チルライのちょっと怪しい空気のやつ 呼吸が混じり合って溶けていく。どちらのものともわからなくなった熱がただ互いを占めていた。細い指先が宥めるように頬を撫でる。爪の横が少しささくれ立っている。働く人間の手だった。ライオスは彼の指先をそっと撫でる。口に出し損ねてしまったが、彼はチルチャックの手が好きだ。
「ライオス」
唇を重ねる隙間を縫ってチルチャックは、キャンディを煮詰めたような甘い声で恋人の名前を呼ぶ。普段の彼からは想像もつかないような響きだった。返事のように再び合わさる唇にふっと緩んだ声が漏れる。
「お前は本当にかわいいな」
重力に任せて閉じていた垂れ目がゆっくりと見開かれた。そしてそれは嬉しそうに柔く細められる。ライオスは恋人の素直さに驚きはしたものの、発しそうになった言葉をぐっと堪える。この数ヶ月でそういった発言は恋人同士の空気を壊してしまうということを学んだからだった。
「ライオス」
熱を孕んだ音で呼ばれる名前。ぞわぞわと背中を撫でるこわいような、心地の良いような感覚はとうにライオスが手放せないものになっていた。幸せで苦しくて、幸せでこわい。
「 」
聞き取れない異国の言葉が耳元で聞こえる。微かに掴まえられた言葉の端は彼の名に似ているような気がした。けれどそれよりも、ほんの少しだけ震えていた気がしたチルチャックの方に意識が向く。ライオスははたと思った。幸せすぎてこわいのは彼もまた同じなのかもしれないと。
「チル、チルチャック」
掠れた声が恋人を呼ぶ。腕の中に収まったチルチャックを抱きしめると、彼は安堵したようにゆっくりと息を吐いた。身体が辛いのは間違いなくライオスの方であるはずなのに、チルチャックは何故か無性に泣きたくなった。理由を問われても今の彼にはわからない。ただなんとなく、明確な理由も無く鼻の奥がツンと痛くなったのだった。
喉に迫り上がる気持ちを飲み込んで腹に落とす。速くなっている鼓動に耳を当てて、ライオスをそっと見上げる。暗闇で己を見つめる琥珀色だけが不釣り合いに眩しかった。