幼児化した🐯を⑤がお世話するお話『……五条先生。虎杖が、子供になりました』
ワンコールで出ると思わなかったのだろうか。伏黒恵はやや驚いたように僅かに息を飲んで、関口一番、そう言った。元からお前たちは十五の子供だろ、と五条悟は思ったのだが、動揺している教え子が珍しいので指摘は止めたのだった。
「わぁホントだ。見事に呪われてるねぇ」
暫くして高専に戻ってきた一年生三人を五条が出迎えた。
見慣れた光景のはずが、物足りない。伏黒の腕に抱えられているのは、余程高校生とは言い難い小さなシルエット。
「電話でも話しましたが、おそらく二、三歳くらいまで退化していると思います。『虎杖悠仁』という自覚はあるみたいですが、それ以外はほとんど……俺たちのことも最初わからなかったので、精神的にも」
伏黒から聞いていたのは、任務中に虎杖が被呪したこと。コミュニケーションは取れるが肉体的にも精神的にも、幼児化していること。それ以外の異常は今のところ見られていないこと、だ。
「うーん。この感じだと今日中には元に戻れそうだね。対象の呪いは祓ってきたんでしょ?」
「それはね。せいぜい二級の呪霊だったのにアイツ、最期の最期に厄介なことしてくれたわ」
釘崎野薔薇は面倒そうに吐き捨てながらもその目は小さな虎杖を案じていた。
「はーい! ではミニモニ悠仁は僕が預かりまぁす!」
五条がパン、と手を叩いて明るく言い放つのとは裏腹に、生徒二人は怪訝な顔をした。
「あんたに預けんのが一番不安なんですけど……子守りなんてできないでしょう。どう見ても柄じゃない」
「そうそう、学長呼んでよ。つーかミニモニって何?」
「はぅあ……っ!」
カルチャーショックに胸を痛めよろめく五条だったが、ゴッホンと咳払いをしてから再び顔を上げる。
「十代で既に子守りを経験して今日まで九年間! 立派に子育て中の! 五条悟しか適任はいないでしょ!」
「誰が子守りですか」
「まッ、恵ちゃんたらワタクシに育ててもらった恩を忘れちゃったの!? 親の顔が見てみたいわっ」
「そのネタマジで何なんすか?」
静かに沸点を下げ始めた伏黒の横で釘崎は斜め上を見遣ってから、その腕の中でしんと黙り込んでいる虎杖の様子を窺う。
「ちょっと。黒づくめの不審者と強面男が言い争ってると思って虎杖怖がってんじゃないの? 子供ってそういうの敏感なんじゃない」
ただでさえ虎杖は、意外にも人のそういうものによく気付くのだから。釘崎の言葉に意図を察した伏黒は、目下の小さな友人を見つめる。
「それもそうね、目隠しは怖がられるか」
五条がアイマスクを外すと、青々と輝く瞳が白髪の隙間から覗いた。
「……目の色が変わったわね」
「あは、子供だからキラキラしたものが好きなのかな」
同じように目をキラキラさせて五条を追う虎杖は、五条がサングラスをするまですっかり青の虜になっていた。
「さ、君たちこれからまた任務でしょ。僕に任せて早く行きな」
「いやでも……」
「心配ご無用! 僕は夕方までフリーだし、いざとなったらそれこそ学長に預けるよ。……というのも、既にこの件は学長に報告済みでね、つまり学長命令ってこと。僕が今この眼で見てもそれが最善だと判断した。まぁ実際のところ、幼児化した悠仁がどこまで宿儺を抑え込めるかわかんないし、それなら僕のそばか高専にいた方が対応できるでしょ」
「…………」
上の命令など否だと思えば平気で跳ね除ける五条が、それが是だと言う。伏黒と釘崎はそれ以上の口を噤んだ。
「そんな顔しないのー! 言ったでしょ、一日で元に戻れるって。先生を信じなさいよ君たち」
背を屈めて三人の顔を覗き込む五条に、伏黒は虎杖を渡そうと柔い体に力を入れた。
「さ、おいで悠──」
「──やっ、ふしぐりょ……っ」
「…………」
五条が伸ばした手から逃れるように背を向けて、虎杖は伏黒に縋り付いた。
