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    ニウカ

    @nnnnii93

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    墓場鬼水
    水木と会社モブ同僚女性
    なにも気づけない話🍫

    ※ 5/5に出す短編集の一篇です

    #墓場
    cemetery

    喜劇バレンタイン 出社してすぐ目当ての席に向かい、ピンクと赤の包装紙に『love you』と描かれたチョコレートボックスを差し出したとき、私は絶対に注目の的だった。
     女はヒソヒソ噂話、男は自らが選ばれなかった悔しさに机を叩く。そんな内輪のどよめきで始まった朝、当の本人は「え」という形に唇を固めたまま静止する。それもそうよね。うら若き娘に目をつけられちゃったんだから。「ネェ水木さん」と呼びかけ、整えた爪でボックスをコツコツ叩く。
    「これ、ちょっとお高い洋酒入りなの。スコッチよ。バッカスやラミーと一緒にしないでちょうだいね」
     繰り返しコマーシャルで流れる、庶民向け商品とはわけが違う。銀座三越に並ぶ鮮やかな高級品の中からとっておきを選んだのだ。

     あなたはキャバレーの喧騒の中、煌びやかでセクシャルな女の子や深々とソファに身を沈めるお偉方連中に目もくれず、小声でスコッチウイスキーを二つ頼んだ。
     あの時の私はたくさんのお金が必要で、会社に黙って働いていたものだから、ついに神様が罰を与えたのだと絶望したの。よりによって、不甲斐ない“手荷物係の水木”に咎められるなんて。あなたが『すみれさん』なんて源氏名を呼ぶから、動揺でショットグラスが波立つ。
    『怯えずにお聞きなさい』
     けれども、呼びかける言葉はとても平静だった。『事情は知らないが、困っているなら力を貸せますよ。酔ったふりして肩に』と腕を伸ばす。
     私たちはとりとめのない話題を交わしながらショットを煽った。本当はたった一杯で酔わないのだけれど、額の汗を拭うフリをしながらそっと水木さんにもたれる。首を倒すと太い肩幅が私を支え、それがどんなに頼もしいことか。いまだ美しい化粧を施した私に気づかない上司たちが、ヒュウ!と口笛を鳴らす。『水木くんも隅におけない男だねえ』『いやいや、つい僕が彼女のペースも考えずに……。さあ君、ちょっと休んでおいで』
     もう少しこの人を知ってみたいと思ってしまった。だからいったの。
    『もう歩けないわ。ヒールじゃとても』
     水木さんはゆっくり立ち上がる。遠慮がちに私の腰を抱いた。薄く体に沿ったドレスでは、骨ばった大きな男の指の温度がいやというほど分かる。火照っている。そのまま彼のやや大股なペースに合わせて歩く。ヒールと革靴がカツカツ、コツコツ、と並んで音を立てる度に心が踊り始める。『ありがとうございます』夢見心地でつぶやいた私を、水木さんは涼しげな余裕をまとった様子で『ああ』とだけいった。多くを語らないその無骨さが好き──。

    「……誰かに渡すのかい?」
     心底困惑した声がして現実に引き戻されると、チョコレートボックスを片手に捨て犬のような目をした水木さんがいる。私は眉間に皺を寄せた。
    「そんなわけないでしょう。あなたの分よ」
    「へえ……」
     煮え切らない反応に苛立ちが顔をのぞかせたが、彼の口角がゆるく持ち上がっていることに気づく。慌てて頭を入れ替え、控えめに微笑みを返す。
    「アルコールの度数は高めにしたの。一つずつ大事に食べてほしいから」
    「ありがとう。いただくよ」
     水木さんは、箱から目を離して私を見た。目尻の皺が優しげで心から安堵する。「酔っちゃったら介抱してあげる」と下心を混ぜた冗談を飛ばした。彼は、はは、と渇いた声をあげて「女性の手を借りるわけにはいかないさ」と受け流す。そう簡単には色情に流されてくれない。なんて誠実な人。



     地獄で亡者の醜態を肴にたらふく飲んで帰宅すると、水木が居間で煎茶を啜っていた。鬼太郎は酔いに任せてつい舌が滑る。「年寄りみたいですよ。オジサン」
     水木は答えない代わりに、口の中へ何かを放り込んだ。一個、二個と乱雑にボリボリ噛み潰す。机には、破られた派手な包装紙が無造作に置いてある。
    「なんだこれ趣味悪……」
    「もらいもんら。あんまりいふな」
     口を動かしながら嗜める姿に呆れ、重厚な作りの外箱をひっくり返す。中身は個包装の高級チョコレート。しかも、水木が咀嚼する度に芳醇な蒸留酒の香りが充満し、つい鼻を鳴らして嗅いでしまう。「良いウイスキーですね。全部独り占め?」
    「いや、残りはおまえにあげるよ」
     鬼太郎は『love you』の文字を視界の端に入れ、嫌そうに舌を出して「お下がりなんてごめんです」と断った。次いで「親父さんはどうかな」と問うので「まあ、酒味のチョコレートだもんナァ。父さんは気にいるかも」と答える。
     水木はぼやけ顔のまま、剃り残した髭を掻き「俺にはどうも合わない味だ」という。
    「客との付き合いでたまに飲むが、その度に南方で部隊長に頭からかけられたメチルの味を思い出す。不味いし酔えたもんじゃない」
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