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    KudryavkaTrash

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    めてギュに出したやつ。

    鏡の中に飛び込む🐍と、それを追いかける🦈の話。

    #フロジャミ
    frojami

    たのしいたのしい地獄巡り 一つ年下の、異世界からやって来たという後輩が元の世界に帰るのだとフロイドが知ったのは、ある夏の日の、嫌な熱気がこもった部室でのことだった。

    「アイツ、帰るんですって」

     シャツの釦をとめながらエースが呟く。その横顔が一瞬、痛みに耐えるように歪んで、しかし直ぐにいつものように猫のような笑みを浮かべてみせた。

    「デュースとグリムがすんげぇ落ち込んでて、もう鬱陶しいのなんのって」
    「君たち、仲良いもんな」

     髪を結い直していたジャミルがそう言うと、エースは不服そうに唇を尖らせた。そうして否定の言葉を紡ごうと口を開いて、何かを考えるように視線を落とした。

    「……うん」

     珍しく素直な物言いにジャミルとフロイドの視線がかち合う。

    「…カニちゃんも落ち込んでんじゃーん」

     励まそうと抱いた肩は、フロイドよりもうんと薄くて頼りない。少し汗ばんだシャツが肌に張りついていて、きっと不快だろうなと、とりとめもないことを思った。

    「帰ることができるなら、またこちらに来ることもできるんじゃないか?そう悲観的になるなよ」

     ジャミルもまた、エースを励まそうとしたが、エースは力なく首を振った。

    「んーん。帰っちゃったら、もう、会えないんだって。こっちからあっちに行くことも、あっちからこっちに来ることも、できないんだって」

     へら、と泣きそうな顔でエースが笑う。もう取り繕うのはやめたようだった。

    「小エビちゃん、いつ帰っちゃうの?」
    「今週末です。鏡舎の鏡で」
    「そっかぁ」

     それっきり、耳に痛いほどの静寂が訪れる。そんな静けさを打ち破ったのはエースのスマートフォンだった。ブブ、と鈍い音を立てて新しいメッセージを知らせる。

    「あ」

     通知に目を滑らせたエースは小さく声を上げ、慌ててベルトを締めた。

    「監督生とデュースに呼ばれたんでお先に失礼します!」

     エースは指先で乱雑に目元を拭い、追い立てられるようにして出て行った。バタバタと走る音が遠ざかり、再び静けさが室内を支配する。

    「異世界、か」

     ふと、ジャミルが呟いた。恐らく、誰に聞かせるでもない言葉だったのだろう。囁くような声だった。しかし、妙に心臓がざわついて、フロイドはジャミルの横顔を盗み見た。ジャミルの灰色の瞳はここではないどこかを見つめていた。きらり、と輝いたそれに憧憬や羨望が含まれている気がして、フロイドは何故だかゾッとした。

    「ウミヘビくん、」

     衝動のままに掴んだ腕は汗が冷えたのか冷たい。首を傾げてフロイドを見るジャミルの目はいつも通り凪いでいる。しかし、そこに今まで気がつかなかった諦念と失望が垣間見えて、フロイドはどうしようもない焦燥に駆られた。

    「フロイド?」

     ハッと意識が戻る。だらりと顎を伝った汗が気持ち悪い。対するジャミルはこんなに暑いのに汗ひとつかいていなくて、まるでこの世界に存在しない幽霊みたいだった。



     監督生の送別会をしようと言ったのはカリムだった。会場であるオンボロ寮には学年を問わず様々な人物が訪れていた。フロイドもその内の一人だった。監督生は輪の中心で楽しそうに笑っていて、けれども隣にいるグリムやデュース、エースは時折寂しそうにするから、フロイドはなんだかつまらないような気持ちになった。監督生には帰る場所があって、それはこの世界ではなくて。元いた場所に戻る監督生を責める気なんて毛頭ないけれど、どうしたって置いていかれる彼らが哀れに思えてならなかった。

    「ところで監督生」

     感情に乏しいその声を自身の耳が拾い上げた時、フロイドの心臓はまたしてもざわついた。二度目ともなればその不可解なざわつきの正体が嫌な予感であるということに、フロイドは気がついていた。ジャミルは片手に持った缶ジュースで喉を潤し、ぺろりと唇に残った甘ったるさを舌で拭い去ってから笑みを浮かべた。作り物のような笑み。最近はてんで見なくなった、フロイドが大嫌いなそれ。

    「君はどうやって元の世界に帰るんだ?鏡を使うんだって?」

     監督生は二度瞬いて、パッと顔を明るくさせた。新しく買ってもらった玩具を自慢するような顔だった。監督生曰く、クロウリーが鏡を通して元の世界に繋げてくれるらしい。監督生はただ、鏡を潜るだけでいい。ホリデーの際に帰省するのと同じ要領だ。違うのはこちらに戻ってくることはできないという、ただそれだけ。

    「ふむ。異世界と繋げることにリソースの全てを割くから行き来はできないということなのだろうか」

     ジャミルの考察に監督生は曖昧に笑い、肩を竦めた。さぁ?といった様子だ。ジャミルもまた肩を竦め、「教えてくれてありがとう」と笑った。細められた目が開かれ、フロイドの視線とかち合う。いっそ蠱惑的な程に煌めいて、夢に浮かされたような瞳にあぁ駄目だ、と思った。



     週末、夕日と月が同時に空に浮かぶ時間、鏡舎には監督生と関わりのあった生徒たちが集まっていた。そこにはトレインやクルーウェル、バルガスといった教師の姿もある。皆一様に暗い面持ちだが、監督生だけが嬉しそうにはにかんでいて、フロイドはその対比にいっそ目眩がした。

    「さぁ皆さん、下がって下がって!」

     クロウリーが鏡に魔法をかけると、鏡面がぐにゃりと歪んだ。監督生が踊るように近づいていく。さようなら!と大きく手を振った監督生が鏡を潜って、グリムとデュース、エースが届くこともない腕を伸ばす。その横をすり抜けて鏡へと走り寄るジャミルの横顔は熱を帯び、希望に満ち溢れていた。

    「あぁもうやっぱり!」

     両親やジェイド、アズールの顔が過ぎる。それでもフロイドはジャミルを追いかけた。このままジャミルを行かせてしまったら、ジャミルは知らない世界で独りぼっちで生き、独りぼっちで死ぬことになる。ジャミルは孤独に耐えられるかもしれないけれど、故郷を捨てた彼が真に心安らぐ場所にはもう戻れないのだと思うと寂しい気持ちでいっぱいになったから。喜びも、苦しみも、悲しみも、思い出も、未来も、ジャミルと真実分け合うことができる人はあちらにはいなくて、ジャミルはそんな寂しさを上手にやり過ごすのだと思うとどうしようもなく苦しいから。自分がジャミルの帰る場所になりたかった。寄り添える人でありたかった。あぁそうか。これはきっと。家族も、幼馴染も、故郷も、何もかもをかなぐり捨てた今になってようやく気がつく。

    フロイドはジャミルに恋をしている。
    ジャミルの全てを守りたくて、フロイドの全てをあげたい。
    これが愛でないならなんだと言うのだ!

    「ウミヘビくん!」

     腕を掴み、共に鏡を潜り抜ける。ジャミルはぽかんと呆けた顔でフロイドを見上げた。

    「二人ならきっと、なんだって楽しいね!」

     ジャミルは眉を下げて笑った。しょうがないなぁって顔。 どさくさに紛れて抱き寄せた体は熱い。生き物の温度。この熱は未来永劫フロイドだけのものだ。そう思えば、待ち受ける世界が、未来が、例え地獄であっても生きていけると思った。
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