過去を知らぬ者「帰ってください」
「……また、それですか」
僕の顔を見るなりそう言った彼に、僕は項垂れてしまった。何度この家に足を運んだのかもう覚えていない。初めてここを訪れたときは、彼は僕の話を終わりに差し掛かるところまで聞いてくれた。二度目は、半分。三度目からは嫌悪感を露にし始めた。露骨に顔をしかめ、扉を閉めようとした彼の行動に、少しだけでもと戸口に手を差し込んだ。……確かそれは六度目のことで、薬指を骨折してしまった。そのときの彼は自らの行ないに驚きはしたが、反省はしていないようだった。悪いとも思っていなかったように思えた。
折れた指が治ってこの家を意気揚々と訪れた僕は、若干マゾヒズムじみているのかもしれない。そうして七度目に会った彼は呆れた顔で僕をしばらく見下ろした。そうして、いつものように扉を閉めた。ひゅうう、と風が吹き抜ける音がした。
八度目以降は数えるのを止めた。僕はこう見えても忙しいので、彼の家を訪うのは目的地に向かうついでのときもあった。明日はカンベル、来週はコストニツェの首領のところへ、来月は鉄王国に渡ってしばらく滞在するつもりで、戻ってきたら復興著しいロザリアも覗いて、それから──。
話を聞きたい、と思ったのだ。
守護者と吟遊詩人に謳われるまでに至ったのに、破壊者として終わったディオン・ルサージュの話を。
彼を知っている、という人は少なくもなければ多くもない。ただ、その情報は聊か断片的に過ぎ、その情報を集めて組み合わせてもひとりの「人間像」には結びつかなかった。
人間ではなかったのだから当たり前だ、と僕に言う者もいた。いやしかし、と僕は返した。ドミナントもベアラーも、僕達のような只人と同じだったのだと僕は幼い頃に聞かされて育ったから。同じように苦しみ、悩み、喜び、怒り、悲しみ、純なところもあれば、強かなところもある……本当に同じなのだと。
では、反逆者にして破壊者の──バハムートのドミナントであるディオン・ルサージュとはどのような人物だったのか。興味を持ったのは、僕のルーツ自体はヴァリスゼアではないからかもしれない。
まあ、僕のことはいい。そんなわけで、ディオン・ルサージュについて、彼を深く知る者を探していた。
ある日、とある情報通が教えてくれた。それならば、テランスという人物を訪ねてみろ、と。
しかし、テランスさん(敬称に苦慮した結果、「さん」付けでひとまず呼んでいる)は僕の話に耳を傾けてくれはしなかった。「その話は一切しない」の一点張りで、関連するような思い出話もしなかった。
今は解散した聖竜騎士団の元団員から聞いた話を呼び水にしようとしても、首を横に振った。
彼はディオン・ルサージュの右腕だった。一の側近として、従者として、親衛兵長の立場だったのだから、知悉していても何らおかしくない。知らないほうがおかしい。
何故、そこまで話したくないのだろうか。僕が、いわゆる史学者(を目指す若造)だからだろうか。
僕自身もよくは知らない「新たな世界の創世」の前夜を、僕は広く後世に伝えるべきだと考えている。ただの伝承として未来で消え去ってしまうには、世界の「始まり」は悲喜交々ありすぎた、らしい。
そのなかでのディオン・ルサージュだ。彼もまた、前夜に生きたひとりだった。彼のことも記す必要があると思った。
彼は、犯罪者か。
彼は、英雄か。
それとも?
──正直に言おう、非常に興味深かった。
描ききれない、結びつかない人物像の答を知っているのは、閉められた扉の向こうにいる彼だけなのに、彼はこのまま何も誰にも伝えずにディオン・ルサージュを闇に葬るつもりなのだろうか。
光の召喚獣と言われた、バハムートを。