「……悠仁、喋れたんだ」
「虎杖、アンタ可愛いわね……」
「……被呪してからずっと俺と釘崎は一緒にいたんで、懐いてるのかもしれないです」
引っ込みのつかなくなった両手を、やがて五条はわなわなと震わせる。
「…………──っはぁぁあああぁぁぁああ〜〜〜〜……え、僕拒否られたの? こんなにグッドルッキングガイなのに? 親にもぶたれたことないのに? あ〜〜子供の第一声が『ママ』だった時の父親の気分が今ならわかる……」
「別に親関係ないでしょ」
「アンタ、ツッコむとこそこなの?」
がっくりと項垂れる五条だったが、 本当に困ったように眉を寄せて「ゆうじぃ」と虎杖に呼びかけた。
「……虎杖」
静かに呼ばれた名に反応して桃色の髪が僅かに揺れる。
「五条先生は悪い人じゃない。……大丈夫だ。誰より強いから、きっとお前を助けてくれる」
「恵、そこはきっとじゃなくてさぁ……『絶対』、助けるよ」
最後は虎杖に語りかけるように告げた。振り向いた虎杖に五条は微笑んで、
「僕は五条悟。さとるって呼んでね、悠仁」
もう一度サングラスから瞳を覗かせて告げた。そうして五条はようやくその腕に可愛い生徒を抱くことができたのだった。
虎杖悠仁。十五歳高校生、呪術師やってます。
ワケあって今、ニ、三歳くらいの見た目になっちゃってるらしくて。あ、らしいっていうのは俺自分の姿まだ見てないんだよね。
運良くすぐ友達が助けてくれたから何とかはなりそうなんだけど、今が一番困ってる、大ピンチ!! 実は見た目は子供、頭脳は大人! な状態なんだ。つまりさ、中身まんま十五歳の俺なわけ。なにが悲しくて担任の──しかも好きな人にトイレの世話とかされなきゃなんねぇのかな!?
「悠仁、さっきから足モジモジさせてるけどさ、もしかしてトイレ行きたい?」
「ぁ、う……っ」
行きたい! めっちゃ行きたいです! でもこの体ってまともにトイレで用足せんのかな? かといってオムツもヤダ! しかも誰着けんの!? 先生!? ヤダヤダ無理無理それだけはマジ勘弁!
「ヤバいめっちゃ百面相してる。うーん、この年頃って普通に便座座れんのかな……お尻のサイズ的に落ちるそうだよねぇ」
唇の両脇をむにむにと摘んで考え込む先生。
あー、できれば先生の世話になるのは避けたくて何もわからん子供のフリして伏黒困らしたバチが当たったんかも……。泣けてくるわぁ……。
子供の涙腺なんて相当緩いらしく、簡単に視界が潤みだす。
「あっ泣かないで悠仁! 学長なら子供用の色々持ってると思うからさ、一緒に聞きに行こ!」
後にも先にもこんなにわたわたしてる先生なんて見るの最後かもなぁって、能天気に俺はそんなことを考えて腕の中から先生を眺めていた。
学長がパンダ先輩の呪骸育て? に使った色々のおかげで事なきを得た俺たちは、玩具なんかも手渡され帰路に着いた。子供の体はトイレが近いってことは学んだ。
「悠仁ぃーどれか遊びたいのない?」
「…………」
「ねー僕とも遊んでよぉ〜恵たちばっかズルい〜負けた感じがして悔しい〜!」
先生は手持ち無沙汰なのかガラガラと音のなる玩具を鳴らしながら俺に聞く。学長のお手製ぬいぐるみを何体か借りてきていたから、何となくそれに手を伸ばす。うーん、趣味がおんなじ。メイドバイ学長ってすぐわかんね。
「──あ」
「ヴぇ!?!?」
グイッとなにかに引っ張られ、気づけば先生の腕の中に収まっていた。俺はなにが起きたかわからず手にしたぬいぐるみにしがみつき、ただただ跳ねる心臓に体を固まらせていた。
先生はじっと俺を見下ろすと、ふっと笑って。
「なんかそれ持ってる悠仁、懐かしいな。ここが地下室だから余計に……っても今の悠仁はわかんないよね」
……せ、先生……俺一応いま幼児なんだけど……? 体が頑丈なのはもっと後の俺だと思うよ……?
