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    ニウカ

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    ニウカ

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    墓場鬼太郎と生臭坊主
    亡き者がもたらした実は根深い話

    ※ 5/5に出す短編集の一篇

    #墓場
    cemetery

    世知辛き人の世「徳を積むという行為に罪悪を覚えるあなたは、仏僧として大変ご立派なのでしょう」
     鬼太郎は感じ入るよう胸に手を当てながら、目線は可愛らしいウエイトレスが運ぶビフテキを追った。鉄板の上でじゅわじゅわ踊るソースが湯気となり、二人を取り囲む。鼻を通る肉汁の香りにいてもたってもいられず、つい早口で「ただ、善行は善行です。正当に評価されていいと思いますが」と付け足す。
    「ふぅむ。仏教は陰徳を良しとする。あとは仏様が許してくれるかどうか……」
    「きっとお許しくださいますヨ。あなた方の教えの本意は極楽に向かうこと。それは、ぼくがご提案する“あの世保険”と同じです」
     対面に座る煮え切らない態度の坊主は、人間界では名だたる老師だという。鬼太郎にとってはあれもこれも、まるで同じ有機物の枠組みに他ならない。しかし、ある程度の地位を保障されたヒトを前にして、大口を叩くほど愚かでもない。権力に打ちのめされた体で、下手に、一層丁寧に応じるのが最適だと知っている。
    「死後、現金に価値はありません。なれば、極楽へ投資すればいいのです。効率的に徳を積んで何が悪いのやら……」
     にっこり笑ってウエイトレスに礼を述べると、小走りで引き下がるショートカットの女の子。可愛い。イイ人はいるのかな。すると坊主が「なんとも話術に長けた青年だ」と皮肉っぽくいうので、頬を引き攣らせながら「いえ、本心ですから」と返した。案外しっかりコチラを見ているんだなと危機感を抱き、雲行きの怪しさを話題転換でごまかす。
    「さて、冷めないうちに食べないと。ここのビフテキは絶品ですから」
    「……いただこう。腹が減っては話もまとまらん」
     ややあって坊主が控えめに一口を運ぶ。すぐさまかっと目を見開き、恥も外見もなくぱくぱく放り込み始めた。カトラリーを両手に持ったまま「うまい! 驚いたよ。モダンな店を知ってるじゃないか」と感嘆をあげる。
     鬼太郎はちょっとはにかむようにして「ありがとうございます。やはりサーロインは格別でしょう」といい、奧に控える店員へ目配せした。すぐはま頷いたスーツの男は、一本のボルドー・ワインを丁寧に抱えてテーブルへやってくる。
    「赤ワインはいかがでしょうか」鬼太郎がうながすと、ソムリエは白手袋で銘柄をなぞる。「フランス南西部、メドック地区ものでございます」
    「参ってしまうな」手際のよさに思わず軽くテーブルを打つ坊主から疑心は取り払われた。
    「わかった。君を信用して託そう」
    「素晴らしいご英断です」
     注がれたワイングラスを傾けて打ち鳴らす。小さなキン、という明朗な音は坊主がすっかり心を奪われた合図でもあった。人心掌握が上手くいく瞬間は、いつも内心でほくそ笑んでしまう。今回も予想通り。高級品の数々は、並べるだけであなたは特別なお客様であると仮初の証明をする。経費の出費は痛くとも、安物で無謀な説得を重ねるより手っ取り早い。
     ヒトは見栄を着飾るいきもの。それが数十年で学んだ真理である。少し無茶なお願いをしたって相手を立てておけば、勝手に“難しい要求も快諾できる太っ腹な性格”を演出してくれる。纏い続けた見栄の重さに潰されるまで、過ちに気づけない。
     鬼太郎はすっかり上機嫌で上手にビフテキを切り分けた。美しいレアの断面を口へ運び、ゆっくり咀嚼する。薄いグラスを揺らして香りを楽しみ、ワインを味わう。余計な雑音を立てず食器を扱う一連の所作は、あまりにもごく自然体であった。それをしっかり見ていた坊主が「だれかに仕込まれたのかね」と問う。
    「仕込む?」
    「いや、失敬。近頃は基礎的な敬語や、テーブルマナーを知らん若造も多いからな」
    「ああ……」
     言いかけて、鬼太郎の頭にはすっかり色を失った男が顔を出す。口元が下品にへの字に曲がりそうになるのを抑えた。
    「亡くなった父に教わりました」
    「……気の毒なことだ」
     言葉を飲む坊主が、寄り添うように哀憐の眼差しを向ける。使えるものはすべて使うのが鬼太郎の金儲けにおける信条だ。かなしみは同情をひく。たったそれだけ。それだけのはずなのに、義父をエサにした瞬間から、高級な肉の味が紙同然に変わった。

     水木は「きれいに物を食わないと、金持ちから儲け話すら舞い込まないぞ」と、食べ方を何度も注意してきた。時にはぼくの指を上から握って「箸はバツにしない」と窘めたり、なにも注がれてない皿でスープのすくい方を練習させたりした。
    「あの人は、ぼくが真っ当に育つかばかり気にしていましてね」
     ヒトと同じように生きるつもりなどなかった。それが結果としてどうだろう? 保険屋稼業にまで教えが根付いてしまっている。
    「とてもお節介な……やさしい、人でした」
     俺がしてやれることをいつも探しているんだ、と打ち明けた男の若白髪を見つめていた。ほんの少しだけ触れた、厄介で鬱陶しい世話焼きの真意。この人はただ、やさしく在りたかったのかもしれない。
     たが、理解と許容は全くの別物である。ぼくはアレが押し付ける生活を確実に拒絶した。なのに、気づけば染みついた人間共の作法に従って生きている。不必要だと切り捨てた躾が、無意識に刷り込まれている。

     坊主は頷いてこういった。
    「そうかい。熱心で優秀な方だ。君も父親に似たのだろう」

     一寸の狂いなく投げた銀製のナイフは、坊主の薄汚い頰肉にうっすら赤い線をつけ、柱へ突き刺さった。
    「……は……?」
     席を立ち、あんぐり開けたマヌケな口にボトルワインを逆さにして注ぎ入れる。ガボ、ゲボッ。汚く泡立つ赤色が、ヒトの内臓のようで殊更気分が悪くなる。坊主の目が反転したのを見届けてテーブルにボトルを突き立てると、勢い余って大袈裟に割れた。保険屋稼業が軌道に乗った頃、一念発起で買い付けたオーダーメイドスーツに細かな破片が飛び散る。
     礼儀作法。身なり。角が立たない話し方。
     全部、全部、違和感なく身につけさせられてる。まさか、これが、今のぼくなのか?
     駄目になったスーツをその場で脱ぎ捨て、飛んできたちゃんちゃんこに身を通した。革靴から履き替えたゲタは足が冷えるが、かえって気持ちは鋭利に整う。
     ワインを噴水のように吹き出し、多少なりとも意識を取り戻した坊主が「なんでこんな……」と弱々しく啜り泣く。その無様な姿を見下ろし、米神を掻きながら「エエ、すみません。アンタに罪はないんだけど」と答える。でもね、
    「ぼくたちの関係を、部外者のオマエが分かった気で語るな」
     苛烈に燃え盛る心内を吐き捨てる。ぼくはぼくの心根にしか従わない。不可侵な領域に、ましてや一片の温情も持てなかったオジサンがいるはずもない。
     散らかったテーブルへ十分なほどの札束を置き、隅で震える店員たちを尻目に店を出た。今度こそ幽霊族として生きる決心をしながら、性懲りも無くヒトの攻略方法を考えてしまう脳みそに鞭を打って。
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