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    ニウカ

    @nnnnii93

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    現パロ 墓場鬼水
    要は互いに逃さないし逃れられない話

    ※水木に同棲女性がいる

    #墓場
    cemetery

    穢れ 一丁前に中流階級がこぞって好む、エレベーター付きのマンションに引っ越したらしい。
     あの水木が、あの、欲無しの男が。これらの情報源はすべて悪友ことネズミであり、直接本人から聞いたわけではない。黙って居住まいを変えるなど嫌がらせに他ならないと、急激に沸騰した頭のまま飛び出したものの、あの男との薄い関係値を考えれば至極当然かもしれない。
     そもそも先に家出したのは自分だ。窮屈な家庭であった。ヒトの倫理を説こうと口うるさく干渉し、そのどれもに納得がいかず黙って姿を消した。都心の荒波にもまれ、全財産百円と共に、なし崩しで帰宅したのは十年後。水木の第一声は「いい年して俺を頼るんじゃない」だ。それから偉そうに顎を上げ、しげしげ眺めて「デカいな。腕伸ばしたら天井につくか?」感動も勘当もあったもんじゃない。

     二日酔いも厭わず早朝に三十分かけて早足で歩いてきた後悔が、部屋の前で呼鈴を鳴らすあと一歩のところでやって来る。これが彼女の家なら、玄関先で丸裸になりベッドへダイブするほど喜ばしいのに。つま先が回れ右をして戻ろうとした途端、ドアノブがガチャリと回った。
    「鬼太郎。何してるんだ」
     大きなゴミ袋を握った、スーツ姿の水木が訝しげにたずねる。毎度思うが、なぜこうも危機管理意識が低いのか意味がわからない。まず言うべきは「どうして俺の家が分かった?」だろう。水木は後ろ手でドアを閉めた。
    「ここ、家賃いくらですか?」
    「伝える義理はないよ」
    「不相応ですよ」
    「知ってる。だからなんだ? 追い出すのか?」
    「風呂トイレ共同、築五十年ものの次に選ぶ物件にしちゃア、高望みすぎる。そのスーツでは高級取りとはいえないし」
     上から下まで舐めるように視線を這わせる。磨かれてない革靴と皺の多いスーツ一式。妙にペラいタイは偽物のロゴ。もう一度水木を見下ろすと、眉を顰めて動かない。未だにドアを押さえる片手が、小刻みに慄いている。
    「明らかに他人の出資があるとしか思えません。ソイツ、今そこに?」
    「……探偵ごっこは程々にしてくれ」
    「まァそれに関しちゃ別に、ぼくはどうでもいいンですよ」
     無抵抗の意思を表示するよう、両手を開いてひらひりと振る。特になんの驚きもなく大方予想通り。

     昨晩、酔って突っ伏したネズミが「あの人近々、女と一緒になりそうだぜ」と溢していた。アレもアレでいつかネタにしてゆすろうという魂胆があり、日頃からぼくらの周辺を嗅ぎ回るクセがある。
     しかし、詰めの甘さでせっかくのマル秘を分け与えてしまうのが常であり、だからこそぼくの悪友と評すに相応しい。いわく「特別美人ってわけじゃないけど、妥当かもな。ファールラインギリギリで一応フェアってところ」らしい。

     このまま黙って彼らの生活を見逃すことも、思い切りドアを開いて乗り込み、恐怖心を煽るこの顔を使って恐喝することも容易い。水木の家は精々セーフティハウスといったところで、失っても手痛いほどでもない。生活のリズムから食生活、好きなテレビ番組もアーティストも女の好みも違う人間と一緒にいても、日々ストレスがたまる一方だ。それにぼくだって素敵な彼女ができたら、しょうもないオジサンのことなんてとうに忘れるだけである。
     だからこそ、自ら廃棄してもらわなくちゃ。
     ぼくは手を出さない。最後の決断を下す役目は、そちらに与えよう。
    「由美子さん。セックスの時はマグロですよ。一緒にきもちよくなろうとしないくせに、抱いた後は必ず手数が悪いと散々吐き捨てる。うるさいから置いて帰ると、数十件も泣きの着信入れてね……。そんな所はチョットだけ可愛いけれど、もっとイイ女だと嬉しいナ。だって呼びたくないもんお母さんって」
     捲し立てるうち、泣きそうな顔をした水木が力なくゴミ袋を下に落とすので代わりに拾い上げた。臙脂色で『可燃』と書かれた中身は、色とりどりな顔面パックのパッケージやラメで汚れたコットン、中身が見えない黒いゴミ袋、化粧水のプラスチックまでまとめてぶち込んでいる。
    「物事の分別は、きっちりしないといけない。そう教えたのはあなたじゃないですか」
     これが嘘にしろ本当にしろ、肝心なのは何を信じて受け止めるかだ。情報を分別して不都合を切り捨てろ。身軽になれ。幸も不幸も何も持たず、ただの水木という空白な存在であれば、ぼくの懐に入れてもそう重くはない。
     しばらく両目を閉じていた水木が、いくつか瞬きを繰り返した。大きく呼吸をする。そして底辺を這うような、地響きに近い声で「……おまえはそれを捨ててきなさい」と言い残し、家の中へ消えた。


     ゴミ袋を片手に尻ポケットを探る。入れっぱなしでクシャクシャになったボックスより一本を引き抜いて咥え、そういえばライターを失くしたなと思いながらしゃぶっていると、ドアを隔てた向こう側から、女の劈くような罵倒の数々が聞こえてくる。
    『どうして急にそんなこと言うの!?』
     男の冷淡な声が続く。「とにかく、もう君とは付き合えない」『理由くらい教えなさいよ!』「思い当たる節は全くないのか?」『ハァ!? あるわけないでしょ! アタシを責めんなよクソ野郎!』
    「わかった。悪いけど、話すらできないなら出て行ってくれ。義息がここで暮らすんだ」

     欄干にもたれて空を見上げる。
     ふやけた煙草に痺れる舌が、獰猛に飢えて獲物を探している。虚な目で疲れ切って脱力する男の中身は、やわらかく熟れて素晴らしい。もうすぐだ。きっと今にも好物にありつけるぞ。口内でじゅわじゅわ溢れる唾液が、とろりと唇の端から漏れる。
     再び開いたドアから、目を腫らした女が駆け出してゆく。もう立っているのすらままならない、はやく、はやくいれたいだしたい、選択を違え招き入れてくれたおろかで欲にまみれたおじさんへ
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