先生の無茶ぶりにはだいぶ慣れてきたつもりでいたけど、全然そんなこと無かったと思い知った。先生、もしかして子守りヘタなんじゃ? 伏黒も言ってたけど、この人確か五条家の偉い人だもんな。世話するよりされてきた側の人間だよなぁ絶対。
「うーん、スリルはあんまりお好みじゃなかったか。こんくらいの歳って何が喜ぶんだろ」
「…………へへっ」
あの先生が、最強の五条悟が俺なんかに手ぇ焼いてる。あぁ、可愛い、せんせ。
「……ゆうじぃ、笑わないでよ。可愛いけど」
唇を尖らせて俺の頬をつんつんとつつく。そんな仕草も拗ねた顔さえも、アラサーとは思えないくらい可愛いんだよなぁこの人。
「あ、映画でも観よっか。確かここにアニメ系あったと思うんだよね〜」
いい事を思い付いたとばかりに先生はテレビの前に移動して、いそいそとDVDをセットした。
「これは名作だよ〜主人公が最後悪魔と契約してね、悪い魔法にかかった好きな人を助けんの」
うぇえ早速ネタバレぶち込んでくんじゃん。
「さっ、レッツエンジョイ♪」
先生は器用に俺を抱えたままストンとソファに腰を下ろした。もちろん俺の位置は、先生の腕の中で膝の上だ。
「……!」
回された腕が触れる手も、包まれる背中も、密着する脚も、全部熱い。おまけにいい匂いが頭上から漂ってきて、全身先生に囲まれてるみたいだ。
かつて修行と冠してこのソファで並んで映画鑑賞していた時だってこんなに近づいたことはなかったし、普段の俺たちじゃ絶対にありえない。「先生」が濃くて狂いそうだ。
ぎゅうとぬいぐるみに縋り付いて、小さな体に渦巻くこの熱をどうにか逃がそうと必死だった。
そうこうしているとあっという間に映画は終わっていた。俺は別のことに気を回していたから当然映画の内容はあまり覚えていないし、先生も「ちゃんと観てた?」なんてことは聞かない。もちろん俺が子供の姿だからかもしれないけど、今は修行でも授業でもなくて、ただこの人が俺のそばにいてくれる時間なんだって実感する。それがどうしようもなく嬉しくて仕方ない。
修行を始めたばかりの頃は知らなかった。呪術師最強、五条悟の時間がどれだけ貴重なのか。今ならわかるから。
「……せ、……さ、さと、りゅ」
「ん?」
『さとるって呼んでね』という先生の申し出に『先生』と呼ぶわけにはいかなくて、初めて名前を呼んだ。舌がおぼつかないからちゃんとは呼べねぇけど。
しなだれ落ちる白のその向こう、一目見てからずっと焦がれている色へ手を伸ばす。指がカチリとレンズに触れた。
「あは、映画のまねっこしてる? かわいー……僕の目、好き?」
こくんと頷くと先生は綺麗な唇で弧を描いて、サングラスを外してみせた。長い睫毛が羽ばたくと水晶玉のように澄んでいて、でも他の何色にも染まらない唯一無二の青が俺を捕える。
「僕も悠仁のおめめ、好きだよ。砂糖を煮詰めたみたいに甘そうで、それでいて夕暮れの熱とほんの少しの寂しさを灯す光」
顎から目元まで覆ってしまえる大きな手で撫でられる。柔い体には大人の肌がよく沈む。
「……この次は? してくれないの、キス」
「っ、」
ほとんど覆い被さるように近づいて、影の中で瞳だけが爛々と浮かび上がる。俺は未だこの青から逃れられない。
「なーんてね。してくれないなら僕からちゅーしちゃおーっと」
んちゅ、と額に跳ねた可愛らしい音。「よしよし、可愛いね」と顎を撫でられる。小さな器には収まりきらない感情がぶわりと溢れて、視界が潤む。
あぁ、ヤバい。なんだこれ。
「だいすきだよ、悠仁」
「────!」
せんせぇ、五条先生……!
