もうすこし「スズラン、今回の任務。お前は屯所へ残っていろ」
部屋に響く声は厳しく、つんと突き放す様。いつもより険しい顔で、藤堂平助はスズランに言い放った。スズランは長い睫を蓄えた大きな瞳を瞬かせて「え?」と吐息の様な小さくか細い声を漏らした。シンと静まった部屋にその声は響いて、藤堂はわざとらしく大きなため息を漏らしながら「聞こえなかったのか?ついてくるなと言っている」とだめ押しの一言。スズランは喉まで出かかっていた「なんで」という疑問を静かに飲み込んだ。しかし、その疑問は顔に出ていたのであろう。藤堂は何度目か分からない溜め息をついて、木で作られた腕で足元を指した。
「その足で、長い距離、歩けるわけないだろう」
その手、の代わりの木は。
スズランの右足に巻かれた包帯をまっすぐに指している。ちょっとくじいただけなのだから、大丈夫だと言いたいのに、皆の心配そうな目がそこに集中していて、言いだせなくて。口をもごもごと不満気に揺らした。誰かに助けを求めようと、隣に座るソウゲンに視線を送る。なのに、彼もずっと俯いたまま、一度もこっちを向いてくれない。まるで広い部屋に、一人ぼっちになったような気分になった。
「…スズラン殿?」
シンと冷えた夜更け。逃げる様に広間を出て、部屋に戻っていたスズランの元へソウゲンが様子を見に訪れた。襖の開く音と共にソウゲンに名を呼ばれたが、スズランは口を閉ざしたまま、息を潜めて頭の先まで布団に包まっていた。畳みと足袋の擦れる音が近づいて来て、布団のすぐ横で腰を下ろしたのが分かる。
「眠って居られるのですか?」
そう言われても返事は出来ず、スズランは声を出さぬよう口元をそっと押さえた。明日から十日近くも会えないのに、昼間の事が切なくて、悲しくて、何をどう話せば良いのか分からなかったのだ。
顔を見たら、どうして大丈夫だと、一緒に行けると言ってくれなかったのかと。責めてしまいそうだったから。早く、離れて行ってくれと心の中で静かに願うしか出来なかった。それなのに彼は、スズランの背中にトンと優しく、まるで怒りを宥める様にそこを優しく撫でる。
「留守を頼むのです。…無理はなさらないでくださいね」
布団の向こうで聞こえた声は、いつもよりか細い。何か返事をするべきか、このままじっとしておくべきか。悩んで動く事ができない。もう自分の部屋に戻ってしまうかもしれない。そう思ったが、背中に添えられた手はいつまでもそこから離れて行かなくて。トントンと優しく刻まれる振動が心地よく、スズランはいつの間にか意識を手放していた。