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    ニウカ

    @nnnnii93

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    ニウカ

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    墓場鬼水と植物
    ヒトと仲良くなりたくて間違えた話

    ※ 5/5に出す短編集の一篇です
    ※ R15表現に注意

    #墓場
    cemetery

    焼き果てろ わたしが“わたし”という自我を認めたとき、世界は煩雑な作りになっていると理解した。張り巡らせた根を通して伝わる温度や土壌の質、空の明暗と湿度。それらは常に変化しており、わたしが生きるにはより快適な方向へ栄養を求めなければならない、と。
     次に、わたしの細く頼りない幹を這いずる無数の虫や菌のことを考えた。最も身近な、意思を持つ生き物たち。そう思うと嬉しくなり「おまえたちはどうしてそうも、生き急いでいるんだい」と、八つの葉を揺らしてたずねてみる。しかし返事はない。それらはいたって単調に生きていた。“食う”と“種を残す”を続ける。わたしが望むような双方の意思の交わりに、意味を見出す感情がない。
     知性を持ってしまったがゆえ、たったの数年が途方もない日々であった。それでもわたしの根は、日向を求めて土中を進む。退屈に嘆く心と生きようとする本能は別物で、ひどくかなしい。


     あるとき、わたしのそばに寺が建った。
     そしてヒトを認知した。
     彼らは決まった時間に起床しなにかを唱え、飯を食い眠る。ちょうどわたしの前には簡素な小屋があった。ヒトはその場所を“天狗堂”と呼び、厄祓いの場として使っていた。儀式の際には必ずわたしの葉を一枚切り取ってゆく。どうやらこの大きな葉は天狗様の扇に似ており、魔物を祓う効能があるようだ。
     彼らは不思議な生き物だ。文句も言わずに質素な食事を摂り、日々修行に励み、哀れにも憑かれたヒトを救う。そんなことをしても生命活動にはなんの影響もないのに。難儀な生命体。だからこそ興味深く、退屈はどんどん薄れてゆく。ついに好奇心が抑えきれず、その行いの見返りはなんぞやとたずねてみた。
     しかしまたしても返事はなく、ヒトにもわたしの意思は通じないと知った。
     ただ、ざわめく花々の話し声はヒトの耳に不可思議な音として届くらしい。彼らは怯えきり「天狗様の祟りだ」と口々に囃し立てる。わたしが何度も違う、と否定しようが相手にされない。「葉を勝手に拝借したからだ」と。そんなことは造作もないのに。いつしか寺にヒトは寄り付かなくなり、まもなくして廃れた。



     傾いた赤い日が照らす夕刻。小さく幼い二つのまなこがわたしを見上げている。
    「大きなヤツデだなぁ」
     ヤツデ。ヒトの子は呼ぶ。その言葉に聞き覚えがなく、何のことだとたずねた。それから数百年ぶりに、ヒトとは意思の疎通ができない事実を思い出す。
    「きみの名前だよ。僕は水木──という」
     驚いた、この子は違うらしい。応えるように葉をゆらす。すると、ちょうど百二十番目の葉脈にいたチョウの幼虫が、頭頂部に落ちた。間髪入れず、ぎゃあ!と飛び上がって尻餅をつく。もうとっくに幼虫は別の葉へ登っていったのに、両手を頭の上でばさばさ激しく動かしている。冷静さを欠いた動作に悪戯心が芽生え、より一層ゆらゆら揺れてみる。
    「うわっ、やめてくれ! 気に入らないなら謝る!」
    「いやいや気分は良いぞ。言葉を交わすのは初めてなのだよ」
     なんて邪気のない反応だろうか。かつて寺にいたヒトとは異なる。わたしにとって、ちょっとした揶揄いに目を白黒させる幼子と、無心に葉を齧っていた幼虫に大した違いはない。どちらも守るべき無垢なる生命のひとつにすぎないだろう。
    「じゃあ、名前で呼んでも怒らないかな」
     尻の泥を払って立ち上がる幼子の目は、あからさまに不安に染まっている。わたしは声に尖りを含めないよう細心の注意を払い、ささやいた。
    「ああ、好きにするといい」
    「本当に?」
    「嘘をつくのはヒトだけだ」
    「……それもそうかな」
     すると、いくらか落ち着いたのか「隣の古寺に、立派なヤツデが生えてるなんて知らなくて」とつぶやく。少し間をおいて「触ってもいい?」と遠慮がちに問うた。わたしが「もちろん」と上機嫌に葉を寝かせてやると、幼子はおそるおそるやわらかな指先で表面をなぞる。爪を立てずに一枚を労わる繊細な仕草に、わたしの心は澄み渡ってゆく。しばらくして「ありがとう」と体温が離れたとき、空気がやけにひんやり感じた。まもなく沈んだ日に代わって訪れる、夜の厳しい冷たさのような。
    「僕はそろそろ帰るよ」
    「なに、まだ数刻も経っておらんぞ」
    「でも暗くなる前に帰らなきゃ。母さんの説教は長いんだ」
     眉を垂れて笑う幼子は、あっさり踵を返す。もっとその姿を見ておきたい。この特別な交わりを記憶に留めておきたくて「水木」と名を呼んだ。
    「葉を一枚、持って行ってくれ」
    「葉っぱ?」
     振り返る水木は首を傾げる。
    「不要か」
    「……使い道がわからない」
    「以前そこの寺にいたヒトが、わたしの葉には魔除けの力があるといっていた。いつかおまえの役に立つかもしれん」
    「それなら、もっと遠慮しておくよ」
     夜風が枝の隙間を通り抜け、ぶわりとつぼみが膨らむ。「なぜだ」と、しぼりだした声は、自分でも呆れるほど弱々しい。うつむいて黙ったままの水木が再び顔をあげたとき、眼差しには拭いきれない畏怖があった。
    「父さんから、人語を介する生き物は神さまだと教わった。あなたは特別です。だから、あなたの一部を迎え入れることはできない」
     水木の明確な線引きで、全身が暗黒に閉じ込められた気がした。声を発しても反響するばかりで何も存在しない空間。外側から近づく生物はいるのに、だれもわたしとのふれあいを試みない。
    「さようなら。ヤツデさま」
     知性を持つ彼の一言は、棘と同様の痛みをもたらす。わたしはただ、おまえと話しがしたかっただけなのだ。想いは届かずに意識が黒へ溶ける。