俺も先生に触りたい。
先生に好きって言いたい。
先生に、キスしたい。
でも、今じゃダメなんだ。先生の「好き」は子供姿の俺に対してでしょ? この〝有り得ない〟状況下で俺が先生の「好き」を信じられないように、先生もこの姿の俺じゃきっと信じられないでしょ? 今伝えても意味がないなら、元の姿でちゃんと伝えたい。
やるせなさにきゅっと先生の服の生地を掴む。
「……そろそろ時間切れかな。いいよ、眠っても」
先生が穏やかに告げると途端に瞼が重くなった。
「っ……ぅ」
意識が途切れていって、とうとう俺は抗えずに強制終了してしまった。
その時先生がどんな顔をしてたか知らないまま。
次に目覚めた時は、学長のいる部屋だった。先生が俺を連れて学長の前に現れた時にはもう元の姿だったらしく、あとは頼むとそのまま任務へ向かったと聞いた。
先生。早く会いたい。会って俺、先生に好きって伝えたい!
翌日、五条先生が不在のまま午前の授業が終わって昼過ぎ。予定だとそろそろ戻ってくると聞いた俺は、はやる気持ちで高専の廊下を急ぎ歩いていた。
「っ、──五条先生!」
校舎内へ続く一本道を歩いている人影を見つけ、思い描いていた人物に思わず叫んだ。先生が俺に気付いて顔を上げるよりたぶん早く、居ても立ってもいられず壁を蹴っていた。
「ただいまー悠仁……って一応言うけど飛び降りると危ないよ?」
「えっ、あ、ごめん先生。けどこんくらい任務に比べれば普通じゃん?」
「まぁ悠仁にしちゃ日常茶飯事かもね。流石の身のこなし、イイネ! 元気いっぱいでよろしい!」
「へへへ」
親指を立てて褒めてくれる先生。小さなことでもいちいち嬉しくなってしまう。
「そんな悠仁には特別ミッション! 一年ズにお土産配ってくれる? 七個入りだから三等分してね〜」
「先生……それは俺でも等分無理なのはわかるよ?」
俺が小さくなったのはつい昨日のことなのに、先生はあまりにも普通だ。本当にいつもの〝先生と生徒〟。この空気でいきなり言うのは流石に気が引けるし、どうすれば自然に切り出せんのかな。
すると先生が「そう言えばさ、」と話しかけてくる。
「僕のこと探してたみたいだけど、急ぎの用事?」
「──あ、えと……俺、昨日の任務後の記憶無いんだけど……呪いにかかってから先生が面倒見てくれたんだって? ドジやってごめん。あとお礼言いたくて……」
「あぁ、それか。なーんだ記憶無いのー? 僕としては役得だったよ、悠仁可愛くてすっごい癒されちゃった」
「っ……そ、れは、良かったです……?」
それを聞いて、やっぱり先生は子供として可愛がっただけかもしれないと思った。口の中の唾が引いていく。
「うん。普段じゃできないこと経験できたしね」
「え、そう? 先生俺に何したんだよ〜いや俺か? あはは」
「…………本当にもう一度、聞く勇気はある? 悠仁」
「……せん、せ……?」
気付けば随分と奥に、ちょうど校舎の影になっているところまで来ていた。さぁと風が駆けていって、真昼だというのに薄ら寒い。
じゃり、と靴が砂を踏む音さえよく通る。
「いいの? 今の悠仁に伝えたら僕、返事欲しがっちゃうよ?」
「え……っ、」
影ですら俺をすっぽり覆ってしまえる先生が、いま目の前にいて。
「馬鹿だね。何もわからないフリしとけば、先生と生徒のままでいられたのに。それが悠仁の望んだことでしょ?」
「ッ、せん……ちか、」
さらに身を屈めた先生との距離がもっと縮まって、頬に息がかかる。反射的にのけぞろうとするけど後ろの壁に阻まれてそれも許されなかった。
「どうして逃げるの? 昨日はもっとくっついてたでしょ?」
──あ。これって。
「……学長から借りたあのぬいぐるみの中にさ、一定の呪力出力が必要な訓練用の呪骸が混じってたんだ。悠仁が修行で使っていたのよりも古いけど。だから記憶も何も無くただ幼児化したのならまず呪力操作は無理。けど君はあれを見て無意識にでも『呪骸を思い浮かべ呪力を流した』。その後君のそばで一応見張ってはいたけど杞憂だった。そして確信した。あの時の君の中身は現在進行形、呪術師の虎杖悠仁だってね」
「……っ」
先生に、気付かれてた。俺が子供のフリしてたってことも、記憶の無いフリをしてるってことも。
「ねぇ、本当は覚えてるんでしょ。僕が悠仁にしたこと、話したこと。その上でお前は、無かったことにしようとしてんじゃないの」
多分怒ってる。さっきから圧が凄い。そりゃそうだ、騙してたんだから。でも。まともに息も吸えない。ドクドクと心臓に血が集まりすぎて頭まで回んねぇ。
「…………やめた。怖がらせたいわけじゃないし、忘れて」
すっと気配が離れていく。慌てて先生の服を掴んだ。掴めたことに息を飲んで、少しだけ背中を押された。
──忘れられるかよ!
