてきた。
    …使用人たちが愛情深く関わっていたのだろう。その柔らかな髪に鼻先を埋めながら、
    「レクテューレ。明日から、かならず、お父様と食卓を囲もう。」

    思わず声が詰まる。私が何を言っているかなんてこの幼い娘にはわかるはずもないとおもったが、腕の中のレクテューレはそれに
    「はーい!」
    と元気な返事をしてくれた。

    +++

    レクテューレと食卓を囲むようになってから、しばらくたった。日に日に成長する娘。ついこの間まで喋る気配もなかったのに、今日は「おとうたまは?」と言ったとナニーが伝えてきた。

    そんな何気ない日々を重ねるうち、「あの子の部屋に、入ろう。」そう自然に思えた。
    使用人を伴い固く閉じられていた鍵を開けさせ、息子の部屋に入る。ぐるりと見渡すと、主のいない部屋はひどく静まり返っていた。あの日から、この部屋の時は止まったままだ。棚の一番良いところに、飾るように置かれていた妹への特別な誕生日プレゼント。日は過ぎてしまったが、これは私が開けずに娘に渡すべきだろう。

     (筆まめな息子のことだ、メッセージカードもあるはずだ)
    机の一番上の引き出しを開ける。はたして、息子の趣味とはかけ離れた、可愛らしい色のカードが一枚。
    そして、その下に一冊のノートがあった。
    「これは?」
    見たことのない表紙だった。

    『よきヴァイゼのために』見慣れた息子の筆跡で、そう書いてある。私はそのノートをパラパラとめくった。
    ヴァイゼの問題点、解決策。そういったものが取り留めなく、だがびっしりと書かれていた。私の息子は、思ったよりもよく勉強をしていたようだ。甘いところは多々あるが、的外れではないし、法にのっとった案が並ぶ。

    そして、ノートの中頃、ひときわ大きな文字でつづられた言葉。
    「領民に十分なパンを。政治が正しく行われ、汚職には、厳罰を、か。…ふふ、はははは!!」

     涙がボロボロと頬を伝った。拭われることもないそれが顎を伝い落ちて、机にぼたぼたと染みを作る。

    普通のこと!なんと普通の事ばかりなのだろう!それすらも行われていないのがここ、ヴァイゼだ。こんなことのために君は死んだ。どうしようもない悪党たちの手で。

     私はひたすら息子の筆跡を追う。時間が経つのも忘れ、何度も何度も文字を追い、すっかり内容をおぼえたころにノートを閉じた。

     あの一族への憎しみは今もなお燃えるようで、すぐにでも皆殺しにしてやりたいと思う。
     だが、ヴァイゼは法治国家ということになっている。ならば悪は、定められた法において責任を取らせるべきだ。君の夢見た、”よきヴァイゼ”がそうであるように。私は、法の通じぬ世界で殺し合い憎しみ合うこの世界と闘うと決めた。そして、私が死んだ時には「お父様は、ヴァイゼの領主だったよ。」
    そう胸を張って君に会えるよう。

    「これは、私の宿題だ。」
     いつの間にか夜が明けていた。窓の外に、禍々しいほど美しい朝焼けが見える。夜の闇を塗り替えようとする鮮やかな赤が、流れ出る血の色にも見えた。
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