    ***


    「頼む、なんでもする、起きてくれ頼む……」
     幹を激しくゆさぶる低い声に自我を取り戻す。
     どこもかしこも力が入らない。わたしの足元には枯れた葉が何枚も落ちており、枝はひどくしなって折れそうだ。これでは子鼠一匹だって支えられやしない。それから、自分に縋りついてくる何かの方向へ意識を向けると、ヒトが歯をカチカチ鳴らしていた。すぐ間近で見る顔色は真っ青で唇に色はなく、目のふちには涙が溜まって今にも決壊しそうだ。
    「ミ ずき」
     かつての幼く美しい魂は、もう半分ほど穢れて黒ずんでいる。彼の身に何があったか知りようもないが、切り傷や青あざで血の滲む全身の肌が、わたしの助けを求めていることだけは明らかだった。水木は裸であった。まだ薄ら寒い春先だというのに。
    「アレを祓えないでしょうか、きっとあなたの葉が役に立つ……。異常だあんなの、道理が……少しの間だけでいい、どうか、まともに。あの子は正しくならなくては」
     支離滅裂で早口な言葉は、覚醒したばかりのわたしが理解するには難しい。先に心を落ち着かせるべきだと判断し、いびつな病気の葉を彼の身体に幾重にも被せる。緊張しきった幼子をあやすようやさしく蔦を絡めると、筋肉がかすかに弛緩する。
    「ヤツデ様」
     熱っぽい水木の。生身の体温。
     ぽたり。彼の股から滴る、白く濁った液状が、萎んだつぼみにこぼれ落ちた。
     休む間もなく、葉脈中をあふれんばかりの活力が走る。すさまじい熱暴走が細い枝を頑丈に、隙間だらけの葉脈を瞬く間に修復し、葉はみずみずしく甦った。地中の根はがっしり太く、幹はぐんぐん高く伸び、みるみるうちに彼の驚いた顔が小さくなる。素晴らしい全能感。あじわったことのない高揚。
    「私に何を飲ませた? 生気が漲るぞ……」
    「やめ、ぅぐッ」
     覆っていた蔦に少しばかり力をこめる。肉体はぎゅうぎゅう潰れ、大層苦しそうにもがいた。痛めつけるつもりはなかったが、為す術もなく悶えるヒトを前に新しい欲望が生まれる。もっとほしい。あの汁を腹いっぱい啜りたい。逞しくなりたい。生きたい。ヒトが望んだ、ほんものの神様になってやりたい──。なおも巨大に成長をし続ける自分自身から、まともな思考が剥がれ落ち、醜く太った貪欲さだけが満ちてゆく。
    「力を貸してやろう」
    「ほんとうか」
     水木はぐったりして問う。「ああ。神は嘘をつかない」と歌うように声を響かせると、辺りの小鳥が力なくぱたぱた地面に落ちる。新鮮な草木は色素を失い、粉みじんに砕けて消えた。
     きっと取り返しはつかない。すでに私はわたしではない。
     ならばせめて、今生の別れを無碍にして無我夢中で飛び込んできた、かわいいおまえを。私を神にのしあげた、妬ましいおまえを。あらゆる厄災から守り抜き、後生大事に匿ってやろう。私の水木。私だけの豊かな栄養。今度は細心の注意を払い、蔦の先でゆるやかに丸みをおびた腹回りを撫でる。
    「なに……?」
     そのまま緩急をつけて臍の下をぐうっと押し込むと「あ、あ、」なんて喃語を吐き、激しく身をよじる。「うゥ…!でる、やだ…ッ」あますことなく出せばいい。無駄にはさせない。白い蜜を一滴も残らず飲み込んで蓄えてもっと大きく、青天へ昇りつめ私は神と、

     閃光に近い黄緑色の稲妻が野を駆けた。

     キィン……と高鳴ったかと思えば、見事に幹が切り落とされ、意識が斜めに飛び散った。バラバラに霧散するいのち。残った僅かな力で葉を重ねて水木を包み、わたしは地面に叩きつけられた。どろどろに土と混じり合う。なにもかもが一瞬で呆気ない。
     カラン、と軽快な足音がした。細長い指先は躊躇もなく豪快に何枚もの緑葉を引きちぎり、うなだれた丸裸の水木を平気で抱きかかえる。此れは何者か、だなんて思考する時間はない。男が立ち上がったとき、わたしのすべては火の海と化したのだ。
    「まずは、庭先の手入れが先でしたね。せっかく古寺も墓地も買い戻したのに荒れ放題じゃなァ」
     恐ろしい鬼の姿を模した男は、まるで日曜日の午後の予定を確認するくらいの白々しさでそういった。雲ひとつない輝かしい青天を背に、気だるく歩き始める。
    「まだ有機水銀が納屋に残っていました。面倒ですが、ぼくが撒きましょう。法律は妖怪を咎めない。殺しても、殺されても」
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