「っ……聞いて、先生。俺さ……」
言え。言えよ。また先生のこと無責任にほっとくのかよ。
「いつも以上に構ってくれる先生に嬉しくなって、独占できんのが嬉しかった。伏黒と過ごしてきた過去を聞いてから実は興味あったし、無意識に嫉妬してたんだって今ならわかる。先生がどんな風に子供に接するのか、俺も見たいと思ったし、それを知ってる伏黒が羨ましかった……っ」
「…………」
「ごめん、俺、意気地無しだから……先生に『だいすき』って言われて死ぬほど嬉しかったけど、自信持てなくて……。今度は自分からちゃんと言おうって決めたのにヒヨっちまった」
顔を上げるってこんなに難しかったっけ。でも俺はまた、雲ひとつ無いあの青を見たい。
必死に手を伸ばして、先生のアイマスクを取り去った。
「つ、つまりさ! 先生も俺もお互い大好きっぽいんですけど! っ、いや、俺は好きだけど! 先生のこと大好き!」
薄闇でも光り輝く青。逸らさないで真っ直ぐ見つめた。
すぐに見えなくなってしまったけど、それは俺が先生に抱きしめられたからだと遅れて理解した。
「僕こそ意気地無しでごめん。悠仁に面と向かって告白できないからって、戯れみたいに言っちゃったんだ。それなのに勝手に拗ねて、子供みたいなことした……。でも信じて、君に言ったのは全部本心だよ」
昨日とは力加減も触れ合う場所も違う。俺、いま好きな人とこんなに近づいてる。
「うん。……なぁ先生、顔、見たい」
「……見せなきゃダメ?」
「ダメじゃねぇけど、昨日の続き、したい」
そう言うとするすると温もりが動いて目の前に来たから、伸びた前髪をかき分けた。
「可愛い、先生」
「笑われるからヤだったのに……」
綺麗な眉を寄せて少し目尻を下げている顔がこんなにも愛おしい。最強の先生が俺にこんな顔するの、可愛い以外に言葉が見つからない。
「馬鹿にしてんじゃねぇよ? 好きだなぁって思って」
「っ……悠仁がカッコ良すぎてツラい。昨日まで可愛かったのに……」
「へへへ、先生には負けんよ! ねぇせんせ、あの映画の主人公は最後どうすんだっけ?」
「え? あぁ……変化の魔法にかかって姿形を変えられてしまった男を、主人公が悪魔から得た力を使ってキスで元に戻すんだよ」
「よし、キスしよ先生」
「えっ!? 何がよしなの? どうしたの悠仁」
わかりやすく驚いた先生が声を上げる。
「先生が昨日のは全部本心だって言ったんじゃん。『キスしてくれないの?』つーから。センセーのおかげで元に戻れたから、お返し? 言っとくけど俺あの時からずっとしたかったし」
「…………」
僕もだよ、そう小さく呟いた先生にまた笑って。
猫背の肩に両手を置いて背伸びして。
そっと唇の熱を分け合った。
先生はずっと最強だし。
悪魔じゃなくて呪霊の仕業だったし。
それでも今から俺たちは、先生と生徒だけじゃなくて、恋人同士に変わったんだ。