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    ニウカ

    @nnnnii93

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    水木と水木
    昭和十八年末 ニューブリテン島にて

    #その他
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     バイエンで戦う先鋭部隊が、ついに最期の時を迎えるとの通達があった。
     直ちにラバエルの兵士を整列させ「燦然と散る同志に敬礼を」と熱弁をふるう参謀殿に倣い、右手を恭しく持ち上げた水木の心内は「気の毒に」のひと言に尽きる。同情ではない。誇らしさでもない。明媚な白浜に体中の臓物を撒き散らして横たわる彼らを想い、ただ安らかであれと願いたいだけだ。どうかあたたかな南の陽光と幾億もの星の煌めきが、嘘偽りなき優しい場所へ彼らを導いてやってほしい。
     水木の信念に日本国への大義はない。世情柄それを口にした途端、不敬罪であの世行きだが心は自由だ。ただ、態度には現れていたのか「おまえは欲のないタマ無しだな。隊旗が穢れる。俺たちの見えない後方で女の様に炊事でもやれ」と、若人でありながら前線を外された。正直ありがたい話である。自分は先陣を買って出るような気骨溢れる男の神格化に理解が示せない。だからこそ後方にて、少しでも犠牲者がでないようにと支援できるくらいで丁度いい。

    『水木という勇猛な美丈夫がいるらしい』
     そんな話を耳にしたのはラバエルに着任してすぐのことだった。
     ヤシの葉を敷き詰めただけの貧相な露営地に尻をつけ、焚き火でヘビを炙っていた男は「前線のオトコマエっちゅうのは、鬼畜米を誑かす役目も仰せ使ってやがる」と卑しく捲し立てる。隣にいた別の男は、ちらりとこちらを見てから「あっちの水木は肝っ玉も股座もデケェ男だ。こっちの童貞と一緒にしちゃいかん」と続いた。
     たちまち火を囲む連中から威勢のいい笑い声が響く。その揶揄いは“こっちの水木”を侮辱するというより、娯楽の乏しい戦地で起こった小さな巡り合わせを楽しむだけにすぎない。それをよく理解していた水木は兵士達の波長に合わせて程よく笑い、時に情けなく頭を掻いて“あっちの水木”の引き立て役に徹した。

     けれども、密かに炎は宿っていた。
     大義だの男の生涯だのに何一つ共感することなく、のらりくらりと生きてきた水木に一本の巨木が根を下ろす。あまりにも唐突に信念が芽吹いたのだ。生きてこそ、命あってこその人生。それをこの無様な戦場で打ち捨てて何を得る? 誰が美しい死のために邁進するものか。
    『俺はあの男のような無謀な水木にはならない』
     無駄に命を散らす必要はない。これは決して譲れない矜持。


     参謀殿のご高説を後に水木は海岸に降り立つ。決戦の場でなければ、どこまでも雄大な時間が流れるビーチをゆっくりと歩く。それでも、ここより南の聖ジョージ岬が真っ赤に染まる有り様を想像すると身震いが止まらない。そこに横たわる“水木”の陰惨な死体はどんな表情を浮かべているのだろうか──。
     本国に戻れたら母とともに慎ましく暮らそう。廃屋同然でも構わないから一軒家を買って、都心より離れた郊外で粛々と生きよう。たった数十年足らずの穏やかな生活を、日本国という巨大な化け物から搾取されないように。
     ほんの一瞬だけ、海の先から閃光のように眩く燃える青い瞳が自分を見つめている気がした。野心を持て。空虚を殺せ。剣呑に光る青はそういっている。まるでまるきり全てを見透かすかのような群青……。いや、そんなはずはない。あるはずがない。あの“水木”を少しばかり焦がれる自分すら、戦地は平等に葬ってくれるのだから。羨望するな。野望を捨てろ。持ち得たところで腹は満ちない。
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