「……、君は、僕のことを嫌っているものだと思っていたんだけれど」
たっぷり二秒は間を空けて口を開いたセンパイから出た言葉は、珍しく戸惑っているのがありありと分かる状態だった。
「オレだってそう思ってたっつーの」
「でも、さっき……」
「……嫌ならさっさと断れよ。顔も見たくねーなら近付かねえ様にします」
少しでも意識してほしいとは思ったが、何もセンパイを困らせたい訳じゃない。幸い、オレとセンパイが顔を合わせなくなったとしても、お互いの活動に影響もない。
……オレがこの感情に蓋をすればそれでいい筈だ。
「…………、……わから、ないよ」
「はぁ? ……っちょ、あんた、何泣いて……」
返答がない事に焦れてもう一度声を掛けようとした瞬間に、微かな声が零れた。
俯いたままセンパイから漏れた置いていかれたような声も気になるが、告白への返答が分からないとはどういう事だと両肩を掴んで詰め寄ろうとするも、頬を伝う涙が見えて思わず動きを止める。
「わからないんだ。……だって、君は、僕が何かする度に、嫌そうな顔をするものだから」
「そ、れは……」
自覚はあるために言い訳も出てこない。『東雲彰人は神代類を苦手としている』なんて周知の事実とされているくらいだ。
「だから、笑顔が見たいのなら、僕は関わらない方が良いんだろうって。そう思って、避けたのに、……浮かぶのは、君の顔ばかりだし」
「は……?」
「僕に気付かずに誰かと居る君は笑顔で、楽しそうで。なのに、見たくないなんて思ってしまって……わからない、わからないよ……どうしてこんなに、君のことばかり……こんな、おかしくなってしまって…………」
「何、言って……」
センパイの言葉が理解できない。否、自分の都合のいい言葉としてしか受け取れない。そんな訳はないだろうに、こんな言われ方をしては勘違いをしたって仕方ないんじゃないだろうか。
だってそんな、……オレの事ばかり考えて、他人と楽しそうな姿を見て苦しくなるなんて――オレと同じだ。
「……僕を揶揄う為なら、さっきの言葉は撤回してくれ。……もう嫌なんだ。勝手に振り回されてる癖に何を言ってるのかって、君は思うかもしれないけれど……ああもう、違う、ごめん。君にこんなこと言うつもりなかったのに……めちゃくちゃだよ、バカみたいだ……いっそわらってくれ」
「な、あ」
肩を掴む腕に、自然と力が込もってしまう。喉が渇いているのは、緊張だろうか。
「……っ、……なんだい」
「オレの勘違いなら、殴ってください」
「は、……ッん、!?」
センパイが逃げられない様に項へ片腕を伸ばしてこちらへそっと引き寄せながら、僅かに背を伸ばす。柔らかな唇へ触れてすぐ、センパイが驚きに身を固めてしまったのをいい事に舌先を口内へ忍ばせ、無遠慮に暴いた。
粘膜を擦り合わせると身体の強張りが強くなるのが可愛らしく感じて逃げるセンパイの舌へ己のものを絡めたところで抵抗が強くなり、舌先に痛みが走る。と、同時に強めに突き飛ばされた。
「っふ、……ぁ、っ!! っは、……きみ、ッ……何、して……!」
「ッ、ぃってぇ……! ……噛むかよふつう」
口元へ手の甲を当てながらこちらを睨むセンパイの顔は真っ赤だ。こんなに動揺した顔は初めて見る。
「君がっ……! っ……、悪、ふざけにしたって、タチが悪いことをしたのはそっちだろう」
「わるふざけじゃねえよ。……さっきのも、今のも。オレは本気です」
「…………なんで……」
「……あんたの話聞いて、オレのことすげー好きなんだってわかったら、嬉しくなって我慢出来ませんでした。……急にしたのは悪かったよ」
「……そん、なの、信じられるわけ」
「じゃあ何すりゃ信じられんだよ」
「……」
「っつーか、センパイ自覚も無かったんすよね? オレのことあんな考えてくれて、オレで頭いっぱいになってたのに。…………そういうとこ、すげー可愛いな、って……考えちまって……」
「なに、……君、知らない内に頭でも打ったのかい? さっきからおかしなことばかり言って……」
「……オレもあんたが好きすぎて、おかしくなってんのかもな。……センパイも、同じなんだろ」
「……」
「……なあ。……告白の返事、欲しいんすけど」
「…………勝手に、キスまでしておいて?」
「嫌でした?」
「……その聞き方は、ズルくないかい」
「ズルでもなんでも、あんたが手に入るんならどうでもいい」
「……」
「……神代センパイ」
「…………僕も、好き……なんだと、思うよ。……多分」
「……微妙すぎんだろ、その答え方」
「……自分でもわかってなかったのに急に言われて……僕だって、戸惑ってるんだよ」
「ふーん。……そんじゃ、まあ、今はそれで良いことにしときます」